第23話

文字数 3,242文字

 諏訪野和子…

 五井の女帝…

 伸明の叔母…

 伸明の実母の昭子の妹だからだ…

 伸明は、五井家当主だが、実権は、和子にある…

 だから、五井の女帝と、和子は、世間で、言われている…

 「…和子叔母さまは、伸明さんに今、激怒しているの…叔母様が、伸明さんに、藤原さんのことが、どうなっているか、聞こうとしたら、さっさと、雲隠れして、連絡が、取れなくなっているの…だから、もしかしたら、寿さんのところに、伸明さんが、いるのかも、と、思って…」

 諏訪野マミが、私が、予想したことと、同じことを、言った…

 やはり、もしかしたら、伸明が、私の元に、いるのかも?

 と、探りの電話を、入れてきたのだ…

 それが、たった今、マミが、私に電話を入れてきた真相だった…

 あるいは、伸明が、私と、いっしょに、いないまでも、私が、もしかしたら、伸明の居所を知っているかも、しれない…

 と、考えたのかも、しれない…

 が、

 いずれにしろ、伸明が、どこにいるか、知りたい…

 それゆえ、私に電話をかけてきた…

 それが、真相だった…

 そして、それが、わかると、実に、ホッとしたというか…

 スッキリした…

 マミの目的が、わかったからだ…

 だから、

 「…マミさん…」

 と、今度は、私から、言った…

 「…なに、寿さん?…」

 「…私は、伸明さんが、どこにいるか、知りませんよ…」

 と、自分から、言った…

 マミが、聞きたいであろうことを、先に言った…

 「…さっきも、言ったように、伸明さんと、私は、そんなに、親しい関係じゃ、ありませんから…」

 …ただ、キスを一度しただけですから…

 と、付け加えたかったが、止めた…

 それでは、さすがに、しつこ過ぎる(苦笑)…

 まさかとは、思うが、さっきの話題をもう一度、繰り返すかも、しれない…

 キスをしたから、どうの…

 セックスをしたから、どうの…

 と、いう話題だ…

 お子ちゃまじゃないのだから、そんな話題は、もう嫌だ…

 繰り返したくない…

 私は、そう思った…

 だから、言わなかった…

 すると、マミは、

 「…そう…」

 と、力なく、呟いた…

 そして、

 「…やっぱり、寿さんでも、知らないか…」

 と、独り言のように、呟いた…

 が、

 私は、マミの

 …やっぱり…

 と、いう言葉が、気になった…

 だから、

 「…どうして、やっぱりなんですか?…」

 と、聞いた…

 聞かずには、いられなかった…

 「…それは…」

 「…それは…」

 「…ぶっちゃけ、寿さんが、伸明さんと男女の関係にないからよ…」

 「…えっ?…」

 耳を疑った…

 つい、さっきまでは、キスをしたとか、セックスをしたとかは、関係ないと、言った当人が、さっきとは、真逆のことを、言ったからだ…

 だから、耳を疑った…

 だから、

 「…でも、さっき、マミさんは、私が、伸明さんとキスをしようが、セックスをしようが、関係ないと…」

 と、言った…

 言わずには、いられなかった…

 「…それは、言ったわ…」

 「…だったら…」

 「…寿さんは、それは、距離感の違いよ…」

 「…距離感? ですか?…」

 「…そうよ…ぶっちゃけ、男も女も相手と、一度でも、寝ると、親密な関係になったと、思うでしょ? …だから、それ以前と比べると、なれなれしくなる…」

 「なれなれしく…」

 「…だから、ぶっちゃけ、寿さんが、一度でも、伸明さんと、寝ていれば、伸明さんが、寿さんに、連絡を入れたかも、しれないけれど、寝ていなければ…」

 後は、言わなかった…

 言わずとも、わかるからだ…

 私は、なんといっていいか、わからなかった…

 マミの言わんとすることは、わかる…

 わかるが、やはりというか…

 直接、同性でも、

 「…アナタ、あの男と寝たの?…」

 と、直球に聞かれれば、答えに窮す…

 まして、マミさんは、伸明さんの血が繋がった妹…

 母親が、違うから、腹違いでは、あるが、伸明の血が繋がった妹に他ならない…

 が、

 いかに、血が繋がった妹と、いえども、兄の伸明と、いっしょに、暮らした経験は、ないに違いない…

 あるいは、だから、直球で、

 「…伸明と、寝たか、否か?…」

 の話題に触れることが、できるのかも、しれない…

 そう、気付いた…

 これが、普通の兄妹なら、なかなか、口にできない…

 恥ずかしいからだ(苦笑)…

 が、

 マミは、伸明と、いっしょに、暮らしたこともない…

 だから、どこか、他人行儀というか…

 今も、

 「…伸明さん…」

 と、さん、づけで、距離を置いていることから、わかる…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…寿さん、今日は、ごめん…」

 と、マミさんが、電話の向こう側から、言ってきた…

 「…突然、電話をかけて…」

 マミが、続ける…

 要するに、用は済んだということだ…

 マミさんは、私が、伸明さんの居所を知っているか? 否か?

 そのために、電話をかけてきた…

 そして、その結果がわかれば、用済みというわけだ…

 だから、

 「…いえ、今日は、お電話ありがとうございます。マミさんと、久しぶりに、こうして、お話ができて、楽しかったです…」

 と、言った…

 半分、本音…

 半分、社交辞令だ…

 すると、それが、わかってか、わからないでか、マミさんも、

 「…こちらこそ、寿さんと、久しぶりに、話せて、嬉しかった…」

 と、電話の向こう側から、言ってきた…

 だから、

 「…いえ、こちらこそ…」

 と、繰り返した…

 すると、マミさんが、

 「…今度、会いましょう…」

 と、言ってきた…

 「…ぜひ…」

 と、私も勢い込んで、答える…

 が、

 これも、半分本音…

 半分、社交辞令…

 おそらく、マミさんも、同じだろう…

 そして、それを最後に、電話が、切れた…

 すると、途端に、ドッと疲れが出た…

 自分でも、ビックリするほど、疲れが出た…

 これは、自分でも、意外だった…

 なぜなら、相手が、マミさんだからだ…

 伸明の腹違いの妹のマミさんだからだ…

 私は、マミさんが、好き…

 マミさんも、私が好き…

 にもかかわらず、ドッと疲れが出た…

 これは、一体、どうしてだろう?

 自分でも、考え込んだ…

 自分でも、わけが、わからなかったからだ…

 そして、考えた結果、答えが、見つかった…

 それは、自分が、猜疑心が強くなっていること…

 だから、何事も疑って、かかる…

 それゆえ、疲れる…

 それが、理由だった…

 なぜだかは、わからない…

 なぜ、自分が、猜疑心が、強くなっているかは、わからない…

 が、

 もしかしたら?

 もしかしたら、私の死期が、近づいているのかも?…

 とっさに、気付いた…

 よくある種の動物は、自分の死期が近づいたことが、わかると、群れから、離れ、自分だけ、どこか、別の場所の行くと、聞いたことがある…

 要するに、死に場所を探すのだ…

 それが、直感でわかる…

 それゆえ、誰に教わったわけでもなく、そういう行動に出る…

 そして、もしかしたら、それが、私と同じ…

 私は、人間だから、死に場所を探すのではなく、ただ、何事にも敏感になる…

 小さなことにでも、過敏になる…

 小さなことでも、気になるようになる…

 そういうことだ…

 自分の死期が、近づいてきたから、神経が過敏になっているのかも…

 そう、気付いた…

 と、同時に、

 …来るべきときが、来た!…

 とも、思った…

 死ぬときが、来た!

 とも、思った…

 が、

 意外や意外…

 別段、驚きはなかった…

 これは、自分でも、意外だった…

 考えてみれば、私は、一人…

 一人ぼっちだ…

 夫も、子供もいない…

 だから、死んでも、困る人間は、誰一人いない…

 そう、思えば、楽…

 気が楽だ…

 が、

 同時に、ちょっぴり寂しくもある…

 やはり、私も、人並みの幸せというか…

 夫や子供といる生活がしてみたかった…

 と、

 心の底から、そう思う…

 自分でも、実に矛盾していると、思う…

 が、

 これが、本音…

 本音だった…

 まもなく、33歳になろうとする、癌持ちの寿綾乃=矢代綾子の本音だった…

               

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み