大襲撃の予兆

文字数 2,265文字

 セーズマリットの港を離れて三日ほどが経った。

 外は変わらず雨のままで、ラオも変わらず本を読み続けていた。

 おかげで知識もかなり吸収できた。お金も価値もわかって、あの酒場で奪われた金額の大きさに胸が痛くなったりもした。

おーい、カタナルタの港が見えたぜ。
 船長室にロギアが入ってきた。
やっと着くんだね。

 ラオは外に出た。

 横から雨が叩きつけてくる。この程度の雨なら島でいくらでも経験してきたから、ラオには気にならなかった。

 ロギアに先導されて船首甲板に行くと、指の先、巨大な城壁が遠目に見えた。

でっかい城壁だな。セーズマリットのやつよりさらに大きい。
ま、あれだけどでかく造ってもぶち破られねぇ保証はないけどな。
船が少ないね。港の規模を考えたら、もっといてもおかしくないんじゃ?
あの城壁には水門がついてんのさ。ほとんどの船はそこから城壁の内側にある錨地へ入ってく。外に置いてあるのは軍艦だけだ。
軍艦……。海魔と戦うための船だね。
人間同士でドンパチやるのにも使うぜ?
……そういえば、戦争っていうものがあるんだよね……。

 孤島に住んでいたラオにとっては縁のないものだった。

 しかし、外の世界では頻繁に〈戦争〉が起こっているのだとか。実際に見たわけではないので、どうにも実感が湧かないが。

おい、ロギア。
 二人で話していると、サクラがやってきた。腰の刀に手をやっている。
港の沖合、海の色が妙であるぞ。
んー?……よくわからん。ちょっと待ってろ。
 ロギアは船尾甲板へ走っていき、すぐに戻ってきた。筒状の遠眼鏡を手にしていた。
……ああ、半魚人が群れてやがる。これから攻め込む気でいるのかもな。
ならば、港に入る前に先手を打っておくべきであろう。
そうだな。――よし、あの群れに向かって突っ込むぜ。

 ロギアがまた船尾甲板へ移動し、帆に風を入れて『ガンマディオラ』の向きを調整し始めた。

 ラオとサクラは、並んで港の沖合を睨んでいる。

ラオ殿、間もなく一戦交えることになろう。半魚人は個々の力は大したこともないが、集まってかかってこられると厄介だ。もし船に上がってきた時は囲まれぬよう注意されよ。
わ、わかった。気をつける。

『ガンマディオラ』が半魚人の群れに向かって突進していく。荒波に船体を大きく揺らしながら猛然と迫っていく。

 相手もそれに気づいた。

 沖合を染めていた緑色の群れがこちらに向かって移動を始める。

 半魚人の体色は濃い緑色。それが大量に集まっているので、緑の膜が漂ってくるようにも映る。

 しかしその実体は、食欲に突き動かされた海魔どもの泳ぐ姿だ。

……む、他にもいるな。
 半魚人の群れの向こうに、巨大なサメのような姿が見えた。背びれのあたりが紫色にうっすら発光している。
ガロメーザだな。奴も大型海魔に餌を奪われているというわけか……。

 ガロメーザと呼ばれた海魔は口を大きく開き、紫色の液体を放出した。

 水流が山なりの軌道を描いて軍艦の真上に落ちていく。液体自体にかなりの質量があるらしく、直撃を受けた軍艦が木っ端微塵に破壊された。

 船体が大きくえぐられ、マストや帆がすべて海へ流出する。

なんて破壊力だ……。あんな奴でも勝てない海魔がいるんだな……。
まあ、あの水流は吐き出すまでに時間がかかる。生き物であれば動きを見てからでも充分によけられるぞ。
(そういうの、さらっと言えるのがすごいよ……)

 ガロメーザを見ている間に、『ガンマディオラ』と半魚人の群れの距離はどんどん縮まっていた。

 ラオの超星力(アストラ)である〈紫焔(ブレープル)〉の火球が届くほどの距離だ。

お、俺もそろそろ攻撃した方がいい!?
いや、待たれよ。その前の一撃がある。
え?
ハーヴェイ、頼んだぜ!
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――ッ!!!!!

 突如爆音が響き渡り、同時に衝撃波がラオの全身を押しのけていった。

 半魚人の群れが圧力に押されて次々に吹っ飛んでいく。後方の半魚人も困惑した様子で、泳ぐのをやめている。進撃が完全に停滞していた。


 すさまじい圧力に、ラオも転びそうになっていた。

 耳がキンキンしてふらつく。

 隣のサクラは、冷静な表情で耳を塞いでいた。

い、今のは……!?
…………。
 一番前のフォアマストのヤードに座っているハーヴェイが、半魚人の群れをじっと見つめている。
今のはハーヴェイの〈鬼哭(シャウガ)〉という超星力で、大声を衝撃波に変えるのだ。大群を相手にこれほど有効な攻撃もあるまい。
な、なるほど……! 確かに心強いね!

 不意に強力な一撃を受けたためか、半魚人の群れは向きを変えた。

 城壁の西の沖へと撤退を開始する。

 ガロメーザも奴らに合わせるようにして海中に姿を消した。

……我らが出るまでもなかったな。これでひとまずは大丈夫であろう。
ちょっと安心したよ……。
 ロギアが走ってきた。
おい、とりあえず敵さんも逃げてったし、船長は港に入りたいっつってるんだがそれでいいか?
賛成だ。まずは守備隊と連携を確認しなければな。
俺もそれでいいと思う。
おっしゃ、それじゃあカタナルタの錨地へ進むぜ。ラオ、姉妹にもそう伝えといてくれよな。
うん、了解。

 先制攻撃に成功した『ガンマディオラ』は、カタナルタの錨地へ針路を変更した。

 下層の船室にいたシュトラ、フィーネ姉妹に行き先を報告してから上甲板へ戻る。

 ラオはハーヴェイの超星力のことを考えていた。

 強力な力を見せてもらった。

 これまでまた、クラーケンへの復讐に新たな希望が持てる――。

 彼はそう感じていた。

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登場人物紹介

「ラオ」

孤島出身の少年。〈紫焔(ブレープル)〉と呼ばれる紫色の炎を操ることができる。

「ロギア・ガーネット」

帆船『ガンマディオラ』の甲板を仕切っている少女。勝ち気な性格。

「シュトラ」

『ガンマディオラ』のメンバーでフィーネの姉。故郷を海魔に攻め滅ぼされ、流転の果てにこの船の一員となった。

「フィーネ」

シュトラの妹。海魔に故郷を攻め滅ぼされ、姉とともに行く当てのない旅を続け、やがて『ガンマディオラ』に乗船することになる。姉への依存が深刻。

「ディック・ハンヴィール」

『ガンマディオラ』の船長。〈神糸(リオット)〉と呼ばれる能力で帆船一隻を丸々操っている。膨大な力を消費するため、航行中はいつも寝落ち寸前の状態。

「サクラ・イカヅチ」

東方の武人の血を引く少女。雷撃を宿した刀を使って海魔を倒す。

「ハーヴェイ・チェッカータ」

大声を衝撃波に変える〈鬼哭(シャウガ)〉という能力を持つ青年。能力のせいで大声を出すと話し相手を吹っ飛ばしてしまうため、寡黙を貫いている。

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