第13話

文字数 764文字

それから、春と会う事はなかった。
やっぱり赤ちゃんの事は嘘だったんだ、そう自分に言い聞かせた。

あれからすぐに、寮が廃止になる事が告げられ、引っ越す金もない僕は、実家に帰る事に決めた。
敗走。
僕の家ではなく、義父の家だったあの家。
しかし、義父は亡くなり、母と弟が暮らしていた。

その頃文香は冷淡だった。
また彼氏が出来たな、と、思った。
僕なりに、春との恋は大恋愛で、それを失い文香の思惑通りになってしまうのかと不安だったから、帰郷の事は言わなかった。

バンド仲間のひとりが、シンセサイザーをくれた。
車に荷物を詰め込んで、さあ出発、と言うときに、田舎でバンドが出来るのか不安になった。
携帯電話を取り出し、インターネットというものに初めて触れた。
とにかくメンバー募集サイトに片っ端から登録した。

1時間ほどだろうか、勝手がわからず携帯片手に車中でまごついていると、コンコンと窓を叩く音。
「なーかーじいーまっ!」
職場のアルバイト、京だった。
ギャルで、人種がまるっきり違ったが、なんだか年上の僕に懐いていた。
「行く前に、おごれー。マックでいいから。金ないっしょ」

他愛もない話をして、当時は普及しきってなかったカメラ付き携帯に替えたらしく、「なかじま撮ってあげる」
と、言うか言わぬか、パシャリ。
そのデータを僕の携帯に送って、「餞別。」小声で「さみしくなるじゃん」
いじけた様に言った。
「京、泣くとピエロんなんぞ」
「泣くか!」
けど、最後は流石に湿っぽくなった。
「おげんこでね」
いつもの調子ではない。
「電話、しねーから」
「うん、しないで」
笑い泣き、そうなる前にお互い背を向けた。

京は、僕の数少ない友達のひとりだった。
「おまえ、可愛いんだから、化粧薄くしろっ、すぐ彼氏できんぞー!」
初めて、人を「おまえ」って呼んだ。
京は振り返らず手を上げた。
泣いてたんだろう。

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