第8話

文字数 2,261文字



「ほう、その大きい方も十二歳か。それにしては良い体つきじゃな。して、そなたたちはどこから来た? 見ればなるほど珍奇な装束をしておる。注進によれば、そなたたちは唐国の者か南蛮人ではないか、ということであったが、その通りか」

 久明はピンクのポロシャツにジーパン、久太郎は前に大きくアニメのキャラクターがプリントしてある白いTシャツに、カーキ色で膝丈のハーフパンツ、隼人は赤と青の横縞模様のTシャツを着て、モスグリーンの半ズボンをはいている。莚の後ろには彼らがはいていた二足のスニーカーとゴム長靴、それに隼人のバックパックが並べて置いてある。頭髪は、久明と隼人はスポーツ刈りで、久太郎は少し伸びてはいるが丸坊主に近い五分刈りである。戦国時代の人々にしてみれば、これはこの上もなく不思議な格好であろう。

「いいえ、私たちは日本人です」

「日本人とな? ふーむ、日本人……。ひのもとの人間というわけか? そなたたちの言葉はずいぶんと妙な感じじゃが、かといって異国の言葉でもないようじゃ。……して、どこに住まわっておった?」

「はい、市原の草刈近辺に住んでいました」

 久明は、ちはら台と言おうとして、そんな地名はこの時代にはないはずだ、と思い直し、草刈と言った。

 その瞬間、今までエイリアンの様な三人を尋問していた割には穏やかであった辺りの空気が張り詰め、緊張が走った。義舜は険しい顔つきになり、後ろに控えている男たちが得物を手にして中腰になったのが、気配でわかる。

「それは上総国市原郡の草刈郷のことか? あの辺りはいまだ北條方である原式部の勢力下だ。そなたたちは北條の手下か」

 義舜は咎めるように問い質した。

 里見家と相模国小田原を本拠としている北條家は、数十年来の宿敵同士であり、現代で言う東京湾を挟んで今も激しく抗争している。また原式部とは下総臼井城主・原式部大夫胤貞のことで、今は北條家の傘下となっている下総守護家千葉氏の筆頭家老にして、その実、主家よりも大きな勢力を持ち、主家ともども北條家の他国衆になっている。この男は両総国境に位置する小弓(おゆみ)にも拠点城郭を持ち、その一帯を支配して里見家の北上を妨げている。

 千葉県史学会のメンバーでもある久明は、房総戦国史の専門家である。当然そんなことは百も承知で、この時期の草刈界隈は原胤貞の領地となっていることも知っていた。

(……注意一秒怪我一生、というが、これは怪我どころではすまないかもしれない)

 にわかに怪しくなった雲行きに、久明は迂闊なことを言った、と思い体を硬くした。弁解の言葉がとっさに思いつかない。

 首を落とされるシーンが勝手に脳内に投影され、久明は首筋が冷たくなったような気がした。

 暫しの時間が流れた後、義堯は低いがよく通る声で、義舜に話しかけた。

「太郎──」

「いかがなされましたか、父上」

 義舜は土下座をしている三人から目を離した。

「……余が思うに、あの者たちは敵の細作などではあるまい。珍妙な装束をまとい、謎めいた言葉をあやつり、安易に草刈から参ったなどと言う者は、むしろ敵の回し者ではないと見た方がよいのではないのかな」

「それが敵のつけどころでは?」

「細作などというものは地味なあきんどか、山伏の様ななりをしておるのが普通じゃ。子供連れで、しかもかように人目をそば立たせる珍奇な扮装をしていては、とても細作の仕事などできぬぞ」

「ふうむ……」

 義舜は唸り、久明たちの方に向き直った。

「しからば、そなたたちはなぜ、さように奇妙な装束をまとっておるのだ」

「私たちは、今から四百◇□年後の未来からやって来たものでございます。未来では皆このような服を着ております」

「うむ? 未来? 四百◇□年後から来たと? ……どういうことだ、それは」

 義舜は不思議そうな顔をして、三人をしげしげと眺めた。

 その様子を上目でチラッと見て、久太郎は周りの戦国人たちを少しからかってみたくなった。しばらく下を向いて我慢していたが、ついにその衝動を抑えきれなくなり、顔をムクッと上げて大声を張り上げた。

「オレたち時空の隙間に落っこちて、タイムスリップしたみたいなんだ!」

 久明と隼人は狼狽し、全身の体温が一気に降下するのが分かった。

「なに、じくう? たいむすりっぷ? なんじゃ、それは?」

「父ちゃん、ちょっと説明してやってよ」

 久太郎は歌うような口調で久明に囁いた。

「……!?

 久明は驚いて久太郎に目を向けたが、彼はすました顔をして元の平伏姿勢に戻り、地面の砂利を眺めている。久明はやむなく「説明──」を口にした。

「……時代を越えて移動するということのようですが、我々にもよく分かりません。ただ、崖から落ちて気を失い、気が付いたらこの時代にいたという次第で……」

 体じゅうからどっと冷や汗が噴き出してくる。隣で久太郎が体を震わせて、笑いを堪えかねている気配を感じた。

 久明は、

(この野郎!)

 と思い、久太郎を睨みつけた。

「そなたたち、訳の分からぬことを申すでない。例えば今から四百◇十年前と言ったら、源平合戦の頃ではないか。つまり我が祖先がやっと上野(こうずけ)に移り住んだころだ。おとぎ話でもあるまいし、我らがそんな昔に行こうとして行けるはずはない。さてはそなたたち、気が触れているのではないか」

 義舜は眉をひそめ、苦々しい顔をした。誰だって面と向かって意味不明なことを並べられればそうであろう。おそらく義舜は、

 ──こやつらは、キツネか物の怪にでも憑かれているのではあるまいか。

 とでも思っているのだろう。


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