第47話

文字数 4,622文字

 結局、あのキャスターの話が、本当になった…

 数日後、藤原ナオキが、突如、釈放されたのだ…

 ナオキは、弁護士が、保釈金と追徴課税を払って、留置所から、出た…

 私は、まさか? と、思った…

 まさか、こんなことが? と、思った…

 思わざるを得なかった…

 数日前までは、考えても、みたことのない展開だった…

 数日前までは、予想もつかない出来事だったからだ…

 と、気付いたのは、数日後…

 数日後=藤原ナオキが、釈放された当日だ…

 さすがに、当日までは、気付かなかった…

 たしかに、あのときは、あのキャスターの言葉を聞いて、

 …たしかに、あり得るかも?…

 と、思った…

 あのキャスターの話は、私が、聞いても、納得できたからだ…

 が、

 それと、現実に、ナオキが、釈放されたのは、わけが違った…

 あのとき、聞いたのは、あくまで、仮定の話だからだ…

 だから、違った…

 当たり前のことだ…

 が、

 これも、当たり前のことかも、しれないが、私は、ナオキの釈放を知ったのは、テレビやネットで、だった…

 だから、これは、一般人と同じ…

 藤原ナオキの釈放を、テレビやネットで、知った一般人と同じだった…

 なぜ、当たり前なのか?

 それは、私が、ナオキの妻でも、恋人でもなんでもないからだ…

 私が、ナオキの妻ならば、真っ先に、ナオキが、釈放される連絡が、事前に、警察から、やって来ただろう…

 あるいは、私が、誰もが知る、ナオキの恋人や愛人でも、同じ…

 同じだ…

 FK興産で、私が、ナオキと、いわゆる、男女の深い関係にあったことを、明白に知っているのは、古参の社員だけ…

 しかも、口の堅い古参の社員だけだった…

 私とナオキの関係を安易に、社内で、口にする社員は、ずっと前に、ナオキが、解雇していたからだ…

 だから、FK興産の社内で、私とナオキが、深い関係だったと知る、社員は、今では、数えるほど…

 両手の指の数にも、満たない数の人間だろう…

 いわゆる、口の軽い人間ほど、厄介なものは、いない…

 なんでも、見たこと、聞いたこと、すべてを、誰彼なく、しゃべってしまう…

 社内、社外問わず、しゃべってしまう…

 それでは、社内の機密事項など、大切な情報に触れさすことは、できない…

 だから、ナオキは、会社が、大きくなるにつれ、口の軽い社員を切って来た…

 当たり前のことだ…

 また、これは、ベンチャー企業にありがちなことだが、創業当時の社員より、会社が、大きくなるにつれ、社員の質が、向上したことも、大きい…

 最初は、いわゆる、野の者とも山の者とも、わからない、ちっぽけな会社だった…

 だから、どうしても、そこにいる、社員の質は、低い…

 しかし、会社が、大きくなるにつれ、社員の質が、大きく向上した…

 例えば、高卒でも採用したのが、大卒以上でないと、採用しないと、なったり…

 会社が、ちっぽけだったときは、募集をかけても、決して、集まらなかった優秀な人材が、集まり出した…

 つまりは、社員の質が、飛躍的に向上したのだ…

 これは、ちっぽけな会社が、大きくなるにつれ、よくあること…

 ありがちなことだ…

 だから、幸か不幸か、自然と社員も、新陳代謝が、起きる…

 新陳代謝=つまり、社員が、大幅に入れ替わる…

 創業当時の数年に集まった社員は、いつのまにか、ごく少数になった…

 はっきり言えば、会社に居づらくなったのだ…

 どんなバカな人間でも、少し、歳を取れば、自分と他人の差がわかってくる…

 例えば、高卒の偏差値50にも、満たない人間たちが、会社の主流のときは、いいが、そのうち、会社が、大きくなるにつれ、偏差値65とか、70の人間たちが、主流になる…

 そうすれば、誰でも、自分たちとの違いが、わかってくる…

 そして、人事部から、退職の勧奨ではないが、人事異動などで、本人に、不本意な職場に移動されたりして、なんとなく、居づらくなってくる…

 それゆえ、自発的に自分から、辞めざるを得なくなる…

 結果的に、社員が、入れ替わる…

 そういうことだ…

 これは、ソフトバンクや、楽天も同じ…

 いや、

 この二つの企業に限らず、ユニクロやニトリにしても、同じ…

 同じだ…

 小さな会社が、大きくなるにつれ、会社の知名度が上がり、その結果、社員の募集をかければ、それまで採用していた人間よりも、はるかに、優秀な人間が、やって来る…

 その結果、社員の質が上がり、古参の社員たちは、社内に、自分たちの身に置きどころがなくなってくる…

 そういうことだ…

 FK興産にしても、それは、同じ…

 例外ではなかった…

 これは、景気の良いときと、悪いときに入った社員もまた、同じ…

 景気が良い時に入った社員の質は、どうしても低い…

 景気がいいから、採用のハードルが下がるからだ…

 だから、本来、採用しないレベルの人間でも、採用する…

 これまで、大卒以上でなければ、採用しない会社が、高卒でも、OK、採用するというケースなど、その最たる例だろう…

 が、

 景気が悪くなれば、景気が良い時に、入った社員の多くが、首を切られる…

 景気が良かったときに、入社した社員のレベルが、低いからだ…

 景気がいいときは、それでも、採用したが、景気が、悪くなければ、必要ないと、考える…

 なにより、景気が悪くなれば、仕事が減って来る…

 仕事が、減れば、当たり前だが、社員が余る…

 社員の数ほど、仕事が、ない…

 結果的に、必要がない社員が、大量に発生し、解雇せざるを得なくなるということだ…

 そして、その必要がない社員というのが、景気がいいときに、入社した社員…

 バブル期に会社に入社した社員など、その典型だろう…

 また経営者としての藤原ナオキは、ボンクラでは、なかった…

 だから、能力のない人間は、容赦なく、切り捨てた…

 ナオキは、私に対しては、非情ではなかったが、ビジネスに関しては、非情だった…

 社員の首を切るのに、躊躇わなかった…

 だから、結果的に、私とナオキが、男女の関係だったと、FK興産内で、知る社員は、少ない…

 が、

 おそらく、噂では、知っている者も、多かったに違いない…

 が、

 証拠がない(笑)…

 聞いては、いるが、単なる噂レベル…

 そういうことかも、しれない…

 長々、私とナオキの社内での関係について、語ったが、要するに、私が、言いたいのは、だから、私に、ナオキが、釈放されても、なんの連絡も、来なかったと、言いたかった…

 仮に、私とナオキが、そんなに親しい関係だと知っていれば、ナオキの釈放を事前に会社内で、知れば、私に連絡が、来たに違いないからだ…

 だから、連絡が来なかった…

 そうとも、言える…

 なにより、私は、すでに、FK興産を退職した身…

 連絡が来るはずが、なかった…

 ナオキが、言うには、非常勤の取締役に、私を抜擢したというが、それは、あくまで、書類上…

 実際に、社内で、私が、非常勤の取締役になったのを、知っている者は、ごく少数の人間…

 口が堅い、取締役等のお偉いさんだけだ…
 
 一般の社員は、誰一人、知らないだろう…

 しかし、そんなことは、どうでもいい(笑)…

 私が、関心があったのは、誰が、ナオキの釈放の手続きをしたか、だ…

 私は、なにも、しなかった…

 いや、

 できなかったというのが、正しい…

 弁護士を手配して、留置所にいるナオキと、面会させて、今後の方針を決める…

 それは、癌持ちの私のカラダでは、無理…

 なにより、人脈がない…

 ネットを見れば、弁護士にアクセスは、誰でも、できるが、誰が、優秀な弁護士かは、わからない…

 だから、無理…

 できない…

 しかしながら、テレビのキャスターを務めた有名人の藤原ナオキは、拘置所から、釈放されて、

 「…今回は、ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした…」

 と、深々と、ナオキの釈放を報道する人間たちの前で、頭を下げた…

 藤原ナオキの釈放を報じるために、集まった大勢のマスコミの前で、頭を下げた…

 それから、ナオキは、用意したクルマで、どこかに、消えた…

 私は、その一部始終をテレビで、見た…

 ネットでも、見た…

 何度も何度も、繰り返し、見た…

 それゆえ、一つの謎が浮かんだ…

 一体、誰が、ナオキのために、弁護士を用意したか?

 一体、誰が、ナオキのために、釈放されたナオキを送る車を用意したか?

 その謎だ…

 私が、元気ならば、なんとか、ツテを探して、弁護士や、クルマを手配したかも、しれない…

 が、

 今の私の身では、無理…

 できない…

 なにより、私は、基本、家から、一歩も出ない生活だ…

 カラダの具合が、悪いからだ…

 だから、できない…

 しかしながら、今、ナオキは、拘置所から、釈放され、集まったマスコミの前で、頭を下げ、用意したクルマに乗って、マスコミの前から、走り去った…

 一体、誰が、それらをお膳立てした?

 それが、疑問だった…

 大きな、疑問だった…

 私が、秘書として、ナオキの身近にいれば、おそらく、それらは、私が手配した…

 私、寿綾乃が手配した…

 が、

 今は、誰が、手配したのか?

 まさか、ユリコ?

 とっさに、ユリコの名前が、脳裏に浮かんだ…

 ユリコならば、そんなことは、朝飯前だろう…

 簡単にできる…

 いや、

 ここで、ユリコの名前を出すのは、おかしい…

 なぜって、ユリコは、社外の人間…

 FK興産の人間ではないからだ…

 だから、最初に考えるのは、やはり、社内の人間…

 FK興産の人間だ…

 が、

 仮に社内の人間ならば、誰が、そんな手配をしたのか?

 そんなことのできる人物の名前が、まったく思い浮かばない…

 なぜなら、そんなことは、これまでは、すべて、社長秘書である、この私が、していたからだ…

 この私、寿綾乃がしていたからだ…

 だから、私に代わって、社内で、そんな手配をする人物が、誰か、思い浮かばない…

 それとも、社外の人間?

 そうとも、考えられる…

 そして、もし、そうならば、考えられるのは、五井?

 五井=諏訪野伸明?

 そんなはずはないと、思いつつも、伸明以外、思い浮かばなかった…

 そして、なにより、伸明ならば、弁護士も簡単に手配できるだろう…

 五井の力で、簡単に手配できるだろう…

 諏訪野伸明は、五井家当主…

 私やナオキでは、到底知りえない人脈を持っていることは、容易に想像できる…

 拘置所にいる、ナオキに弁護士を派遣して、ナオキの相談相手になり、今後のことを、相談させる…

 そんなことは、朝飯前に違いない…

 だとすれば、やはり、伸明…

 諏訪野伸明が、手配したのだろうか?

 弁護士もクルマも、その他諸々の手配をしたのだろうか?

 私は、考えた…

 それとも、罪滅ぼし?

 金を貸した一方は、追徴課税で、終わり、金を借りた方は、脱税で、逮捕された…

 その罪滅ぼし?

 そうとも、言える…

 そうとも、考えられる…

 が、

 その証拠はない…

 確たる証拠は、ない…

 なにより、情報が、ない…

 情報が、まるで、ない…

 だから、これは、妄想…

 単なる私の妄想に過ぎない…

 私、寿綾乃の妄想に過ぎない…

 が、

 その妄想を止めることが、できない…

 誰が、ナオキの弁護士その他諸々のことを、手配したのか?

 それを、考えるのを、止めることは、できない…

 私の頭の中は、さながら、メリーゴーランド…

 グルグルと、回り続けた…

 答えの出ないことを、考え続けた…

               

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