第10話    邂逅のデスレース③

文字数 2,270文字

「お前…、」

「残念だったよ。大鳥カケル君。私は最早 次の次元の領域に立ったのだ。」

ーモーメントに限界が来ている!!ー

車両の回転が重く鈍り始めた。後輪に熱を帯びているのだ。メーターの下の液晶画面には、魔法がかかったかのようにたちまちプログラミング言語が羅列されていったのだ。

ー身体が重いー…ー

身体は次第に鉛のような重量に襲われていった。黒い泥の様な液体がカケルの身体に纏わりついた。カケルは逃れようと、素早くライダースーツをクレイモアで破き脱ぎ捨てた。

ーほほう。ー

リゲルは顔色一つ変えずに、微動だにせずじっと前方を見ている。

ー本来このレースは、超高速のスピードに耐えられる強靭な身体と反射神経、技を決め敵に体当たりするパワーが必要となるゲームだ。人間の血を引くハーフイング《ジェネシスと人間のハーフ》であるお前が、このレースに出てしかも優勝するなんて、聞いたことがないのだが。ー
ーお前と心を通わす気はないのだがー。ー
ーこの状況なら、心で会話する方が便利だと思っただけだよ。離れていても、ほら。こうして私の声が聞けるだろう。ー
ーそこまでお前が語りたがりだったとは、知らなかったよ。ー
カケルの息が荒くなる。今にも発狂しそうだ。内蔵が一気に吹き出す様な怒りにかられた。
ー君達が着ているあのスーツは、風圧対策だろう?流石のジェネシスでも、この超高速下では、生身の身体では持たないだろう。ー
ーだから、何なんだ?ー
ーだが、同じこと。水泡に帰すまでだ。ー
リゲルが再びカケルに触れようとする。しかしカケルのインナーの表面には、電磁波が流れていた。しかもリゲルでさえ効かない不思議な電磁波である。カケルは全神経を使い、電磁波で自身を守る。ビリビリとした、強い線香花火の様な物が、身体の表面を守った。
ーお前、そこまでして、何故走りたがるー?ー
ーそんなの、分かってるだろー!!ー
腕に激しい痛みが走る。ここで踏ん張らないと先がないー。カケルは彗星の様に逃げ、そしてリゲル前方を妨害する。万が一、ファルコンから降りると彼と対面してしまうかもしれないー。ミラー越しで戦うとはいえ、彼の動きは予想出来ないのだである。

高々と聳え立つ摩天楼の間を縫って走り、そして時計台の脇を抜け、傾斜45℃の険しいコースに差し掛かろうとしていた。すると、カケルのファルコンの制御が効かなくなった。自動演算装置が故障したのかー。勝手に暴走しだしているのだ。ファルコンは、意思をもったかのようにジグザクに走り出す。カケルは振り子のように激しく振り回されながら、ひたすらハンドルを握った。液晶板は未だに意思をもったかのように言語をを羅列し続ける。
ー何故だ…?モーターもコンピューティングも異常はない筈だぞ。ー
ー何故だだって…?それは、私の第六感が支配したからなのだ。そもそも君達とは、ニューロンの数が違うのだ。それに私には、君と君のマシンの全てが丸分かりなのだよ。ー
リゲルは無表情のまま、カケルに詰め寄る。未だに彼は石像の様に硬くなっている。眼はグレーに光っている。コイツの攻撃は重く大きいと言う欠点がある。一つの攻撃を出すまで、時間がかかるのである。かなりのエネルギーを消耗する為、しばらく次の攻撃をできない筈なのだ。ふと背中から、重くじめじめした殺気を感じる。カケルはリゲルと間合いを取るにもしばらく走ると、この先は崖である。ハンドルを左右に切ろうにもファルコンは、闘牛の様に激しく揺れ、そしてなかなか言うことを聞かないのである。

ー『パンドラ』と言うのを知っているか?ー
ーまた、御託を述べる気か?ー
ーとある馬鹿女が開けた箱から、災いが沢山ばらまかれる話だったやね。私達の組織の名前も『パンドラ』だ。笑えるね。ー
ーあの名前は、口にするな!ー
カケルの瞳孔が猫の目のように大きく開いた。
ー馬鹿な人間達が自分達の負の遺産の後始末だか何らかで、遺伝子操作やらニューロンとやらのの研究が進められた。そして、私達新人類が生み出された。始めは希望だったが、今は邪険な存在として排除されている。しかし、私は新たな希望にかけ、ジェネシスから新たな進化をとげた。しかし果たして、君達には、僅かな希望でもあるのかな?ー
ーお前、妙に饒舌だな。心の声だからか?ー
ー仲間が死んで大鳥レイジが死んで、君は最後に何が残った?何か良いことはあったかい?ー
リゲルはカケルのセリフを無視し、淡々と話し続けた。
ー確かにあの時は絶望だった。でも、レイジは俺に希望を沢山残してくれた。電子演算処理も傑作だ。後世に残す大きな遺産だ。そいつらははいずれ、お前達にとって驚異となるんだ。ー
ーほほう。その希望とやらに賭けているのかーー。賭けるのはいけないなー。人間もジェネシスも皆、そういう綱渡りなことをしたがるー。
ーそれが時として、お前ら《ビースト》の斜め上を行くのさー。ー
リゲルは再び背中から、黒い触手を出した。黒い触手は一つの束の様に纏まり、巨大な黒蛇を形成したのだった。黒蛇はいかにも飢えたかのような鋭い形相でカケルの頭部目掛けて牙を向けて、襲ってきたのだ。
『カケル君、今だ!!!』
イヤホンから、博士の声が聞こえてくる。
カケルはファルコンの速度を緩め後方を向くと、リゲルの頭部目掛けてクレイモアを投げつけた。
ー貴様…!?ー
リゲルの身体は石灰化し、爆破解体のビルのようにしなやかに崩れていった。





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登場人物紹介

キース・バークマン


主人公。アイルランド系のアメリカ人であり、角刈りで長身瘦躯の男。ワイルドな性格をしており酒癖と女癖が悪い。しかし、幼少の頃からジェネシスとしての過酷な訓練を受けており、武器の扱いに長け身体能力がが同胞の中でも遥かに高い。また、最高時速600キロを誇る、世界一危険で過酷なレース『ギャラクシー・レース』のトッププレイヤーでもある。大鳥に対してはレースにおいて自身のファンを取られた事を好ましく思ってない反面、戦いの時はしばしば暴走する彼に突っ込みや助言をするなどしている。昔、自身の親友や恋人が無残な死に方をした経験から、組織に猜疑心を持っており復讐の機会を狙っている。




大鳥 カケル


もう一人の主人公。長身で中世的な顔立ちをしている美青年のジェネシス。子供の頃、エンジニアである大鳥レイジの影響からメカや自動人形《オートマドール》に精通しており、各個体の性質や能力に詳しく戦い方も心得ている。時折、無鉄砲で命知らずな行動に出ることもあるが、それは被害を最小限に抑えるという自身の配慮でもある。普段は他人に柔和で時折笑顔を振りまいているが、それは本来の性格ではない。本来は冷静沈着であり、女嫌いな一面を持つ。人間《ノーマル》である母親とジェネシスである父親のハーフというイレギュラーな存在である。ハーフで実の両親の記憶も無く、子供の頃は時折疎外感を感じていた。組織に仲間や養父を虐殺された経験から、彼もまた復讐の機会を狙っている。

日比谷 ミライ


本作の最重要人物。オッドアイで左利き。右目が淡い緑色をしているが、普段はカラーコンタクトをしている。左頬に星形の痣がある。物静かで穏やかな性格をしており、丁寧口調で話す。とある重大な事件による過度なストレスにより、記憶の殆どを失っているジェネシス。実は大鳥からマークされている最重要人物であり、戦闘能力も桁違いである。

細身だが、身体能力は並みの人間を凌駕しており古めのvxなら一人で楽々倒すスキルを有している。本来の性格は冷徹で同胞や人の命に関心がなく、場合によっては平気で切り捨てるらしい。

大鳥 レイジ


カケルの養父であるジェネシス。身長193センチの長身で右ほほに大きな十字型の傷がある。非常に優秀なエンジニアであり、カケルにロボット工学のノウハウを授けた。かつては組織におけるナンバー2のポジションであった。自動人形《オートマドール》の開発や管理をしていたが仲間の陰謀により失脚し、自身の制作したvxに殺害されてしまった。

青木博士


穏やかで中年太りの大男である発明家。カケルの義手のメンテナンスをしている。マッドサイエンティストであり、研究に爆発や異臭を伴いしばしばご近所トラブルを起こしている。また、カケルが心を許す数少ない友人である。かつては組織に属していたが離反し、現在命を狙われている立場にある。組織内の情報や自動人形《オートマドール》に詳しく、また秘密の経路でしばしばカケルに情報を流している協力者でもある。

リゲル・ロード


大鳥レイジとウリ二つの顔をした、謎の美青年。身体全体を液体の様に自由自在に変形する能力を有している。常に無表情で冷淡な性格をしている。何らかの理由で日比谷の命を狙っている。かつてはジェネシスであったが、とある事件で化け物《ビースト》化してしまった-。

   何故かカケルに執着している。

シリウス・ベクター


組織の幹部。長身の優男。幼少期のカケルとは顔見知りであり、彼の両親を知る唯一の人物。大鳥レイジの死の真相も熟知している。また、リゲルに日比谷を捕らえる様に指示した。何かを企んでおり、日比谷の記憶が戻るのを心待ちにしている。

戦闘能力は未知数。謎のスキルがあるらしく、彼に攻撃しようにも弾きかえされてしまい、倍以上のダメージを喰らってしまう。

カケルや彼の両親についての秘密をにぎっている。

    彼の正体は並行世界の住人で、元は孤独で不器用な好青年だった。しかし、そちら側の日々谷をマシンに殺されてから、歪んだ性格になってしまった。やがて世界を憎み破滅へ導くようになる。

ヒューゴ.ブル


イギリス風の男。女好きで軽快な性格をしている。自身でラッパーを名乗っており、レース時は大音量で鳴らして走っている。大鳥が台頭する迄は、常に3位をキープしていた。ロック派のキースとはウマが合わなく、しばしば喧嘩をしている。

また、ことごとくトラブルに見舞われる体質の持ち主である。真っ先に日比谷やシリウス、リゲル等に遭遇したり、最新のVXに追われれる等している。

トリスタン. ボロン


フランス風の男。クールで毒舌家。タレ目で癖毛が特徴的である。落ち着いた静かな曲を好み、キースやヒューゴを煙たがっている。眠たそうな顔をしており、暇さえあればいつも昼寝をしている。レースでは大鳥が台頭するまでは、キースに次いで常に二位をキープしていた。

    かつては組織に属していたエンジニアであり、情報通でもある。

   組織やマシンに対し、激しい憎悪があり、時にはもて遊ぶ残酷な一面も持ち合わせている。

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