第1話

文字数 1,836文字



   一


 太陽の光がそよ風に揺れる木の葉の隙間から漏れて、チラチラと顔に当たっている。

 その木漏れ日の眩しさで、久太郎は目を覚ました。

「うーん、まぶしいなあ……」

 久太郎はいやいやをするように手を振り、ゆっくりと目を開いた。

「ここはどこ?」

 周囲は斜面に繁る雑木林で、蝉時雨と鳥のさえずりしか聞こえない。

「なんでオレは森の中で寝ているんだろう」

 久太郎は勢いよく体を起こした。その途端、左の肩と左側頭部がひどく痛んだ。

 右手でそっと頭を触ると、そこには大きなこぶが出来ていた。

「痛て──!」

 と叫び、あまりの痛さに顔をしかめながら、久太郎は再び落ち葉の上に寝転がった。

 少し左肩を動かしてみると、痛いが動かないことはない。頭はガンガンと割れるように痛い。手のひらを水をすくう時のように丸くして、そっとこぶに宛がうと、患部が脈打っているのを感じるが、どうやら打撲しただけで骨には異常がないようだ。右膝には小さな擦り傷があり、少量の血が滲み出ているが、この程度のものは日常的にこさえているので問題ない。

 しばらく横たわったままで、木漏れ日を眺めながら痛みに耐えていると、久太郎の脳には記憶が徐々に甦ってきた。

(そうだ、思い出した。オレは父ちゃんやジャイアンと亀山湖に釣りに行った帰りに、暴走車の事故に巻き込まれて、崖から車ごと落っこちたんだ。でも、あれには超びっくりしたよな……)

 久太郎はゆっくりと半身を起こした。

「父ちゃんとジャイアンは?」

 辺りを見渡すと、斜面を少し降った先の幹の直径が一メートル程はありそうなシイの大木の根元に、久明がうつぶせで倒れているのが見えた。

「父ちゃん! 大丈夫──?」

 痛みを我慢しながら、久太郎は大声で久明を呼んでみた。しかしそれが聞こえないのか、久明に反応はない。

 久太郎はそろりそろりと起き上がり、久明の横までゆっくり歩いた。肩や頭の痛みはだいぶひいてきた。

「父ちゃん……」

 耳元で囁いたが、久明は目覚めない。

「………」

 久太郎は久明の体を触ってみた。冷たくはない。意識を失っているだけのようだ。

「父ちゃん!」

 久太郎は父の体を揺すりながら怒鳴った。

「うーん……」

 久明は呻きながら目を開けた。

「父ちゃん、気が付いた?」

「うん……、久太郎か。ここはどこだ? うっ……」

 久明は起き上がろうとして、顔を歪めながら再び横になった。

「父ちゃん、大丈夫?」

「体中が痛い。でもとりあえず動かせるから、大したことはなさそうだ」

「おでこにでっかいタンコブが出来てるよ。オレにも出来てるけど」

 ほら、と久太郎は言って、いがぐり頭にはっきりと分かる側頭部のこぶを指差した。

「そんなに大きいこぶを作って、お前こそ大丈夫なのか?」

「オレは石頭だから大丈夫、ズキズキしててけっこう痛いけど。でも父ちゃんのもアオタンになってきてて痛そうだよ」

「アオタン? ああ、どうりで痛いわけだ」

 久明は額のこぶを触った。大きく腫れたそれは、かなりの熱を持っている。

「でしょう?」

「お前、膝にけがをしてるんじゃないのか? 血が出てるぞ」

「ああ、これ? こんなのいつものことだから大丈夫だよ」

「ふん、腕白な奴だ。ところで隼人君はどこだ?」

「分かんない。オレもさっき生きかえったばかりだから、まだ捜してないんだ」

 そう言って、久太郎は斜面を見上げた。

「生きかえった? ……ああ、そうか。我々は事故に巻きこまれて、車ごと崖に転落したんだったな」

「そうだよ。思い出した?」

「うん、いや本当にひどい目にあった。でもあれでよく生きていたものだな」

 プラドのサイドウィンドウから飛び出た、激しく損傷した男の顔を思い出し、久明は怖気を振るった。

「ほんと。マジで死ぬかと思ったよ」

「そうだな。……隼人君はどこだろう、心配だな」

 久明は首を動かし、辺りを見渡そうとした。

「オレはもうちょっと上の方にいたんだけど、あっちにはジャイアンいなかったと思うよ。ちょっと下の方を見てくるから、父ちゃんは寝てなよ」

「もう大丈夫だ。父ちゃんは警察に電話をしてみる。どうも警察は、我々が崖から転落してここにいることに気づいていないようだから、早く知らせないと」

 久明は、警察はまだ我々のことを捜索しているのだろう、と思い、ジーパンのポケットをまさぐって、スマートフォンを取り出しながら言った。

「うん。でも父ちゃんは無理しないで寝ててもいいよ」

 久太郎は久明をいたわっておいて、下草を掴みながら斜面を降りていった。


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