第34話

文字数 4,658文字

 「…マミさんは、今日は、これから、どうされるんですか?…」

 「…これからと、言うと?…」

 「…もし、時間があるのでしたら、私の会計が、終わったら、どこかで、お茶でも、飲みませんか?…」

 私は、言った…

 情報が、得たかったからだ…

 マミと話して、情報が、得たかった…

 諏訪野伸明も、そうだが、五井一族の情報が、得たかった…

 マミさんは、五井一族…

 伸明の父、先代、五井家当主、建造の愛人の子供…

 だから、五井家では、陰が薄いが、五井家の人間であることは、間違いない…

 五井家の情報を多少なりとも、掴んでいるのは、間違いない…

 現に、ついさっきも、この五井記念病院に、身を隠しているに、違いない、腹違いの兄の伸明といっしょに、いた…

 だから、多少なりとも、五井家の内情に通じているに、間違いはなかった…

 すると、私の提案に、

 「…どこかと、いうなら、この病院で、どう?…」

 と、マミさんが、提案した…

 「…この病院ですか?…」

 「…ほら、この病院にも、スタバがあるし…」

 マミさんが、言う…

 「…スタバ? …スタバって、スターバックスですか?…」

 驚いた…

 まさか、ここで、スタバの名前が出るとは、思わなかった…

 なにしろ、ここは、病院…

 そこで、スターバックス・コーヒーの名前が出るとは、思わなかった…

 「…その様子では、寿さん、知らなかったようね…」

 「…ハイ…知りませんでした…」

 「…でも、寿さんが、知らなかったのも、無理はないかも…」

 「…どうして、無理は、ないんですか?…」

 「…スタバが出来たのは、最近だから…きっと、寿さんが、ここを退院した後に、出来たんだと、思う…」

 「…そうなんですか?…」

 私は、驚いた…

 「…今、病院も大変なのよ…ほら、この五井記念病院の中にも、コンビニもあるし、100円ショップもある…まるで、ショッピングセンターね…でも、ショッピングセンターと、違うのは、中心が、病院だということ…」

 「…中心が、病院? …ですか?…」

 「…ショッピングセンターや、ショッピングモールならば、中心は、スーパーでしょ? …」

 「…ハイ…」

 「…イオンとか、いい例ね…それが、病院に置き換わるだけ…」

 「…病院に?…」

 「…この病院だって、数は、少ないけれど、宿泊施設もある…遠くから、この病院に見舞いに来た方たちが、宿泊できるように、している…だから、昔の病院しか、知らないひとたちから、見れば、驚きよ…」

 …たしかに…

 マミさんの言うことは、わかる…

 私も以前、この五井記念病院に入院していたときに、ようやく、カラダが、少しでも、動くようになって、リハビリのために、この病院の中を、松葉杖をついて、歩いたときに、普通に、セブンイレブンが、病院の中にあったのを見て、驚いた記憶がある…

 が、

 しかし、半年前は、スタバはなかった…

 さすがに、スタバは、なかった(苦笑)…

 が、

 今は、それも出来たとは?

 正直、驚きだった…

 「…だから、そこで…」

 マミさんが、提案した…

 「…ハイ…わかりました…」

 私は、承諾した…

 「…だったら、私、先に行って、待ってる…」

 マミさんは、言うと、足早に歩き出した…

 私は、そんなマミさんの後ろ姿を見て、なんだか、嬉しくなったというか…

 楽しくなった…

 即断即決というか…

 思い立ったら、すぐに、行動する…

 その姿が、実に、小気味いい…

 実は、私も、即断即決で、あまり悩まないで、物事を決める方だが、マミさんほどでもない…

 だから、すぐに、行動に移すマミさんの姿が、実に羨ましい…

 真逆に、いつまでも、文句ばかり言って、ウジウジと愚痴をこぼして、ちっとも、行動に移さない人間を見ると、頭に来る…

 こっちまで、イライラしてくる(苦笑)…

 そういうことだ…

 だから、マミさんの後ろ姿を見て、つい、頬が、緩んだ…

 
 その後、会計を済ませ、私は、病院内の地図を見て、スタバを探した…

 すると、たしかに、スタバがあった…

 以前は、なかったスタバが、すぐに、見つかった…

 私は、それを見て、

 …病院も、大変だな…

 と、思った…

 客寄せではないが、少しでも、多くの患者さんが、やって来るように、スタバを設置したのだろう…

 たしかに、スタバがあれば、この病院に、見舞いにやって来た、ひとたちが、ここで、コーヒーを飲みながら、雑談して、くつろげる…

 その目的のために、設置したのだろう…

 昭和の末期生まれの私から、すれば、信じられないことだ(笑)…

 病院は、いかに、大きくても、病院に過ぎない…

 だから、病院にお見舞いに来た方たちのために、食堂が、設置されている病院は、知っているが、それは、病院の関連企業が、運営しているとか、その程度の規模のものだった…

 それが、今では、ナショナルブランドというか…

 全国的に知名度のある企業が、堂々と、病院の中に、出店している…

 それを、見ると、つくづく、

 …時代が、変わった…

 と、感銘を受ける…

 と、同時に、自分が、歳をとったのを、実感する…

 嫌でも、実感する(苦笑)…

 なぜなら、今の中学生や高校生では、こんなことは、当たり前に思うからだ…

 だから、自分が年を取ったことを、実感する…

 そして、それを、思えば、さっきの長谷川センセイとのやり取り…

 私と長谷川センセイのやり取りの最中に、センセイの背後に控えた二十代前半の若い女性看護師二人…

 私と長谷川センセイを見て、どう思ったのだろう?

 ふと、気付いた…

 彼女たちから、比べれば、私は、ほぼ十歳年上…

 長谷川センセイは、ほぼ二十歳年上…

 だから、若い彼女たちから見れば、オジサンとオバサンの会話に見えたのだろうか?

 いや、

 問題は、そこではない…

 長谷川センセイだ…

 長谷川センセイは、外科医…

 大勢の女性の裸を見ているだろう…

 私は、たしかに、美人かもしれないが、まもなく33歳になる…

 立派なオバサンだ…

 立派な中年だ…

 そのオバサンの裸を見て、どう思うか、否か?

 長谷川センセイも、オジサン…

 四十代のオジサンだ…

 だったら、私より、やはり、若い女の方が、いいに決まっている…

 三十代の美人より、二十代の可愛い女が、いいに決まっている…

 誰もが、歳を取れば、若いものに憧れる…

 中年男は、若い女に…

 中年女は、若い男に憧れる…

 それは、自分が歳を取ったから…

 歳をとって、自分が若さを失ったから、若さを持った異性に憧れるのだ…

 しかも、長谷川センセイは、外科医…

 女の裸を見慣れている…

 だから、余計に、二十代の女の肌と、三十代の女の肌の違いがわかるだろう…

 だが、だとしたら、やはり、私を美人と言ったのは、長谷川センセイの社交辞令…

 私に対する社交辞令?

 あらためて、思った…

 ホントは、長谷川センセイも、若い女が、好きだが、私が美人だから、それを、口にした…

 そういえば、私も、いい気分になるからだ…

 私は、自分が、美人だとわかっているが、それでも、

 …寿さんは、美人だから…

 と、他人に言われれば、悪い気はしない(笑)…

 美人は、誉め言葉だからだ…

 だから、こう言っては、なんだが、たいして、キレイでない、女に、

 …〇〇さんは、美人だから…

 と、言えば、それは、嫌味…

 嫌味、あるいは、皮肉に他ならない…

 が、

 それを、どう受け取るかは、本人の問題…

 そこそこ美人ならば、

 …こう言われるなんて、やっぱり、私は、キレイなんだ! 美人なんだ!…

 と、思うだろう…

 が、

 そこまで、行かない、平凡な女でも、

 …もしかして、私は、美人?…

 と、思う女もいるし、

 …当たり前じゃない! ようやく、気付いた…

 と、思う、女もいる(笑)…

 要するに、受け取り方だ…

 同じことを、言っても、受け取る側は、人それぞれ…

 …キミは、美人だ…

 と、言われれば、まったくの平凡なルックスの女でも、その気になる女もいる(笑)…

 そういうことだ…

 そして、そういう女に関して言えば、単純に、

 …自分の評価が、異常に高い…

 と、いうことが、わかる…

 これと似た例で、わかりやすい例えで、言えば、大学受験…

 教師や、学校の友人から、

 「…キミの偏差値では、この大学は、無理…」

 と、言っても、自分では、受かると、思っている…

 自分では、受かるという謎の自信がある(笑)…

 が、

 当然、受からない…

 それと、同じだ…

 要するに、自分の評価が異常に、高い…

 周囲の自分に対する評価と、自分の自分自身に対する評価が、著しく差がある…

 差=ギャップがある…

 そういうことだ…

 これは、学校でも、会社でも、どこにでも、あること…

 なぜか、自分の評価は、異常に高い人間が、必ずいる…

 が、

 当然のことながら、誰も、その人間を、当人が、思っているようには、評価しない…

 だから、会社で、いえば、当人が、思っているように、出世はできないし、若い女で、いえば、普段、口にしていた真逆の男と結婚する…

 それまでは、いかに、自分が、優れていると、周囲に吹聴していたにも、関わらず、結婚相手は、全くの平凡な男だからだ…

 だから、偶然、街で、以前、学校や会社で見知った人物と、顔を合わせれば、急いで、下を向いて、顔を隠す…

 それまで、散々、自分が、言ってきたことと、全然、違う男と歩いているからだ…

 傍から見れば、美人でもなんでもない女が、ごく平凡な男と歩いていても、なにも驚かないが、本人にとっては、嫌なのだろう…

 嫌=恥ずかしいのだろう…

 が、

 それが、その当人の評価通り…

 傍から見れば、

 …ああ、やっぱり…

 と、なる…

 当たり前のことだ(笑)…

 もちろん、美人でなくても、いい男と結婚する女は、世の中にごまんといる…

 が、

 その場合は、頭が良かったり、家がお金持ちだったり、性格が、良かったり、要するに、ルックスはイマイチだが、それ以外で、他人が、羨むものを、持っている女が多い…

 あるいは、単純に、周囲に女がいなかった場合…

 会社は、学校ではないのだから、同じ年代の異性が、同じ割合で、いることは、ありえない…

 男に比べて、女が異常に少ない職場も、あれば、その真逆もある…

 そして、結婚したければ、その中から、選ばなければ、ならないから、極端な場合、似合わないカップルが、誕生することもある…

 ルックスが平凡な女と、イケメンな男など、その好例だろう…

 私は、そんなことを、考えた…

 が、

 昨今は、スマホのアプリで、マッチングで、結婚相手を探すケースが、増えたから、今、言ったことは、当てはまらないかも、しれない…

 が、

 私に言わせれば、どうしても、普段から、生身で、見知っていなければ、とても、結婚はできない…

 どうしても、スマホの画面の向こう側で、知り合った人間とは、付き合えない…

 それは、もしかしたら、私が昭和生まれだから?…

 もうすぐ33歳になろうとする中年のオバサンだから…

 オバサンだから、若いときとは、違って、用心深くなる…

 用心深く=慎重になる…

 スマホの画面で知り合って、出会うのではなく、学校や会社で、知り合って、普段の姿を見たくなる…

 そうでなければ、安心できなくなる…

 まあ、それが、歳を取るということだ…

 歳を取る=慎重になると、いうことだ…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 そして、そんなことを、考えながら、マミさんの待つ、五井記念病院内のスタバに向かった…

               

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