やぁ、『ガンマディオラ』の皆さま、よくぞ来てくださった! あなた方がいなければ我々は星力者なしであの大群とぶつからねばなりませんでした。
錨地に入り、陸地に立った『ガンマディオラ』一行を迎えたのは、トマス・ウィンターという将校だった。背後には十数人の部下を従えている。
いえいえ、我らは依頼さえあればしっかり駆けつけます……ええ。
足がガクガクしているディック船長が応じる。超星力の長時間使用がかなり効いているらしい。
皆さまのためにまずは宴席を用意いたしました。ご案内します。
待ってくれ。それじゃ海魔の急襲に対応できねぇ。ここで充分だろ。
ロギアよ、無礼な口利きであるぞ。――仲間の非礼をお許し願いたい。
お気になさらず。宴席は海に近い位置に用意させました。急襲があってもすぐに出て行ける場所です。
酒場は東国風という売り出し方をしている店だった。
六角形のテーブルに主要な顔ぶれがそろう。
ラオはロギアと並んで座り、左の一角にはシュトラとフィーネ、ラオの右側の一角にはハーヴェイとディック、その向こうにサクラが一人で座っている。ディックは真っ青な顔をしていて、ハーヴェイの肩に寄りかかっている。
少し前のことですな。ガロメーザや半魚人といった海魔が頻繁に沖合に出現するようになり、通りがかりの船を襲うようになったのです。
こちらも軍艦や城塞砲で応戦しておりますが、砲弾というのは群れには効果が薄い。しかもガロメーザなどは、一度城塞砲を直撃させたにも関わらず生きて逃げ帰ったほどです。奴らの頑丈さは本当に恐ろしい。
海上に油を撒き火をつけて脅すなど、試行錯誤しているところですな。二度ほど上陸を許しましたが、白兵戦の末に撃退しました。多大な犠牲を払いましたが……。
星力者なしでか? よく訓練された兵士達だな。
というより、数で強引に押し返したという形ですな。半魚人は心臓を突くか首を切り落とせば一般人でも殺せるので、被害を覚悟で突撃させたわけです。とはいえ、兵力は無限ではない。いつか限界が来ます。
何せこのような事態は初めてで、既知の星力者もおりませんでした。そのため対応が遅れてしまいまして……。
ガタンと音がして、ディックがイスから転がり落ちた。そのまま床で寝息をあげている。
安心しろ、船長は操船専門だ。戦いはあたし達がやる。
そのようですな。先ほども、海魔をたちまち撃退してしまったように見えました。
さっきのはハーヴェイさんの手柄なんですから、もっと自慢してもいいんじゃないですか?
大声を出しかけたハーヴェイは、「くっ」と慌てて口元を押さえた。
ハーヴェイはあの超星力のせいで、大声を出すとすぐ衝撃波に変わっちまうのさ。だから話してるうちに興奮して大声でも出すと、話し相手を吹っ飛ばしちまうんだ。
だからまあ、話しかけるのもほどほどにしてやってくれ。
理解はできるが、納得はいかない。
他人と満足に話せないなんてつらいじゃないか。
何か手はないのだろうか――とラオは真剣に考える。
(例えばお互いに背中を向けて話すとか……いや、それじゃ面白くなさすぎる)
海魔どもは近いうちにまたこの港を襲ってくるでしょう。その時には皆様の力をお借りし、奴らに大打撃を与えてやりたいと考えております。
守備隊とディック一味による共闘が確認されたところで、ロギアが新たに切り出す。
ところで、報酬は手紙に書いたとおりにしてもらえるんだろうな。
もちろんですぞ。現金での報酬は必要なく、代わりに宿や食事を提供。海魔を撃退した後には、半魚人の死体を船に乗せるのを手伝う――それでよろしいのですな?
もちろん。我々としては貨幣の一枚も必要ないと聞いて驚いたほどですからな。
では、会食ののち、皆様を宿にご案内いたしましょう。
食事が始まった。
初めて見る豪勢な料理に、ラオは舌鼓を打つ。
料理は母上の作ってくださったものに近いが、建物の趣がこうも異なるとな……。
サクラがぼやいている。
卓上に並んでいる料理は、初めて食べるものばかりだった。
緑の葉が薄黄色の衣に包まれている。かじってみるとサクサクと崩れ、香ばしい味が広がる。テンプラというらしいが、悪くない。というか美味い。
それにしても、サクラが食べている灰色の紐みたいな食べ物はなんだろう。木の皮を編み込んだ皿に、山になって乗せられている。
ラオ殿、紐とはひどい。これはソバというアカツキ独特の食べ物だ。そこにつゆが置いてあるであろう。
サクラは小さなカップを手に取った。カップと言うには分厚く、ゴツゴツしているが。
実演をよく見て真似する。
するりとソバが口の中に入った。味はそこまで濃くないが、つゆと合わさった優しい香りが舌を喜ばせる。呑み込む時も引っかかることなく、滑らかに身体の中へと落ちていく。
そうだ。旅に出て、自分がいかに恵まれた食生活をさせてもらっていたかが理解できた。
雷電を操る大海蛇という存在があるのだ。おそらく強さはクラーケンと同等と見てよかろう。そやつが浜辺の村を襲い、雷撃で家々を焼き尽くしてしまった。
そんなものが近くにいるなら内陸に移り住めばよかろうと言う者もいる。だが、村は海魔がこの世に現れる前から存在していた場所。生活を簡単に捨てることはできぬ。
街に行ったって、みんながちゃんと生活できるとは限らないもんね。
まったく。それゆえ少しでも海魔を減らし、海辺の平和を取り戻せればと『ガンマディオラ』に乗り込んだが、奴らを落ち着かせるにはあと何年かかるやら……。
やれやれ、と疲れた顔で、サクラがソバをすすり始めた。
こういうちょこまかした道具はあたしにゃ向いてねーんだよ。てかお前はなんでそんな器用に食えるんだ?
ずっとこれで食べてきたからに決まっておろう。船内でも使っているのは見せているはずだが?
そうか? アカツキでは大人も子供も関係なく箸で食事をすると、母上は言っておられたぞ。
人間には怒らねばならぬ時がある! それが今! さあ正座するのだ!
以前、アカツキ流の謝罪方法を話したことがあったでしょう?
ロギアは素早く床に両膝をつき、腕を前に伸ばしながらひれ伏した。
待ってください、以前読んだ物語にはそのように書いてありましたよ?
じゃ、じゃあ男の人同士が愛情を注ぎ合うという関係性もありえないのですか!?
苦笑いしている守備隊の面々に向かって、フィーネが頭を下げていた。
すみません、本当にすみません。お姉さまが痛々しいところを……。