第48話

文字数 4,200文字

 が、

 いつまでも、考え続けていても、仕方がない…

 自分一人だけで、考え続けていても、結論は、出ない…

 当たり前のことだ…

 いずれ、時が来れば、真相が、わかるだろう…

 誰が、ナオキをサポートしたか、わかるだろう…

 私は、思った…

 そう、思ったときだった…

 ユリコから、電話が来た…

 私が、悩んでいると、ユリコから、電話が来たのだ…

 私は、驚いた…

 まさか、ユリコから、電話があるとは、思わなかった…

 あのユリコから、私のスマホに、電話があるとは、思わなかった…

 「…寿さん? テレビを見た?…」

 それが、私がスマホを取って、真っ先に聞いた言葉だった…

 「…見ました…ユリコさんですね?…」

 「…そう、ユリコよ…」

 ユリコは、自分の名前を名乗るのも、もどかしい感じだった…

 一刻も早く、本題に入りたい、そんな感じだった…

 「…ナオキの釈放の話ですよね?…」

 とりあえず、聞いた…

 あえて、聞く話では、なかったかも、しれないが、一応、確かめた…

 「…そうよ…」

 ぶっきらぼうに、ユリコが、答える…

 「…他に、なにが、あるって言うの?…」

 ユリコが、イライラした様子で、答える…

 私は、そんなユリコを見て、思わず、吹き出しそうになった…

 なぜなら、ユリコは、いつも沈着冷静…

 焦った姿など、見たことがなかったからだ…

 が、

 今は、明らかに、焦っている…

 それが、おかしかった…

 それが、面白かった…

 そんなユリコの姿を見たことが、なかったからだ…

 だから、おかしかった…

 だから、面白かった…

 同時に、思った…

 ユリコをイジメてやれ!

 と、思った…

 わざとユリコの知りたいことや、ユリコの教えたいことに、答えない…

 のらりくらりと、ユリコの質問をかわして、ユリコを困らせて、やれ!

 とも、思った…

 が、

 さすがに、それは、できない…

 これは、非常時…

 非常時だから、それは、できない…

 また、そんなことを、一瞬でも、考えた、私は、もしかしたら、薄情…

 そうも、思った…

 なぜなら、ナオキの元の妻のユリコが、ナオキの釈放について、一刻も早く、私に伝えたいにも、関わらず、私は、と言えば、そんなユリコをイジメてやれ!

 と、考える…

 これは、詰まるところ、愛情の違い?

 ナオキに対する、愛情の違い?

 とも、思った…

 こんな非常時に、ユリコをイジメて、面白がろうと、考える私は、愛情が、薄い?

 藤原ナオキに対する愛情が薄い?

 そうも、思った…

 こんな非常時には、なにを置いても、一刻も早く、ユリコの言葉を聞きたいと、思うのが、普通だ…

 にも、関わらず、ユリコをイジメてやれ!

 なんて(苦笑)…

 なんて、ひどい女…

 なんて、根性のひねくれ曲がった女…

 自分で、自分のことを、思った…

 思わざるを得なかった…

 そして、ユリコと電話している、わずかな時間に、そんなことを、思っていると、ユリコが、電話口で、

 「…五井よ…」

 と、言った…

 吐き捨てるように、言った…

 「…五井が、お膳立てしたの…」

 ユリコが、言った…

 が、驚きは、なかった…

 驚きは、まったく、なかった…

 想定内…

 まさに、想定内の出来事だったからだ…

 だから、私は、真逆に、

 「…ナオキの釈放の手続きをしたのは、ユリコさんでは、なかったんですか?…」

 と、聞いた…

 聞かずには、いられなかった…

 私の頭の中では、私を除き、ナオキの釈放の手続きを取る人間は、五井か、ユリコしか、いなかったからだ…

 すると、

 「…私じゃないわ…」

 と、ぶっきらぼうな返答があった…

 明らかに、不機嫌な感じだった…

 それを、聞いて、もしかして、このユリコは、ナオキを愛していた?

 もしかして、まだ、ナオキを愛していた?

 と、気付いた…

 なぜなら、今の口調から、察するに、ホントは、自分の手で、ナオキの釈放の手続きをしたかったと、思ったからだ…

 まさか、ユリコは、投資ファンドの代表だから、ナオキの釈放の手続きをとって、自分の商売に有利に運びたいと、いうわけでは、あるまい…

 FK興産を、今さら、どうにか、したいユリコではあるまい…

 いや、

 もしかしたら、その可能性もある…

 たしか、ユリコは、FK興産の大株主だった…

 FK興産は、ユリコとナオキが、創業した…

 当時、夫婦だったユリコとナオキが、操業した…

 だから、たしか、株は、半々…

 ナオキとユリコの夫婦が、FK興産の株を持っている…

 ということは、どうだ?

 もし、以前、ユリコが言ったように、諏訪野伸明が、FK興産の株を買って、FK興産を五井の傘下に組み込もうとしても、それは、できない…

 なぜなら、そのためには、このユリコから、株を買わなければ、ならないからだ…

 だから、できない…

 このユリコは、一筋縄では、いかない女…

 仮に、五井に株を売るとしても、きっと、その際に、法外な値段をつけて来るに、違いないからだ…

 だから、できない…

 いや、

 簡単には、できない…

 そして、それに気づくと、なぜ、このユリコが、今回の件に夢中になっているか、わかってきた…

 要するに、当事者なのだ…

 このユリコは、ナオキと同じ…

 FK興産の株を持つ、当事者なのだ…

 だから、五井が、ナオキに近付いて、来て、FK興産を、どうするか?

 気になって仕方がないのだ…

 よもや、このユリコは、FK興産の経営には、なんの興味もないに違いない…

 が、

 FK興産の行方は気になる…

 自分が、株を持つ会社だからだ…

 だから、気になる…

 そして、そんなことに、今さらながら、気付いた私は、ようやく合点がいった…

 このユリコが、なぜ、ナオキの釈放に興味を持つのか、今さら、ながら、わかったからだ…

 すると、心も落ち着いてきた…

 ユリコの目的が、わかってきたからだ…

 だから、落ち着いてきた…

 まるで、相撲の横綱が、格下の小結相手に、相撲を取るような気持ちになった…

 気持ちに、余裕が出てきたのだ…

 いや、

 それより、なにより、自分が、優位に立った気分になった…

 自分が、ユリコの風上に立った気分になった…

 だから、わざと、

 「…そういえば、ユリコさん…」

 と、私は、言った…

 「…なに? 寿さん?…」

 「…たしか、ユリコさん、まだFK興産の株を持ってましたよね?…」

 わざと、聞いた…

 すると、すぐに、言葉が、返って来なかった…

 「…」

 と、沈黙した…

 だから、私は、念を押すべく、

 「…ですよね?…」

 と、言った…

 が、

 相手は、なにも、言わなかった…

 私は、待った。

 スマホを握り締めて、待った…

 ほどなく、

 「…ええ…」

 と、言葉が、スマホの向こう側から、聞こえてきた…

 「…でも、大したものじゃないわ…」

 「…大したものじゃない?…」

 「…FK興産は、私とナオキが、二人で、創業した会社…当初は、私とナオキの共同経営という形だった…だから、株は、半々…でも、会社が、大きくなり、上場もしたから、私も、ナオキも、持ち株は、全体のわずかなものと、なった…」

 「…わずかなものって?…」

 「…私の持つ、FK興産の株は、20%に満たない…ナオキも同じ…上場したのだから、当たり前よね…」

 「…」

 「…だから、もし、五井が、FK興産の株を買い占めて、FK興産を、五井傘下の企業にしたいのならば、TОBを仕掛けるしかない…」

 「…TОB…」

 「…株式公開買い付けよ…」

 「…」

 「…要するに、FK興産の株をいくらで買うから、譲ってくれと、公に宣言する…私やナオキの持つ株では、FK興産の株のすべてを買い占めることは、できない…」

 「…」

 「…だから、公に宣言して、FK興産の株を持つ投資家から、株を買い取る…そうすれば、FK興産を、完全に五井の傘下に組み込める…」

 ユリコが、言った…

 五井の狙いを言った…

 いや、

 五井の狙いだけではない…

 おそらく、ユリコの狙いも、だ…

 ユリコは、当たり前だが、自分の持つ、FK興産の株を少しでも高く、五井に買い取ってもらいたいに違いない…

 それゆえ、情報を集めている…

 だから、ナオキのことが、気になる…

 ナオキと、五井の関係が気になる…

 そういうことだ…

 つまりは、ユリコが、ナオキのことを、気にするのは、打算…

 打算=愛情では、ないということだ…

 その事実に、今さらながら、気付いた…

 私は、もしかたら、ユリコは、今なお、ナオキを愛しているのだと、思った…

 当初は、よもや、そんなことは、考えなかったが、あまりに、ユリコが、ナオキのことを、気にするので、そう、思ったのだ…

 いや、

 そう思わざるを得なかったのだ…

 すっかり、株のことは、忘れていた(笑)…

 なにより、今さら、ユリコがFK興産に関わるとは、夢にも、思わなかった…

 すでにユリコは、投資ファンドの代表をしている…

 だから、今さらと、思った…

 ユリコにとって、FK興産は、ナオキと結婚していた時代そのもの…

 すでに、ナオキと離婚した今は、もはや、FK興産は過去…

 今のユリコとは、なんの関係もないことだと、思っていたからだ…

 だから、一体なぜ?

 そういう思いが、消えなかった…

 なぜ、ユリコが、そんなにも、ナオキにこだわるのか、わからなかったからだ…

 が、

 株のことで、ナオキにこだわるのか?

 それが、今、わかった…

 が、

 それが、わかったことで、ユリコに落胆した…

 今さらながら、ユリコに落胆した…

 ユリコが、もしかしたら、ナオキのことが、心配で、ナオキに関して、動いているのでは?

 と、考えていたからだ…

 が、

 違った…

 ユリコが、動いた原動力は、株だった…

 株=金だった…

 ユリコのことだ…

 考えてみれば、当たり前のことだったが、やはり、ユリコに失望した…

 もしやとは、思ったが、ユリコが、ナオキを、気にした理由は、愛だからだと、思った…

 かつて、ナオキと夫婦だったからだと、思った…

 それが、金とは?

 考えてみれば、いかにも、ユリコらしいが、それにしても、ユリコに落胆した…

 そして、今さらながら、このユリコを嫌悪した…

 自分の元の夫が、逮捕されたにも、関わらず、その夫を心配せず、自分の金のために、元の夫の動静を探る…

 そんな女に嫌悪した…

 まさに、エゴ丸出し…

 いかにも、ユリコらしい…

 そのユリコらしさに、嫌悪した…

               
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み