第20話    WHO   IS   ME?

文字数 3,125文字

深い古びた廃墟の中に、 1人の少年ががいた。歳は11、12位だろうかー。
少年はボロボロのパーカーとダブダブのズボンを履いていた。彼は倉庫の隅の方で兎の様にブルブル震えている。
そして、倉庫の扉が重たく開いた。黒いザリガニ様なシルエットはガチガチした音を立てながら、ゆっくり近づいてくる。
少年は息を潜めている。すると少年の影がスライムの様にいびつな形状になった。そしてザリガニの鋏の様な形を造り、鋏の様な手が少年を脇をかすったのだ。まるで研いだばかりの斧の様なキレのよい攻撃である。しかし、少年左腕からは血が出ていない。鋏は少年の頭より一回り程大きい。少年は悲鳴を堪え、わなわな震えていた。ザリガニの様な影はカチカチ音を立てながら、少年に近付いてくる。少年はお守りを握りしめながら、体育座りをした。その時、少年は重苦しさを感じた。何か強風が背中を叩きつけられてる様な感じである。マシンの影は動きを停止し、きしんだ重い音を立てながらゆっくり倒れこんだ。
少年が物陰から出てくると、マシンがペシャンコになっているのが見えた。ダンプにひかれたように見事に薄く延びていた。
暗い物陰からガンマン風の男が姿を現した。彼は季節外れの年季の入ったブカブカの帽子をぶっており、マフラーにトレンチコートを羽織っていた。歳は30前後位だろうかー。左脚を怪我しているらしく、ややぎこちなさそうに歩いている。
「…あ、ありがとうございます。」
少年は安堵の顔をしている。
「いいさ。通りかかっただけだ。この辺りはマシンがうろついてて危険だ。家まで送るか?」



男はジープ型の電動カーを運転すると、窓を開けた。辺り一面、殺風景な街である。人の姿が何処にも見当たらない。
「実は、俺の家族さマシンに殺られちゃて…。家も潰されちゃったんだ…。それで、今日奴の情報が掴めたからー。」
「…で、仇をってかいー?」
「…。」
少年は、気まずそうに脇見をしている。
「それは、危険な思想だ。」
「何でー?」
「過去に魂を売ろうとしてるのか?」
「意味分かんないよ。お兄さん。」
「お前の、目を見れば分かる。」
「何で?」
「遠い星に住んでいた頃ー、過去に仲間を復讐で命を落としたんだ。彼等はまだ未熟だった。己の力量を客観視出来ない馬鹿だ。その場の強い感情に溺れ、そして見事に散りやがった。」
「何でー?死んだ人を馬鹿にするなんてー」
「悪い。」
「お兄さんは、仲間の仇を打ちたいと思わないのー?」
「執着はしない事にしてんだ…」
「何で?自分の生まれ故郷でしょ?いくら機械じみた街だからって…」
「いいんだ。1つの物に囚われると、周りが見えなる。広い空だって濁って見えちまうんだ。大地も腐り果てて見える。かつての俺の仲間達みたいになー。だからもう、こりごりなんだよ。俺はもう、守るべきものはない。」
「お兄さん、その右手ー。」
ガンマンは義手だったー。両腕は鋼鉄の様な造りになっており、複雑な配線や電子版等が剥き出しになっていた。手はギザギザした鋏の様な形状をしており、まるでザリガニの手の様である。
「…コレは、その代償だー。」
ガンマンは手をカチカチ鳴らしながら、煙草に火を点けた。
「…さっきの話で思い付いたんだけどさ。何回も時間を巻き戻せる能力を持った女の人がいるみたいだよ。彼女もある意味、執着してるよね。」
少年はクスリと笑った。
「…何処で知った?」
ガンマンの顔は荘厳な雰囲気を漂わせていた。
「アンタ、あの時のVXかー?」
ガンマンは、電気砲《バズーカ》を取り出した。
「…え?何の事ー?VX?俺がー?」
少年はきょとんとした感じで、首をかしげた。
「アンタ、シラを切るのがうまいよな…」
ガンマンは溜め息をつくと、
「ー嘘だ!俺がマシンな訳が無い!心だってある!」
ガンマンは車を停めると、腕組みをしながら振り返っている。
「…」
「シラを切る気かー?あんたは自身の気配を隠すのは巧妙だ。この俺すら感じ取るのは難しかったぜ。しかしな、知恵が足りない様だったな。彼女に関する情報は、組織の者とごく一部のジェネシスにしか知りえない事なんだー。しかもアンタは彼女の能力を体感出来るのだろう。実は俺もなんだよ。あの時、彼女がループを繰り返して15回目に、微妙な身体の動きの変化を表した奴がいた。坊やには退屈で、さぞ辛かっただろう?当然だろうな。」

「…お前、俺を試したのか?」
少年の形相がみるみる変貌した。彼は鬼の様な顔つきになり、ガンマンを睨み付けた。
「アンタを探すのは手間がかかったよー。何せ、姿を変幻自在に変えることが出来るんだからな。今までの一連のやり取りも演技だったんだろ?アンタはあの時わざと弱いふりをして、何らかの形で俺が来るように誘導したんだ。」
「ふん。なんなら、どうだって言うのさ!」
少年は、背中から蟹の手足の様な触手を四方八方に拡げた。一部の触手は車のガラスを貫いている。ガンマンは車から降りると、少年と間合いを取った。触手は黒く淀んだ渦を放出した。
「お前だって、こうやって簡単に喰らう事が出来るんだ。」
黒い渦は徐々に濃くなり、ガンマンの姿を完全に覆い尽くした。
「悪りいな。アンタがどんなにかつて殺めた同胞の能力をパクっても、俺には効かないんだぜ。何せ、俺の能力はー」
「それは、残念だな。愉しい序曲の幕開けだってのにさ。」
ガンマンの言葉を遮り、少年は挑発的に笑った。
「どーせ、この姿もこの能力もこのセリフもパクリなんだろ?」
ガンマンのその言葉に少年は動きを止めた。
「とっくの昔からアンタはアンタじゃないんだ。アンタは元はひ弱なマシンだった。しかし、アンタの能力はジェネシスやマシンの能力《スキル》を乗っとる事だー。姿も性格とかもな。アンタはおよそ300から500回位、それを繰り返してきたんだろう。それで、今じゃあ敵無しってかー。」
「は、つまり何が言いたい訳?」
「こう強くなってもな。元から、ホントのアンタは何処に無いんだよ。」
その言葉に少年は頭をカクカク震わせた。
「ねぇ、本当の僕は何処ー?分からないんだ…自分が存在してるという、実感も持てないんだ…誰も僕を見ようとしない。誰も僕に気づいてくれない。僕は、何処なのー?昔から、探してるんだ。本当の僕をー。しかし、何処にも無いんだ!」
少年は困惑して、錯乱状態に陥っている。
「『俺』だったり『僕』だったりするんだな。」
煙草を咥えながら、電気砲《バズーカ》の引き金を引いた。
とてつもなく重くどす黒い砲弾は、渦を巻きながら少年の胸に直撃した。少年は仰向けになり倒れだが、何とか体勢を取り直した。彼は何かに押し潰されたかのように地面にへばりつき、ゼェゼェしている。
「…や、やめて…力を使わないで…俺だって、訳が解らないんだ…自分がどうしてこうなったかも。」
少年はブルブル震えている。ガンマンは帽子のつばから冷徹な眼差しで少年を見下ろしている。少年は悲鳴をあげた。彼の身体は徐々につぶれていき、下敷きの様に薄く延びた。彼は動きを停止させると、徐々に輪郭が薄くなり、消滅していった。少年の視界はぼんやりとし、暗くなった。

それは、2ヶ月ぶりの青空だった。

鉛一色だった景色はカラフルに彩り、色鮮やかな緑が優しくざわめき、木の葉の隙間から太陽がギラギラのぞかせていた。

ガンマンは少年の脇に落ちているボロボロの御守を拾った。
「ここにちゃんとあるじゃねぇか。アンタでいる証拠が…」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

キース・バークマン


主人公。アイルランド系のアメリカ人であり、角刈りで長身瘦躯の男。ワイルドな性格をしており酒癖と女癖が悪い。しかし、幼少の頃からジェネシスとしての過酷な訓練を受けており、武器の扱いに長け身体能力がが同胞の中でも遥かに高い。また、最高時速600キロを誇る、世界一危険で過酷なレース『ギャラクシー・レース』のトッププレイヤーでもある。大鳥に対してはレースにおいて自身のファンを取られた事を好ましく思ってない反面、戦いの時はしばしば暴走する彼に突っ込みや助言をするなどしている。昔、自身の親友や恋人が無残な死に方をした経験から、組織に猜疑心を持っており復讐の機会を狙っている。




大鳥 カケル


もう一人の主人公。長身で中世的な顔立ちをしている美青年のジェネシス。子供の頃、エンジニアである大鳥レイジの影響からメカや自動人形《オートマドール》に精通しており、各個体の性質や能力に詳しく戦い方も心得ている。時折、無鉄砲で命知らずな行動に出ることもあるが、それは被害を最小限に抑えるという自身の配慮でもある。普段は他人に柔和で時折笑顔を振りまいているが、それは本来の性格ではない。本来は冷静沈着であり、女嫌いな一面を持つ。人間《ノーマル》である母親とジェネシスである父親のハーフというイレギュラーな存在である。ハーフで実の両親の記憶も無く、子供の頃は時折疎外感を感じていた。組織に仲間や養父を虐殺された経験から、彼もまた復讐の機会を狙っている。

日比谷 ミライ


本作の最重要人物。オッドアイで左利き。右目が淡い緑色をしているが、普段はカラーコンタクトをしている。左頬に星形の痣がある。物静かで穏やかな性格をしており、丁寧口調で話す。とある重大な事件による過度なストレスにより、記憶の殆どを失っているジェネシス。実は大鳥からマークされている最重要人物であり、戦闘能力も桁違いである。

細身だが、身体能力は並みの人間を凌駕しており古めのvxなら一人で楽々倒すスキルを有している。本来の性格は冷徹で同胞や人の命に関心がなく、場合によっては平気で切り捨てるらしい。

大鳥 レイジ


カケルの養父であるジェネシス。身長193センチの長身で右ほほに大きな十字型の傷がある。非常に優秀なエンジニアであり、カケルにロボット工学のノウハウを授けた。かつては組織におけるナンバー2のポジションであった。自動人形《オートマドール》の開発や管理をしていたが仲間の陰謀により失脚し、自身の制作したvxに殺害されてしまった。

青木博士


穏やかで中年太りの大男である発明家。カケルの義手のメンテナンスをしている。マッドサイエンティストであり、研究に爆発や異臭を伴いしばしばご近所トラブルを起こしている。また、カケルが心を許す数少ない友人である。かつては組織に属していたが離反し、現在命を狙われている立場にある。組織内の情報や自動人形《オートマドール》に詳しく、また秘密の経路でしばしばカケルに情報を流している協力者でもある。

リゲル・ロード


大鳥レイジとウリ二つの顔をした、謎の美青年。身体全体を液体の様に自由自在に変形する能力を有している。常に無表情で冷淡な性格をしている。何らかの理由で日比谷の命を狙っている。かつてはジェネシスであったが、とある事件で化け物《ビースト》化してしまった-。

   何故かカケルに執着している。

シリウス・ベクター


組織の幹部。長身の優男。幼少期のカケルとは顔見知りであり、彼の両親を知る唯一の人物。大鳥レイジの死の真相も熟知している。また、リゲルに日比谷を捕らえる様に指示した。何かを企んでおり、日比谷の記憶が戻るのを心待ちにしている。

戦闘能力は未知数。謎のスキルがあるらしく、彼に攻撃しようにも弾きかえされてしまい、倍以上のダメージを喰らってしまう。

カケルや彼の両親についての秘密をにぎっている。

    彼の正体は並行世界の住人で、元は孤独で不器用な好青年だった。しかし、そちら側の日々谷をマシンに殺されてから、歪んだ性格になってしまった。やがて世界を憎み破滅へ導くようになる。

ヒューゴ.ブル


イギリス風の男。女好きで軽快な性格をしている。自身でラッパーを名乗っており、レース時は大音量で鳴らして走っている。大鳥が台頭する迄は、常に3位をキープしていた。ロック派のキースとはウマが合わなく、しばしば喧嘩をしている。

また、ことごとくトラブルに見舞われる体質の持ち主である。真っ先に日比谷やシリウス、リゲル等に遭遇したり、最新のVXに追われれる等している。

トリスタン. ボロン


フランス風の男。クールで毒舌家。タレ目で癖毛が特徴的である。落ち着いた静かな曲を好み、キースやヒューゴを煙たがっている。眠たそうな顔をしており、暇さえあればいつも昼寝をしている。レースでは大鳥が台頭するまでは、キースに次いで常に二位をキープしていた。

    かつては組織に属していたエンジニアであり、情報通でもある。

   組織やマシンに対し、激しい憎悪があり、時にはもて遊ぶ残酷な一面も持ち合わせている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み