第17話 日々谷 ミライ ①
文字数 3,980文字
「どうやら狭間は修理が必要みたいだね。ポルックス、手配を頼む。」
「了解。」
ポルックスはボソッと言うと、通信機器を取り出した。
すると、霧の向こう側から大男がのっそり姿を現した。男は全身汗だくであり、眉間に深い皺を刻んでいる。
「…貴様、俺に言う事あるだろ?」
男は杖をつきながらガタガタ震えていた。
「おや、まだそんな事言ってるのかい?」
シリウスは優しい笑みを浮かべ、右手人差し指を突き刺した。
「むぐっ…!?」
すると男の首から上半身が、キレの良い刀で斬られたの様に血が迸ったしたのだった。男は膝を着き、そしてた倒れたのだった。
その時、日々谷もその場でばったり倒れてしまった。
「おや、どうやら時間が来たみたいだね。」
シリウスは日々谷を背負いポルックスを引き連れると、その場を後にした。
日々谷が目が覚めると、そこは見知らぬ光景が広がっていた。
メルヘンな雰囲気の内装をした広々とした研究室の様な部屋でありった。天井は一階から三階まで突き抜けており、ガラス張りの囲いから3階まで見渡す事が出来た。日々谷の身体は重くカッターで切られたかのような痛みも伴っている。腕に点滴をしており、見知らぬ上質なガウンを着せられていた。
自分はレースの時、リゲルに襲われてからの先の記憶がない。競技場の崖から落ち、そこから意識を失っていた。黒い何かに覆われたのは覚えている。日々谷は自身の身体を確認したが、大きな負傷は何処にも見当たらなかったのだった。
外を見るとそこには異世界が広がっていた。
漆黒のビル軍が夕日に照らされ、天まで届きそうな位怏々とそびえていた。空には無数の不思議な形の車が縦横無尽に飛び回っていた。別の窓からは巨大な要塞じみた建物に、巨大なビル軍が睨み付けるかの様にずっしり構えている。
さっきまで見ていた馴染みのある雰囲気とは似ている様で全く違っている。
科学技術をこれでもかと言うほどアピールしているが、それがとてつもなく恐ろしく感じてしまったのは初めてである。隙間なくみっしり建てられているビルには、優しさと温もりが感じられない。自然が、緑がほとんどない。しかも、時折見かける人々に覇気が感じられない。人々は心をすっぽり抜かれかのように、マシンの様にヒシヒシ働いていた。ほぼモノトーンしかない機械じみた景色に日々谷は呆気に取られていた。黒く重い物体に押し潰されそうな息が詰まる感覚に襲われたのだった。日々谷は目眩がしベッドに戻ると、呼吸を整えた。
ここは、地球だろうか?それとも自分は夢を見ているのだろうか?
幼少期、何故かアストロンに行った記憶だけががうっすらと残ってある。当時、純真無垢で真っ白な子供だった頃はお伽の国に来たような感じで全てが面白かった。子猫の様にはしゃいでいたのを覚えている。しかし大人になった今では、この光景に恐怖を覚えている。
もしかして、ここはアストロンなのだろうかー?
「やあ、起きたかい?」
3階の奥のエスカレーターからシリウスが顔を出してきた。彼の顔や口調で、日々谷は直感で悟った。
「…私の知るシリウスじゃありませんね?」
日々谷はシリウスを睨み付けた。
「流石、S級ランクだ。組織が目をかけただけの事はある。僕はシリウス・ベクターだ。だが、君の知っているシリウス・ベクターとは赤の他人だよ。」
シリウスは、エスカレーターを降りながら天使の様な眼差しを向けた。
「…彼を殺したのですね?」
「殺した?どういう事だ…?僕はただ、彼に忠告してあげただけだよ。『 狭間は危ないから気をつける様に』と、ね…」
シリウスは表情を微動だにせず、日々谷の方へゆっくり歩み寄る。
「でも、結局、彼は死にました。」
日々谷は冷や汗をかき、5メートル程後退りをした。
「ははは、君に僕が人殺しに見えるかい?それは、それは…。」
「現に、大量に殺してるでしょう?あと、私の身体から何かを抜き取りましたね?」
「君の体内にある動力源を手術で全て抜きとったんだよ。その代わり、こちらで用意した物を注入した。」
「…注入?」
アストロン側の日々谷はその動力源でおかしくなり、魔物《マシン》と化したと聞いていた。自分もその内、こうなってしまうのだろうか?
「今はまだ身体が拒絶反応しているから痛みを感じてるだろうが、今しばらくすれば慣れるよ。」
「もういいです。帰らせてください。」
日々谷は尽かさずチューブを外すと自分の衣類とバズーカを探した。しかし、周りにはそういう物は何処にも見当たらない。
「無駄だよ。君が身に付けていた物も武器も全てこちらで処分してもらったよ。下らないガイアの物なんか、君にはもう必要ないからね。」
「…」
「代わりにこれ等を着なさい。」
シリウスは手前のクローゼットからスーツケースを引っ張り出し、中身を開けて持って来て見せた。中には黒いジャージやシャツや諸々の衣類が敷き詰められていた。そして、彼は黒いキャップと白の運動靴を出した。
「ふざけないでください。私は、あなたの望む日々谷ミライじゃありませんよ。」
日々谷は震える声で早口で話し、深呼吸をした。
「君に通じるとでも言うのかいー?」
シリウスはわざとらしいく感心し、いたずらげに微笑んだ。
「あなたの力なら、熟知してますよ。」
「ほほう。」
シリウスは目を細めると、冷めた眼差しでこちらを見ている。
日々谷はギラギラと左腕を光らせた。
そして、スーツケースをシリウスに押し付けた。スーツケースは、電磁波に包み込まれながらシリウスに突進した。
「ほほう。考えたね。僕に直接攻撃すると、君のダメージが大きいからね。」
シリウスは感心した様に大袈裟に手を叩く。
「しかし、無駄さ。」
スーツケースはシリウスの手前で跳ね返り、宙に水平浮いた。日々谷は避けようとしたが何故か身体は動かない。しかもスーツケースは膨大な電磁波を帯びていた。日々谷の腹を直撃した。あまりの眩しさに日々谷は目をつぶり、30メートル程吹っ飛ばされた。彼女はスーツケースの下敷きになり、仰向けに倒れた。
「だから、無理なんだよ。皆、僕に挑もうとしてきたが、結局皆、命を落とすか廃人になるかでね…」
シリウスはゆっくり日々谷に近づく。日々谷はゼエゼエ荒い呼吸をしながら体勢を整えた。全身におびただしい量の火傷を負い、ガウンは焦げまみれになっていた。
「流石、器である事はある。僕に挑んでそのまま生きて正気を保っているのは、君とカケル君だけなんだよ。」
「それは、寂しい事ですね…貴方も私も、普通じゃない…」
日々谷はシリウスを睨みつけた。彼女の火傷は時間が一瞬で巻き戻ったかのように、跡形もなく綺麗に無くなっていたー。
「寂しいね…だから、君は器なんだ…僕は、君の身体を傷つけたくはない。僕としてもこういう下らない茶番は終わりにしたいのだが…」
シリウスはわざとらしく眉を八の字にし、眉間に指を当てている。
「なんなら、寂しくない様にしてあげましょうか?」
日々谷は再び深呼吸をすると、彼女の周囲を炎が取り囲んだ。炎は強さを増し、大蛇の様な形状を象った。蛇はシリウスを覆い、空間中に灼熱の炎が充満した。
しかし、灼熱の炎は消火器でかき消されたかの様に徐々に小さくなった。そのの炎は、シリウスの右肩でロウソクサイズ程に小さくなり、そして消えた。線香のように煙が小さく残って、空間全体の炎は何事も無かったかの様に無と化した。
すると、日々谷の喉からへそ辺りまで鮮血が吹き出した。と、両肩と両脛からも血が迸った。日々谷は身体中ににノコギリで斬られたかの様な裂ける様な鋭い痛みを感じた。
「…!?」
そして、日々谷は喉を触れた。呼吸が苦しくなってきたのだ。彼女の身体は操り人形であるかの様にそのまま60センチ程宙に浮き振り子の様に揺れ、そして60メートル後方へ弾き出された。日々谷の身体はスクーターがぶつかる勢いで壁に激突し、うつ伏せに倒れた。
「よしたまえ。君のやっている事は全て、悪あがきと言うのだよ。」
遠くの方からシリウスが悠然と歩いてくる。
「な、んで…?」
日々谷は上体を起こし、左肩の出血を押さえつけた。呼吸は出きる様になったが、ゼェゼェ荒く乱れていた。
「〖何で?〗それは君が僕を知らなさすぎたからさ。もう1人の僕も僕と同じ能力を有していた。しかし、君達は
もう1つの深い闇の奥に眠っている物
を知ろうとしないじゃないか?」「マシンの割に、随分お喋りなんですね…。」
日々谷は体勢を立て直すと、唇を噛み締めた。
彼との距離はまだ50メートル程ある。
日々谷は呼吸を整え、深く息を吸むと、ガラス張りの囲いや窓が次々と全て、粉々に砕け落ちた。
そして、空間全体で、巨大な地響きが沸き上がった。台風の大津波の船の上にいるかの様ないぐらつきである。そして、地面の至る所に深々と亀裂が刻み込まれ、空間内の太い支柱がぐらついた。今にも天井が崩れ落ちそうである。
しかし、シリウスは微動だにせず、薄ら笑いを浮かべていた。
「何かと思えば、何だ、そういう事かー。」
そして彼は、パチンと鳴らした。すると、空間内の揺らぎが一瞬で治まったのだった。
「え…?」
日々谷は唖然とすると、その場で気絶した。
「馬鹿な女だな…。」
シリウスは微笑みながら、倒れ込んだ日々谷を背負い、エスカレーターでその場を後にした。