第51話

文字数 4,529文字

 結局、ナオキからは、連絡がなかった…

 いつまで待っても、連絡がなかった…

 そして、すでに、何度も、説明したように、私から、ナオキに、連絡する手段は、なかった…

 私が、唯一知る、ナオキのケータイの電話番号にかけても、繋がらなかったからだ…

 何度、かけても、

 「…この電話は、電源が切られているか、電波の届かない場所にあります…」

 と、繰り返し、同じメッセージが流れるだけだった…

 だから、お手上げ…

 私には、お手上げだった…

 万策尽きたといっても、よかった…

 藤原ナオキに連絡する、唯一の手段が、機能しなかったからだ…

 だから、私は、落胆した…

 自分でも、呆れるほど、落胆した…

 同時に、驚いた…

 たかだか、ナオキと連絡が取れないことで、自分が、これほど、落ち込むとは、考えもしなかったからだ…

 これは、自分でも、意外だった…

 同時に、気付いたことは、ナオキは、私にとって、空気のような存在だと、気付いた…

 空気のような存在というのは、あって当たり前…

 いつも、近くにいて、当たり前の存在…

 いいか、悪いかは、別にして、そういう存在だった…

 何度も、繰り返すが、私が、ナオキと、出会って、十五年は、経つ…

 私が、女子高生のときに、出会った…

 ナオキが、社長を務める、会社で、バイトを始めたのが、きっかけだった…

 それ以来の仲だった…

 だから、お互いに、相手のことが、よくわかっている…

 私はナオキを…

 ナオキは、私をよくわかっている…

 そう、思っていた…

 互いに誰よりも、相手を理解していると、思っていた…

 だから、当然、拘置所から、釈放されて、真っ先に、連絡が来るのは、私…

 私、寿綾乃の元だと、思っていた…

 が、

 その連絡がない…

 待てど、暮らせど、連絡がない…

 これは、一体、どういうこと?

 気が気でなかった…

 が、

 いくら考えても、自分で、どうにか、なる話ではない…

 だから、ダメだった…

 自分では、ダメだった…

 が、

 それでも、自分で、どうすれば、いいか、考えた…

 当たり前だ…

 そして、思いついたのは、ただ一つ…

 諏訪野伸明だった…

 なぜ、伸明か?

 それは、伸明を五井記念病院で、見かけたから…

 だから、伸明だった…

 変な話、ナオキとは、連絡が取れない…

 それゆえ、伸明だった…

 なにより、伸明だったら、なにか、知っているに違いない…

 ナオキのことを、知っているに違いない…

 ナオキは、伸明から、お金を借りて、それを、税務署に申告せず、脱税の疑いで、逮捕された…

 そして、お金を貸した伸明は、逮捕されず、税務署に、修正申告をしただけだった…

 あまりにも、不公平な扱いだと、怒るところかも、しれないが、世の中、そういうものかも、しれない…

 ナオキもまた、お金持ちだが、伸明は、桁違いのお金持ち…

 大金持ちだ…

 なにより、歴史がある…

 伝統がある、五井の総帥…

 片や、ナオキは、ここ数年で、急速に名を成した、成り上がり…

 もはや、比べるのも、おかしい…

 ハッキリ言えば、比べ物にならない…

 だから、同じ脱税をしても、扱いが、異なっても、怒るところでは、なかった…

 ただ、世の中、そういうもの…

 そういうものと、割り切れば、いい…

 それだけのことだ…

 それは、例えば、会社に、高卒と一流大卒の新入社員が、いて、

 「…キミたちは、同じ年次に入った新入社員だから、待遇は、同じ、スタート地点は、同じ…」

 と、言っているようなもの…

 たしかに、スタート地点は、同じかも、しれないが、高卒のひとは、ただのスタッフとして、扱われ、一流大卒のひとは、将来の幹部候補として、会社の上層部に見られてる…

 それが、わからない…

 その違いが、わからない…

 それと、同じだ…

 だから、ナオキと伸明は、生まれも、育ちも違うのだから、同じに扱われるわけがない…

 私は、それが、わかっているし、おそらく、ナオキもまた、わかっている…

 だから、ナオキが、伸明と、会っても、伸明に、アレコレ、愚痴をこぼしたり、恨みごとの一つも、口にするとは、思えない…

 伸明とナオキは、生まれながら、差があるのだから、扱いに差があって、当然だからだ…

 片や、五井の総帥…

 片や、新興IT企業のオーナー社長…

 従業員千人足らずの会社の社長だ…

 今現在は、いいが、将来、どうなるか、わからない会社の社長だ…

 五井のように、歴史ある企業とは、雲泥の差…

 比べるのも、バカバカしいほど、規模が違う…

 五井は、十年後、百年後も、存続するだろうが、FK興産は、十年後、どうなっているか、わからない…

 FK興産は、十年後、潰れているかも、しれないし、どこかの会社と、合併して、消滅しているかも、しれない…

 それが、現実だ…

 例えれば、FK興産は、ポッと出のアイドルのようなもの…

 いきなり、現れて、世間に知られたが、それでも、十年後は、どうなっているか、誰にも、わからない…

 当然、本人にも、わからない…

 芸能界に残っていられるか、誰にも、わからないからだ…

 それと、似ている…

 それと、同じだ…

 そして、伸明のこと…

 今、伸明とナオキを比べたが、問題は、そこではない…

 問題は、ナオキとは、連絡が取れないが、伸明は、たぶん、連絡が取れるということ…

 なにより、伸明に、電話をかけても、出ないかも、知れないが、居場所は、わかっている…

 伸明は、間違いなく、五井記念病院にいる…

 五井記念病院に、身を隠している…

 マスコミの目を逃れるためだ…

 ちょうど、政治家が、汚職がバレて、都合が悪くなると、病気を理由に、病院に隠れるのと、同じ…

 同じだ…

 病院に入院すれば、マスコミの目から、逃れることが、できるからだ…

 だから、今、伸明は、五井記念病院にいる…

 五井記念病院に身を隠している…

 五井記念病院は、その名の通り、五井系列の病院…

 五井家当主の諏訪野伸明が、そこに身を隠すことは、造作もないことだろう…

 むしろ、隠れ場所としては、当たり前過ぎて、拍子抜けする場所だ…

 あまりにも、ありきたり過ぎるからだ…

 少し、頭を働かせれば、誰にでも、わかる隠れ場所だからだ…

 が、

 いかんせん、マスコミが、追及しない…

 それは、何度も言うように、伸明が、五井家の当主だから…

 日本、いや、世界中に知られた五井のトップに君臨する五井家の当主だから、追及できない…

 マスコミはおろか、銀行や証券を筆頭に、この日本の多くの企業と、五井は、取引がある…

 いわば、スーパーマンモス企業…

 そんな大企業の当主に君臨する伸明の居場所を探ることなど、できないからだ…

 だから、おそらく、マスコミの中には、伸明が、今、五井記念病院に身を隠していることを、知っている者がいても、動けない…

 取材できないに、違いない…

 そして、伸明からすれば、それが、わかっているからこそ、五井記念病院に身を隠したとも、考えられる…

 少し頭を働かせれば、誰でも、わかるような場所に、身を隠していているのは、それが、わかっているから…

 誰も、自分に、取材しないのが、わかっているから…

 だから、そんな場所に、身を隠す…

 考えてみれば、自分が、身を隠す場所としては、甘い…

 甘すぎる…

 が、

 それこそが、伸明かも、しれない…

 五井家当主かも、しれない…

 私は、思った…

 いわゆる、ボンボン…

 生粋のお金持ち…

 だから、脇が甘いというか…

 大した考えもないのかも、しれない…

 大した危機感もないのかも、しれない…

 あるいは、

「…五井記念病院に身を隠せば?…」

 と、誰かが、伸明に勧めたのかも、しれない…

 しかしながら、私なら少し考えて、その提案を却下する…

 却下=拒否する…

 なぜなら、五井記念病院は、隠れ場所としては、あまりにも、安易だからだ…

 何度も言うように、汚職等、スキャンダルで、政治家が、身を隠すのに、一番ありがちな場所だからだ…

 だから、五井家当主が、自分の系列の病院に身を隠すのは、わかり過ぎるほど、わかりやすい(苦笑)…

 小学生でも、わかるだろう(爆笑)…

 が、

 そんなことが、わからないのが、伸明なのだろう…

 お坊ちゃまの伸明なのだろう…

 五井の御曹司なのだろう…

 もちろん、伸明は、バカではない…

 しかしながら、そんなことが、わからない…

 あるいは、

 そんなことも、気付かない…

 そんなことを、考えない伸明は、やはり、お坊ちゃまだから…

 よく言えば、お人好し…

 悪く言えば、簡単にひとに騙される…

 生まれながらの金持ちゆえに、周囲に、悪い人間が、いないからだ…

 だから、簡単に騙される…

 安易に他人を信用する…

 その点、この寿綾乃は、違う…

 この矢代綾子は、違う…

 はばかりながら、決して、裕福な生まれではなかった…

 物心ついたときから、母と二人暮らし…

 生活も、お世辞にも、楽ではなかった…

 だから、だろう…

 仮に伸明が、誰かに、五井記念病院に身を隠せと、言われたとしても、私なら、その提案を拒否する…

 隠れ場所としては、あまりにも、わかりやす過ぎるからだ…

 だから、バレたら、どうなると、思う…

 バレたら、どうなると、まずは、考える…

 そして、それが、普通の人間…

 この寿綾乃のみならず、大半の人間がそう…

 私と同じに考えるだろう…

 しかしながら、伸明は、違った…

 それを、受け入れた…

 それこそが、お坊ちゃま…

 お坊ちゃまの神髄なのかも、しれない…

 要は、ひとを疑うことを、知らない…

 おそらく、生まれながら、周囲に、悪い人間が、いないのだろう…

 そう、思った…

 一般に、金持ちは、ずる賢く、貧乏人に、よい人間が、多いと、マンガや、小説では、よく描かれるが、私の経験では、真逆…

 金持ちに、いい人が、多く、貧乏人に、性格の悪い人間が、多い…

 これは、なぜか?

 金持ちは、生活に困らないからだろう…

 真逆に、貧乏人は、金がないから、生きるのに、苦労する…

 その結果、性格が歪む…

 真逆に金持ちは、天真爛漫といえば、大げさだが、お金があるから、生きるのに、さして苦労しない…

 だから、性格が、良い人間が、多い…

 そういうことだろう…

 むろん、例外はある…

 しかしながら、例外というのは、例えば、十あれば、一や二…

 つまりは、十%あるいは、二十%…

 どんなに、多く見積もっても、三十%…

 だから、残り七十%は、その通りなのだからこそ、例外なのだ…

 そして、そんなことを、考えると、伸明は、今さらながら、お坊ちゃまだと、気付いた…

 そんな安易な場所に、身を隠す伸明を、今さらながら、真正のお坊ちゃまだと、認識した…

 貧乏人出身の私とは、違う…

 今さらながら、思った…

 同時に、気付いた…

 もし、

 もし、伸明に、誰かが、五井記念病院に身を隠せと、アドバイスしたとしたら、そのアドバイスをしたのは、誰か?

 と、いうことだ…

 その誰かが、気になる…

 もしやとも、思うが、もしかしたら、伸明を陥れようとしている?…

 そんな疑惑が、私の心の中に、広がった…

 もしや伸明が誰かに騙されてる?…

 そんな疑念が、私の心の中に、広がった…

               
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