第98話

文字数 4,082文字

 「…私を手に入れるためって? ウソ?…」

 思わず、そんな言葉が口をついて出た…

 あまりにも、意外な展開だったからだ…

 だから、思わず、口走ってしまった(苦笑)…

 すると、今度は、ナオキが、

 「…綾乃さんを手に入れるためって?…」

 と、口走った…

 これも、当たり前だった…

 「…つまりは、綾乃さんの帰る場所をなくすこと…」

 と、菊池リンさん…

 「…どういう意味?…」

 と、私。

 「…ホントは、FK興産の株を全額買い取って、完全に子会社にして、五井グループに組み込むつもりだった…でも、伸明さんが…」

 「…伸明さんがって?…」

 と、今度は、ナオキ。

 「…伸明さんが、反対したの…そこまで、するのは、藤原さんに、申し訳ないって…」

 「…」

 「…もちろん、おばあさまの言うことは、間違ってない…ホントよ…でも、綾乃さんのことも、ホント…ウソは言ってない…つまり、FK興産の株を買い取ったのは、複数の目的があったってこと…」

 菊池リンが、激白する…

 私は、驚いた…

 なにしろ、当事者だ…

 まさか、ここで、私の名前が出て来るとは、思わなかった…

 夢にも、思わなかった(苦笑)…

 だから、それが、ホントか、どうか、知るために、慌てて、二人を見た…

 伸明と和子を見た…

 すると、どうだ?

 二人とも、気まずい顔をしていた…

 実に、バツの悪い顔をしていた…

 その顔を見て、今、菊池リンが言ったことが、ホントだと思った…

 ウソではない、ホントだと、思った…

 …でも、複数の目的って?…

 まだ、なにか、目的があったのだろうか?

 私は、思った…

 私は、考えた…

 そして、辿り着いたのは?

 それは、今なぜ、伸明が、ここにいるか?

 だった…

 なぜ、五井記念病院に身を隠しているか?

 だった…

 なにか、都合が悪いことが、あるから、身を隠している…

 それは、わかる…

 そして、それは、マスコミから、身を隠すためだとばかり、思っていたが、実は、違うかも、しれない…

 ほかに、目的があるかも、しれない…

 初めて、気付いた…

 なにより、ナオキは、逮捕された…

 所得税法違反で、逮捕された…

 脱税で、逮捕された…

 が、

 その直前に、ナオキは、私をFK興産の取締役に、任命した…

 非常勤の取締役に任命した…

 私に金を与えるためだ…

 私は、無職…

 FK興産をすでに、退職している…

 だから、無職の私にお金を与えるために、私を非常勤の取締役に、任命した…

 私は、そう、思った…

 が、

 違うかも、しれない…

 そうでないかも、しれない…

 それが、わかるのは、タイミング…

 FK興産の株を五井に売却するギリギリ…直前のタイミングだった…

 つまりは、五井にFK興産の株の半分を売却すれば、もしかしたら、私を非常勤の取締役に任命できない…

 が、株を半分、手放す今なら、任命できる…

 社長である、ナオキの一存で、任命できる…

 なぜなら、ナオキは、FK興産の株の筆頭株主…

 FK興産の株を、一番、持っているからだ…

 だから、力がある…

 が、

 その株を半分、五井に売却すれば、その力は、半減する…

 その結果、私を非常勤の取締役に、任命できるのか?

 だいぶ、怪しい(苦笑)…

 つまり、そう考えれば、ナオキは、もしかしたら、五井を信頼していないのかも、しれない…

 五井を信用していないのかも、しれない…

 伸明を信用していないのかも、しれない…

 和子を信用していないのかも、しれない…

 その可能性に気付いた…

 その事実に、気付いた…

 それは、なにより、ナオキが、伸明を信頼、あるいは、信用していれば、五井に株を売却した後でも、私を非常勤の取締役に任命することが、できるからだ…

 だから、信用あるいは、信頼していないのかも、しれない…

 そして、そして、だ…

 もしかしたら、ナオキが、私を非常勤の取締役に任命したのは、味方作り…

 あるいは、仲間作りなのかも、しれない…

 ふと、気付いた…

 なぜなら、五井に、ナオキの持ち株の半分を売却すれば、当然、ナオキの力は、半減する…

 間違いなく、五井から、取締役が、派遣されるだろう…

 それは、ハッキリ言えば、FK興産が、五井に乗っ取られることを、意味する…

 いくら、株を半分売却したから、五井とナオキは、対等の関係だ…

 などど、絵空事を言うつもりは、さらさらない(苦笑)…

 五井とFK興産では、規模が、違い過ぎる…

 株を半分売却したということは、普通に考えれば、いずれ、FK興産は、五井に乗っ取られる…

 それを、ナオキは、阻止するために、私を非常勤の取締役に任命にしたのではないか?

 あらためて、その事実に、気付いた…

 つまりは、ナオキは、この伸明も、和子も、心の底から、信用しているわけでは、まったくない…

 そういうことだ…

 そして、そんなことを、考えていると、ふと、ユリコの言葉を思い出した…

 以前、ユリコが、洩らした、私を癌の治療のために、オーストラリアに行かせた経緯…

 それは、私の身を心配しているのでも、なんでもなく、私をナオキから、遠ざけたかった…

 それが、真実だと、ユリコは、言った…

 私は、ナオキの相談相手…

 ナオキの唯一といっていい、相談相手…

 ナオキの公私すべてを、知っている…

 そして、ナオキもまた、私に全幅の信頼を寄せている…

 だから、私をオーストラリアに行かせた…
 
 私をナオキから、切り離すためだ…

 そして、経営の傾いたFK興産の扱いに悩んだナオキは、五井から、資本提携を受ける道を選んだ…

 五井から、金も人も派遣してもらって、経営を立て直すためだ…

 が、

 冷静に考えれば、それもおかしい…

 なぜなら、FK興産は、伊勢原周辺の土地を大量に保有していた…

 つまりは、数年経って、小田急が、伊勢原に車両基地を作れば、その周辺の土地が、大幅に上昇する…

 要するに、それまで、待てば、FK興産は、大幅な、含み益を得ることが、できる…

 伊勢原周辺の土地を取得した土地が、大幅に跳ね上がるのだ…

 それまで、待てばいい…

 それだけのことだ…

 それを、しないで、ナオキから、FK興産の株を半分、買い取ったのは、五井に下心があるから…

 今は、共同経営で、いずれは、完全に子会社化して、五井グループに、組み込むつもりだからに違いない…

 その目的にナオキが、気付いた?…

 そして、もう一つ…

 伸明が、功を欲しがっている事実だ…

 伸明は、五井家の当主に就任したが、目立った功績を上げてない…

 だから、功績が欲しい…

 それゆえ、FK興産を、手に入れたい…

 FK興産は、たいした会社ではないが、なにも功績がないより、マシ…

 マシだ…

 それに、なにより、伊勢原周辺の土地がある…

 数年後には、莫大な金額にその土地が大化けするかも、しれない…

 そうすれば、伸明は、メンツが立つ…

 五井家当主としてのメンツが立つということだ…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 そして、そこまで、考えたとき、この伸明と和子を、どこまで、信じていいか?

 あるいは、

 どこまで、信頼できるのか?

 あらためて、考えた…

 考えざるを得なかった…

 私は、ナオキと、おおげさに言えば、一心同体…

 伸明とナオキを比べれば、間違いなく、ナオキを選ぶ…

 このナオキは、私が、高校時代からの腐れ縁(苦笑)…

 そして、ナオキは、私の事実上のパートナーだった…

 私の事実上の夫だった…

 だから、私は、ナオキを知っている…

 藤原ナオキという人間を知っている…

 しかも、それは、ただ、知っているというだけではない…

 仕事=パブリックも、私生活=プライベートも、すべて、知っているということだ…

 なぜなら、会社=FK興産では、社長と社長秘書…

 私生活では、男女の関係だった…

 だから、大げさでなく、藤原ナオキのすべてを知っていると思って、間違いは、ない…

 一方、伸明は、どうだ?

 出会って、まだ一年も経たない…

 知り合って、まだ一年も経たない間柄だ…

 おまけに、カラダの関係もない(笑)…

 ただ、一度、キスをしただけ…

 それだけの関係だ…

 つまりは、伸明のことを、私は、よく知らないということだ…

 そして、和子…

 五井の女帝…

 私の母と、同年代の女性…

 正直、五井の女帝と呼ばれる猛女…

 生半可な相手ではない…

 筋金入りの猛者だろう…

 だから、安易に、信用できない…

 安易に、信頼できない…

 悪い人間ではないと、思う…

 接していれば、それは、わかる…

 が、

 それと、信頼するのとは、違う…

 信用するのとは、違う…

 それは、例えは、悪いが、詐欺師を思い浮かべれば、いい…

 誰もが、一目見て、信用できない…

 一目見て、信頼できない人間に騙される人間は、稀…

 あまり、いない…

 誰もが、この人間の言うことだから、信用できる…

 あるいは、信頼できると、思って、お金を貸したり、投資をしたりする…

 だから、騙される…

 そういうことだ…

 誰から見ても、信用できない、うさん臭い人間に騙される人間はいない…

 信用、信頼できると、思ったから、騙されるのだ…

 だから、それを、思えば、この伸明も、和子も、信用できない…

 もちろん、悪い人間ではない…

 が、

 よい人間でもないだろう…

 底抜けに、ひとのいい人間ならば、簡単にひとに騙され、現在の地位を維持は、できないだろう…

 渡る世間は、鬼ばかりではないが、金を持っている人間を食い物にしようと企む人間は、世の中に多い…

 あるいは、そこまでいかなくても、なにか、自分に有利になるかと、思って、近づいて来る人間は、星の数ほど、いるだろう…

 そんな環境に置かれた人間が、ただの金持ちのお坊ちゃま、お嬢様のわけがない…

 十分にひとを、多く見てきたに違いない…

 この寿綾乃より、もっと多くの様々な人間を見てきたに違いない…

 だから、ただのお坊ちゃま、お嬢様ではない…

 十分、人生経験の豊かなお坊ちゃま、お嬢様に違いない…

 だから、油断できない…

 だから、信用できない…

 私は、思った…

 私は、考えた…

               

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