夜の喧噪

文字数 1,878文字

 日が落ちてだいぶ経つ。

 シュトラとフィーネ姉妹は一足先に宿に向かった。

 今はラオとロギアが、並んで海沿いの小道を歩いている。

 右側に海が広がっている。すぐそこは崖になっており、眺めはとてもいい。

 月明かりに照らされた海面は美しかった。

結局、今日は何軒くらい回ったんだっけ?

五、六軒くらいかな?

すごく楽しかったよ。

そう言ってもらえりゃ、あたしも案内した甲斐があったってもんだ。
 温かな風が、海から陸へと吹き寄せている。
なあ、ラオ。
うん?
クラーケンを倒すとしたら、きつい戦いになると思うぜ。
……ああ。

 冷や水をかけられた気分だった。

 もちろん忘れていたわけではない。

 ただ、一日中はしゃぎ回って、復讐のことが頭から離れていたのは事実だ。

あたしらもでかい海魔とは何度も戦ってきた。それが仕事だからな。
…………。
強力な海魔と戦えば、いくら星力者(テーラ)でも無傷じゃ済まねえ。あたしが『ガンマディオラ』に乗った頃はもっと船員がいたんだよ。それが、戦ってるうちにどんどんいなくなってった。死んだ奴もいるし、陸へ戻ってった奴もいる。色々あって今はあの人数だ。
そう、だったのか……。
そういう経験をしてきたからこそ、ラオには言っときたいんだ。
 ロギアがラオの肩に手を置く。
どんな時でも、冷静さだけは失っちゃダメだ。怒りとか恐怖で我を忘れるな。次はあたしらがついてるんだ、一人で突っ走ろうとするなよ。

 ――無茶をするな。

 要約すればそれだけだ。

 しかしその言葉の中にロギアの思いが込められているのを、ラオはひしひしと感じた。

わかった。
 だからこそはっきりと返事をした。
みんなの判断に従う。自分だけでなんとかしようとしない。――約束する。
ああ――頼むぜ、ホントに。

 それからはしばらく会話もなく歩いた。

 小道を抜けて、街に戻ってくる。

さて、あたしはまだ別の場所へ行くんだけど、お前はどうする?
そうだな、そろそろ宿に戻ろうかな。

そっか。

まあゆっくり休んでおけよ。

朝になったら錨地に集合だ。

 ロギアとはそこで別れ、ラオは街の中を一人歩いた。

 とても騒がしい。

 誰も彼もが浮かれたように動いている。

 酒をあおる男、すりよる女、おこぼれに預かろうとする浮浪者たち……。

(本当に、島じゃ経験できなかったことばっかりだ)

 一軒の店の前で、ラオは足を止めた。

 そこは酒場だった。

 中ではたくさんの男達が酒盛りに興じている。

(……楽しそうだな)

 聞こえてくる蛮声はラドミール語だ。

 ラオは、彼らの話を聞いて理解することが出来る。

(隅っこで聞いてるくらいなら大丈夫だよな)

 ラオは思い切って酒場のドアを開けた。

 蛮声が一気に大きくなった。

 みんな叫びまくって、ある者は歌い、ある者は仲間に酒をぶっかけている。

(あ、あれ? 思ったより怖いところだな……)
(……やっぱり帰ろう)
よー、兄ちゃん。
うわっ!?
 見知らぬ大男にいきなり肩を叩かれた。

今みんなで盛り上がってんのさ。

兄ちゃんもこっち来て飲まねぇか?

 普通なら警戒するところだが、
え、俺も混じっていいんですか!?
 田舎者は素直に受け取ってしまった。
いいってことよぉ。さあこっちだ。
はい!
おーいマスター、この兄ちゃんになんかくれてやってや。
じゃあ俺ガロッタがいいです!

ほう、あのバカ高い酒をか?

なかなか言うねぇ。

……お代は払えるんでしょうな。
 白髪のマスターが疑わしげにラオを見ている。

あ、大丈夫ですよ。

お金はさっき仲間から分けてもらったので、ここに……ほら!

お、おぉ……。

 ドサリとカウンターに置かれた袋を見て、周囲の男達が息を呑んだ。

 それくらい、ラオの袋には貨幣が詰まっていたのだ。

よ、よーしマスター、兄ちゃんにガロッタ出してやれや。
そ、そうですな。
 ジョッキが二つ、カウンターに置かれた。
じゃあ兄ちゃん、いい夜に乾杯だ。
はいっ、かんぱーい!
 ジョッキをぶつけ、酒を口に入れ――

げほっ……!?

ま、まずっ……!

 あまりの苦さに、ラオは酒を吐き出してしまった。

な、なんですかこれ!

ガロッタじゃない――うわっ!?

 囲んでいた男の一人に羽交い締めにされた。

 その間に、大男が貨幣の入った袋を懐にしまう。

ちょ、ちょっと!

それは俺のお金だぞ! なんで勝手にしまうんだ!

今からは俺のモンだ。

さあお前ら、兄ちゃんにたっぷり飲んでもらいな。

おう!
うわぁ、やめろっ――ごうぅっ!?

 ジョッキをむりやり押し込まれる。

 ラオの口に酒がドバドバ入ってきた。


 まずい、苦い、くらくらする。


 すぐに頭が回らなくなって――

(あ……死ぬ……)
 そこでラオの意識が途切れた。
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登場人物紹介

「ラオ」

孤島出身の少年。〈紫焔(ブレープル)〉と呼ばれる紫色の炎を操ることができる。

「ロギア・ガーネット」

帆船『ガンマディオラ』の甲板を仕切っている少女。勝ち気な性格。

「シュトラ」

『ガンマディオラ』のメンバーでフィーネの姉。故郷を海魔に攻め滅ぼされ、流転の果てにこの船の一員となった。

「フィーネ」

シュトラの妹。海魔に故郷を攻め滅ぼされ、姉とともに行く当てのない旅を続け、やがて『ガンマディオラ』に乗船することになる。姉への依存が深刻。

「ディック・ハンヴィール」

『ガンマディオラ』の船長。〈神糸(リオット)〉と呼ばれる能力で帆船一隻を丸々操っている。膨大な力を消費するため、航行中はいつも寝落ち寸前の状態。

「サクラ・イカヅチ」

東方の武人の血を引く少女。雷撃を宿した刀を使って海魔を倒す。

「ハーヴェイ・チェッカータ」

大声を衝撃波に変える〈鬼哭(シャウガ)〉という能力を持つ青年。能力のせいで大声を出すと話し相手を吹っ飛ばしてしまうため、寡黙を貫いている。

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