狂乱の朝浜

文字数 1,869文字

 朝の浜辺を荒らし回っていたのはワニに似た海魔だった。

 強靱な四つ足と太い尻尾で小舟を破壊したり桟橋をバラバラにしたりと暴れ回っている。パッと見ても十体以上はいるだろう。

 背中には針のようなトゲが生えていて、背後から不意を打つのは難しそうだ。

あれはガルザルチという海魔だ。動きはそこまで速くないゆえ、正面にさえ立たなければ問題なかろう。
よし、わかった!

 ラオとサクラはまっすぐ錨地へ走っていった。

 すでに星力者(テーラ)と思われる男達が集まって反撃を開始している。

 能力も様々だ。

 腕が膨れ上がって腕力が強化される者もいるし、墨を撃って目潰しをしている者もいる。

(……姉さんの超星力(アストラ)は氷だった。氷の槍さえあればこの手の海魔なんて一撃のはずだ)
俺の火炎は効くかな……。
ラオ殿、どうも右側の手が足りておらぬようだ。拙者はそちらに向かう。
あ、ちょっと……!

 言うが早いか、サクラは走っていってしまった。

 彼女は走りながら刀を抜き、一体のガルザルチとすれ違う。その瞬間、海魔の上顎から眼球の後方までが一気に断ち切られ、すさまじい血が噴き上がった。

す、すごい……!

刀ってあんなによく斬れるのか!

 ラオは周囲を見渡し、左側の砂浜へ走っていった。

 一人の男がガルザルチに押されている。

そこの人! 俺が代わるよ!
わりぃ、頼むぜ!

 男が離れると、ガルザルチがラオを見た。

 まん丸な目が睨みつけてくる。

(……恐れるな。こいつ程度で怖がってたらクラーケンなんて倒せないぞ!)

 ラオの右手に紫色の炎が集まって発現する。

 意識を集中して火炎を練り上げ、火球に変化させた。

――食らえ!

 全力で投げつける。

 火球はガルザルチの顔面を直撃したが、倒すまではいかない。

 相手は焦げた顎を地面にこすりつけてから突っ込んできた。

うお!?

 ラオは左に跳んで回避した。

 思ったより速い。

(火球がダメなら剣だ!)

 ラオは炎を伸ばして剣の形を作り上げる。

 実際の剣と違って重量がないので扱いは簡単だ。

――だあっ!

 ガルザルチの背後から斬りかかった。

 しかし、背中のトゲ山に当たった剣がはじき返される。

 ラオは体勢を崩した。

 そこに、ガルザルチの尻尾が飛んできた。

ぐっ――!

 重い一撃を受けて、ラオは砂浜を転がった。

 砂が口に入る。

 吐き出しながらガルザルチを睨んだ。

 向こうもこちらを見ている。

 ガチン、ガチンと、相手は牙を打ち鳴らしてラオを威嚇する。

(ダメだ……)

 その音が、ラオから闘争心を奪い取っていく。

 腕が小刻みに震え始めた。

(怖い……)

 さっき自分に言い聞かせたはずだった。

 この程度の相手におびえていては、クラーケンなど倒せないと。

 頭ではわかっていても、体が動いてくれない。

 ラオは完全に硬直していた。

…………。

 ガルザルチがガチガチガチ……と牙を鳴らす。

 そして突っ込んできた。

 ラオはまだ動けない。

 ただ、目を閉じるしかできなかった。

(姉さん――)
(グガァッ――)
ぐうっ――!?

 不意に、猛烈な突風が吹いた。

 ガルザルチが吹っ飛び、ラオも砂浜に押しつけられるように倒された。

――だからさぁ、一人で無理すんなって言ったばっかだろ。
 錨地の向こう、だるそうに髪の毛をかきながら歩いてくるのは――
ロギア!
おう、ロギアさんだぜ。
あ、ありが――いてっ!
 立ち上がってお礼を言いかけた瞬間、デコピンされた。
まったく、勝手に無茶しやがって。なんのための忠告だよ。
ご、ごめん……。
でもまあ、無事でよかった。
……うん。おかげで、まだ生きていられるみたいだ。

 グアッ、と声がした。

 ロギアに倒されたガルザルチが、起き上がって彼女に飛びかかった。

ロギア、横ッ!
――寝てろ。

 上からすさまじい風が吹き下ろした。

 風はガルザルチにだけ集中する。

 海魔の体はぐんぐん押されて、半分以上が砂に埋まってしまった。

これがあたしの〈碧渡(ストーゼ)〉って超星力(アストラ)だ。

普段は船の方向調整に使うんだが、こうやって戦うこともできんぜ。

す、すごいじゃないか!

かっこいいしめちゃくちゃ強い!

強くはねぇぞ。

お前の炎の方がよっぽど強力だ。

そんなことない!

俺より全然使いこなしてるじゃないか!

かっこいいって!

んー、ま、まあ使い慣れてはいるけど?

そりゃ、ずっとこれで戦い続けてるわけだし?

 急に言葉遣いがおかしくなった。

 ラオはシュトラの言葉を思い出した。

あ、そっか。

自分が受けになると恥ずかしくなっちゃうんだっけ。

ああん?

誰が受けだとこの野郎ッ!

あっ――いてててっ、つねらないでくれ――――ッ!
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登場人物紹介

「ラオ」

孤島出身の少年。〈紫焔(ブレープル)〉と呼ばれる紫色の炎を操ることができる。

「ロギア・ガーネット」

帆船『ガンマディオラ』の甲板を仕切っている少女。勝ち気な性格。

「シュトラ」

『ガンマディオラ』のメンバーでフィーネの姉。故郷を海魔に攻め滅ぼされ、流転の果てにこの船の一員となった。

「フィーネ」

シュトラの妹。海魔に故郷を攻め滅ぼされ、姉とともに行く当てのない旅を続け、やがて『ガンマディオラ』に乗船することになる。姉への依存が深刻。

「ディック・ハンヴィール」

『ガンマディオラ』の船長。〈神糸(リオット)〉と呼ばれる能力で帆船一隻を丸々操っている。膨大な力を消費するため、航行中はいつも寝落ち寸前の状態。

「サクラ・イカヅチ」

東方の武人の血を引く少女。雷撃を宿した刀を使って海魔を倒す。

「ハーヴェイ・チェッカータ」

大声を衝撃波に変える〈鬼哭(シャウガ)〉という能力を持つ青年。能力のせいで大声を出すと話し相手を吹っ飛ばしてしまうため、寡黙を貫いている。

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