夜明け前に出会う

文字数 2,052文字

うぅ……。

 ラオが起き上がると、見知らぬ狭い路地が映った。

 服は酒と土で汚れている。

(そうだ……俺はあいつらに騙されて、まずい酒をむりやり飲まされて……)
うぐっ……。

 ラオは道の脇へ這って動いた。

 胸の奥から熱がせり上がってきて、ラオは激しく嘔吐していた。

はあっ、はあっ……。
おいおいおい。
――え、俺?
 三人組の男がラオの方へやってきた。

ここはマッドラス様の縄張りなんだよ。

誰がそこで吐いていいって言った?

い、いや、止められなかったんだよ。

っていうか、その人のこと知らないし……。

ほほう?

知らねえだとぉ?

ぐうっ……!
 蹴り飛ばされて、ラオは地面を転がった。
縄張りを汚した奴には痛い目を見てもらわねえとなぁ。
(……なんで)

 街は楽しい場所だと思っていた。

 それは間違いだったのか?

 誰も信じてはいけないところだったのか?

食らいな!
――――ッ!
 蹴られそうになって身構えた瞬間だった。
――待たれよ。

 男達の背後から、凛とした女性の声がした。

 カラン、カランと高い音が続く。

一人によってたかって何をしている?

 それは少女だった。

 赤色の衣服、下は白のスカート……のようにも見えるが、どこか異国の趣を感じさせる。

このガキにルールってもんを教えてやってんのさ。

お嬢ちゃんも痛い目見たくなかったらさっさとどっか行きな。

そうはいかんな。

貴様らはただ憂さ晴らしをしているようにしか見えぬ。

その少年を放してやれ。

……おい、俺達に刃向かうってことは何されても文句は言えないってことだぜ? わかってんのか?
何かできれば、な。

このガキ、調子に乗りやがって!

お前ら、捕まえてひん剥いてやれ!

「おう!」と二人の男が少女に飛びかかっていった。

 が――

ぐはっ!
おうっ……。
 二人は一瞬のうちに地面に倒れ込んでいた。
な、何をした……?
それが見えないようでは、お主は絶対拙者には勝てぬぞ。
(――拙者?)

 少女が話しているのは確かにラドミール語だ。

 しかし言葉選びが硬いというか、訛りのようなものを感じさせる。

で、どうする。

続けるのか?

……ちっ。

 男は舌打ちして路地の奥へと逃げていった。

 倒された二人も、よろめきながら必死であとを追っていく。


 何にせよ、ラオは救われたようだった。

少年、立てるか。
あ、うん……いててて……。
手を貸そう。掴まれ。

 ラオは差し出された手を掴んだ。

 ぐんと引っ張られ、ラオは立ち上がった。

 すごい腕力だ。さすがに奴らを撃退しただけのことはある。

拙者はサクラ・イカヅチと申す者。貴殿は?

ラオライア……じゃなくてラオ。助けてくれてありがとう。

たまたま通りがかったのでな。

この辺りはごろつきのたまり場だ。早く離れるがよかろう。道はわかるか?

いや、全然。

ならば案内しよう。

どこへ行くのだ?

 宿の名前を言いかけて、ラオは止めた。

 うっすらと明るくなってきている。

 もうすぐ夜明けだ。

 この時間なら、船に戻った方がいいだろう。

錨地へ戻りたいんだ。

そうか。拙者もちょうどそちらへ向かうつもりだったのだ。

 サクラに先導されて、ラオは歩き出した。

 カラン、コロン、とサクラの足音が路地に響く。

えーっと、ラドミールの人、だよね?

生まれはな。

ただ、両親は東のアカツキという国の出なのだそうだ。

 その名前は島にやってくる商船の男から聞いたことがある。

 では、この不思議な格好もアカツキ独特の服装なのだろう。

(商船の船長さんの本にあったな……。ハカマ、だったかな?)
 視線を落とすと、少女は腰に湾刀らしきものを提げていた。
その武器はサーベル?
いや、アカツキの武器でカタナという。よく斬れるぞ。
やっぱり、人をズバッと……?

いやいや、これは海魔と戦うための武器だ。

よほどの極悪人でもない限り、刃は見せんよ。

そうなんだね。ちなみに、履いてるのは靴……でいいの?

これもアカツキのものでゲタという。

我が両親はこの国の生活になじみつつも祖国の文化を大切にしてきた。ゆえに、拙者もそれを引き継ごうと思っている。

なんか……いいね。そういうの。
まあ、仲間にはお堅すぎるとよく言われるがな。
ちなみに仲間って――

 カーン、カーン、カーン、と鐘の音が鳴り響いた。それだけでは止まらず、狂ったように連打される。

な、なんだ!?
海魔の襲撃だ。あの鐘はそれを伝え知らせるもの。
海魔が、来たのか……。
拙者は星力者(テーラ)であるゆえ、これより錨地に向かう。貴殿は安全な場所に避難したほうがよかろう。
待って、俺も行くよ。
無茶を言うでない。命は大切に。
俺も星力者なんだ。
貴殿が……星力者?
 ものすごく意外そうな顔をされた。
木っ端どもにやられていた貴殿が……星力者?
……酔ってたんだよ。
 痛いところをぐっさり突かれて、ラオの反論が鈍った。
と、とにかく、俺にはどうしても海魔と戦わなきゃいけない理由があるんだ。止められても行くぞ。

……冗談を言っている顔ではないな。

 サクラは腰の刀に手をやった。

ならばゆこう。

くれぐれも死ぬでないぞ。

お、おうっ!
 頷き合うと、二人は同時に走り出した。
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登場人物紹介

「ラオ」

孤島出身の少年。〈紫焔(ブレープル)〉と呼ばれる紫色の炎を操ることができる。

「ロギア・ガーネット」

帆船『ガンマディオラ』の甲板を仕切っている少女。勝ち気な性格。

「シュトラ」

『ガンマディオラ』のメンバーでフィーネの姉。故郷を海魔に攻め滅ぼされ、流転の果てにこの船の一員となった。

「フィーネ」

シュトラの妹。海魔に故郷を攻め滅ぼされ、姉とともに行く当てのない旅を続け、やがて『ガンマディオラ』に乗船することになる。姉への依存が深刻。

「ディック・ハンヴィール」

『ガンマディオラ』の船長。〈神糸(リオット)〉と呼ばれる能力で帆船一隻を丸々操っている。膨大な力を消費するため、航行中はいつも寝落ち寸前の状態。

「サクラ・イカヅチ」

東方の武人の血を引く少女。雷撃を宿した刀を使って海魔を倒す。

「ハーヴェイ・チェッカータ」

大声を衝撃波に変える〈鬼哭(シャウガ)〉という能力を持つ青年。能力のせいで大声を出すと話し相手を吹っ飛ばしてしまうため、寡黙を貫いている。

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