人間と海魔

文字数 2,134文字

やあラオ殿、また会ったな。
 ロギアと一緒に錨地を横切って『ガンマディオラ』に向かっている途中、サクラに再会した。服装に乱れはなく、それが彼女の強さを物語っていた。
おう、誰かと思えばサクラじゃねぇか。お前も戦ってたのか。
おや、ロギアではないか。ラオ殿とお知り合いだったのか?

あー、そういやお前には言ってなかったんだっけ。

こいつ、今度からうちの船に乗ることになったラオだ。面倒見てやってくれ。

えっ、サクラも『ガンマディオラ』の乗組員だったの?
そうだぜ。お前が吹っ飛んできた時、こいつは怪我して船室で休んでたのさ。だからお互いに知らなかったんだ。
……うむ、少々強力な海魔に手こずってしまってな。

そうだったんだね。

じゃあ、あらためてよろしく、サクラ。

こちらこそ。
 三人は錨地の一番隅で揺れている『ガンマディオラ』に乗り込んだ。
ラオ、朝飯はどうした?
まだ食べてないや……。
じゃ、みんなで食うか。色々と買ってきたからよ。

 ロギアはメインマストの下にあった麻袋を手にした。何やら瓶詰めらしき物がたくさん入っている。

 サクラは船べりから丸い板を手に取って、一緒に置かれていた棒を差し込んでいく。それで小さなテーブルができあがった。

よし、食べようぜ。
……恵みに感謝を。
 サクラは両手を合わせて軽く頭を下げた。アカツキの儀式だろうか。
あ、これもおいしいな。なんの肉?
これは鶏だな。……って、島じゃ鶏肉も食わねぇのか?
いや、たぶんみんな食べてたと思うけど、俺は集落から距離置いてたから……。
……なんか、すまん。
気にしないで。正直、島だと他の人と一緒に食事する方がつらかったくらいだからさ。
苦しい生活を送ってきたのだな……。
(あ……、なんか重たい空気になっちゃった)
 ラオは慌てて新しい話題を探した。
そういえば、今日みたいな海魔の襲撃ってよくあるの?
ま、それなりにな。ここは多い方だと思うぜ。
住んでる人たちも大変だね。

そうとも限らぬぞ。

――あそこに城壁があるだろう。

 サクラが街の奥を指さした。

 家が建ち並ぶ向こうに、高い城壁が構えている。

あの城壁よりこちら側に住む者は、税金を低くしてもらえるのだ。
それに商売も内側に比べりゃかなり自由だ。
その代わり、命は自分で守れってこと?

そういうことだな。

場所によっては錨地のすぐそこが城壁だったりもするが、でかい港湾じゃなきゃお目にかかれねぇ。そういうのは造るのも命がけだからな。

余計にお金がかかると。
理解が早いな。本当に島暮らしだったのか?
知識だけはそれなりにあるんだ。直接見た物はほとんどないんだけどね。
でかい港は外国のお偉いさんが来ることもあるからガッチリ固めとかなきゃまずいんだ。でも、そういう人間の来る港ってのは限られてるからな。
まったく。こういう薄汚い街には入りたくもなかろう。
(サクラもけっこう遠慮ないな……)
あー、それとさ、海魔の襲撃は悪いことばっかでもないんだぜ?
えっ?

うむ、そうだな。

例えばさっきのガルザルチなどは背中の針を焼いて粉にすると薬にできる。ガラマザは腹に真珠を作るし、魚人の水かきなども道具の素材になる。大型海魔の鱗や皮は貴族が装飾品として高く買ってくれることもあるのだぞ。

向こうは人間を食いたがって来る。こっちは返り討ちにして素材にする。持ちつ持たれつってな。
なんとなく、ラドミールのことがわかってきた気がする。
そいつはよかった。これから生活していけばもっと色んな発見があるぜ。

 話が途切れ、しばらく食事だけが淡々と進んだ。

 ロギアは鶏肉をガツガツ噛みちぎって食べ、サクラはフォークで細かく分けて食べている。

(……結局、俺はなんの役にも立てなかったな)

 さっきの戦いを思い出して憂鬱になる。

 無謀に突っ込み、あとは震えているしかできなかった。

 昔から姉の背中に隠れてばかり。

 今も同じだ。

 姉がロギアに変わっただけ。

なーに落ち込んでんだよ。
のわっ!?
 またしてもデコピンされた。
まともに戦えなくて悔しかったか?
……うん。
最初からガルザルチだったのは運が悪かったな。あいつは港を襲う海魔の中じゃ強い方なんだぜ。
でも、俺はクラーケンを倒したいんだ。なのにガルザルチなんかにおびえて……。
一対一だったからだろ。
……ロギア?
海魔は人間よりずっと強いんだ。そんな奴を相手に一対一なんて、くそ真面目に騎士道精神で向かってく必要なんてどこにもねぇ。大勢だろうが何だろうが勝てさえすりゃなんでもいい。お互いの生き死にがかかってんだぜ。
その通り、海魔は味方と協力して倒すべきだ。ラオ殿がクラーケンを倒したいというなら、我々も全力で支えよう。
どうして、そこまで言ってくれるんだ……。
みんなお前みたいな目に遭ってるから、他人事じゃねぇのさ。
じゃあロギアも、サクラもそうなのか……?
お前が姉さんを奪われたように、あたしも父親を海魔に食われてる。
拙者も、海沿いの村ごと海魔に潰されてしまった。父上も母上も、今はその土の下に眠っている。
そうだったんだ……。
…………。

ま、しんみりするのはこのくらいにしとこうぜ!

新しい仕事もあるんだし、次の街で何を食べるか話し合いでもするか!

 ロギアが明るい声を出した。

 そこに気遣いを感じて、ラオは嬉しく思った。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

「ラオ」

孤島出身の少年。〈紫焔(ブレープル)〉と呼ばれる紫色の炎を操ることができる。

「ロギア・ガーネット」

帆船『ガンマディオラ』の甲板を仕切っている少女。勝ち気な性格。

「シュトラ」

『ガンマディオラ』のメンバーでフィーネの姉。故郷を海魔に攻め滅ぼされ、流転の果てにこの船の一員となった。

「フィーネ」

シュトラの妹。海魔に故郷を攻め滅ぼされ、姉とともに行く当てのない旅を続け、やがて『ガンマディオラ』に乗船することになる。姉への依存が深刻。

「ディック・ハンヴィール」

『ガンマディオラ』の船長。〈神糸(リオット)〉と呼ばれる能力で帆船一隻を丸々操っている。膨大な力を消費するため、航行中はいつも寝落ち寸前の状態。

「サクラ・イカヅチ」

東方の武人の血を引く少女。雷撃を宿した刀を使って海魔を倒す。

「ハーヴェイ・チェッカータ」

大声を衝撃波に変える〈鬼哭(シャウガ)〉という能力を持つ青年。能力のせいで大声を出すと話し相手を吹っ飛ばしてしまうため、寡黙を貫いている。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色