第50話

文字数 4,078文字

 ナオキからは、連絡がなかった…

 いつまで、経っても、連絡がなかった…

 これは、意外だった…

 あまりにも、意外だった…

 こう言っては、なんだが、ナオキが、釈放されて、真っ先に、連絡が来る相手は、私…

 私、寿綾乃に他ならないと、思っていた…

 これは、うぬぼれでも、なんでもない…

 私にとって、一番大切な身内は、藤原ナオキだと、思っているように、藤原ナオキにとっても、一番大切な身内は、私だと、思っているからだ…

 私、寿綾乃だと、思っているからだ…

 だから、いつまで、待っても、ナオキから、連絡がないのには、落胆した…

 同時に、焦った…

 焦燥感に駆られた…

 いくら待っていても、ナオキから、連絡がこないからだ…

 私にとって、ナオキが、一番のように、ナオキにとっても、私が一番のはずだ…

 それなのに、連絡が来ない…

 これは、どう、考えても、おかしい…

 いや、

 おかし過ぎる…

 私は、考えた…

 だから、自分から、行動を起こすことにした…

 自分から、連絡を取ることにした…

 私は、待っている女ではない…

 行動する女だ…

 ただ、待っているのは、性に合わない…

 性格的にできない…

 そういうことだ…

 だから、連絡することにした…

 ナオキのケータイの電話番号は、当然のことながら、わかっている…

 スマホに登録してある…

 が、

 スマホで、連絡しても、

 「…この電話は、電源が切られているか、電波の届かない場所にあります…」

 と、いう自動メッセージが、流れるだけだった…

 ナオキが、釈放されて、数日後、初めて、電話をかけたときが、コレだった…

 そして、それは、その後も、変わらなかった…

 日を置いて…

 あるいは、同じ日に、何度、電話をかけても、結果は、同じだった…

 ただ、
 
 「…この電話は、電源が切られているか、電波の届かない場所にあります…」

 という自動メッセージが、繰り返し流れるだけだった…

 私は、イライラした…

 こんな気持ちは、初めてだった…

 実は、私は、恋愛経験が、乏しい…

 っていうか、簡単に、ひとを好きになれない…

 だから、子供の頃から、

 「…キレイだ…」

 「…可愛いだ…」

 と、周囲に騒がれても、それに浮かれることは、なかった…

 そして、その理由も、またわかっていた…

 母のおかげだ…

 母のせいだ…

母の影響だ…

 母は、娘の私から見ても、美人…

 美しかった…

 だから、そんな母を、身近に見ていれば、とても、自分が、美人だなんて、お世辞にも、思えなかった…

 ハッキリ言えば、明らかに自分を超える美人が、目の前にいたわけだ…

 だから、できない…

 調子に乗ることが、できない…

 そういうことだ…

 そして、母は、いつも、私の置かれた状況が、わかっていた…

 私の置かれた状況を理解していた…

 当たり前だが、私と母は、顔が似ている…

 しかも、母の方が、美人…

 だから、美人が、周囲から、どう見られるか?

 あるいは、周囲から、どう扱われるか?

 痛いほど、わかっていた…

 なにしろ、自分が、美人だから、娘の私と、同じ経験をしているからだ…

 だから、身に染みて、わかっていた…

 それゆえ、田舎にいた、中学生時代には、恋もしなかった…

 母の影響がありすぎたせいだ…

 そして、もう一つ…

 身近に好きになる男がいなかったせいも、ある…

 いや、

 たぶん、それが、一番大きい…

 人生は、出会い…

 そして、それは、偶然が大きい…

 どんな大きな会社に勤めていて、周囲に自分と合う年齢の男が、数百人いても、好きになれる男がいない場合もあるし、真逆に、周囲に十人や、二十人しか男がいなくても、好きになる男がいる場合もある…

 つまりは、確率ではないということだ…

 人数が多ければ、必ず、誰か、好きになる男がいるはずと、誰もが、思いがちだが、決して、そうではない…

 確率が低い=人数が、少なくても、好きになる男がいる場合もある…

 私の場合は、それが、ナオキだった…

 藤原ナオキだった…

 ナオキとは、最初に会ったときから、違った…

 言葉にするのは、難しいが、すんなりと、ナオキを受け入れることができた…

 そんな経験は、皆無…

 それまで、一度もなかった…

 まるで、昔から知っている男のようだった…

 だから、そんなナオキと、私が男女の関係になるのに、さして、時間がかからなかった…

 これもまた、母の影響が、大きい…

 なぜなら、母が死んで、私は、ひとりぼっちで、都会に出てきたからだ…

 だから、母が、いなくなったことで、まるで、くさびが外れたように、自由になった…

 母というくさびが外れたことで、自由に恋愛ができるようになったと言えるかも、しれない…

 が、

 母が、死んでも、母の影響から逃れることは、できなかった…

 それが、私が、恋愛経験の少ない理由だ…

 私以上の美人の母は、美人が、世間で、どういう環境にあるのか、よくわかっていた…

 だから、娘の私に、それを、ことあるごとに、告げた…

 そんな環境のせいか、容易に、私は、ひとを好きになることが、できなかった…

 だから、私が、ナオキと出会って、すぐに男女の関係になったことは、奇跡…

 奇跡に近かった…

 だが、やはり、今、考えれば、今も言ったように、母が亡くなり、ひとりぼっちになったことが大きいかも、しれない…

 やはり、ひとりで生きるのは、孤独…

 どうしても、誰かと仲良くなったり、頼ったりする…

 それは、ちょうど、学生でも、社会人でも、一人暮らしを始めた、人間は、そう…

 男も女も、そう…

 同じだ…

 一人だから、つまらない…

 会社でも、学校でも、そこにいるときは、いいが、家に帰っても、一人では、孤独…

 一人では、つまらない…

 だから、男女とも、彼や彼女を作る…

 一人では、つまらないからだ…

 例えば、実家にいれば、家族が、いるから、彼や彼女を作らないような者でも、作る…

 そういうことだ…

 だから、私も、それと、同じ…

 同じだった…

 私も、また、孤独だったわけだ…

 そして、ナオキと、暮らした、もう一つの理由…

 それは、母の遺言だった…

 私の従妹、本物の寿綾乃は、大金持ちの血を引く娘だった…

 だから、私に、寿綾乃になりすませと、母は、言った…

 従妹の綾乃になりすませば、お金が入るからだ…

 金持ちの娘だと、知れば、金が、入るからだ…

 だが、同時に、母が、言ったのは、強い男を見つけなさい、という遺言だった…

 強い男というのは、ケンカでは、ない…

 ケンカ=腕力ではない…

 強い男=知力、あるいは、財力だ…

 本物の寿綾乃が、金持ちの一族と知れば、必ず、妨害する者が、出てくる…

 それまで、その存在を知らなかった者が、いきなり、現れて、

 「…私は、○○さんの娘です…財産の一部を下さい…」

 と、言えば、誰もが、仰天するからだ…

 また、もし、そんなことがあれば、全力で、それを、排除しようとするだろう…

 母は、それを予見したのだ…

 だから、私を守る強い男を見つけて、味方にしなさいと、遺言した…

 なにがあっても、自分の味方になる男を見つけなさいと、厳命した…

 そして、そんな男は、上京して、あっけなく見つかった…

 それが、ナオキだった…

 藤原ナオキだった…

 出会った当初のナオキは、まだ海の者とも山の者とも、わからない人間だったが、私は、この男に賭けることにした…

 なにより、私は、ナオキと気が合った…

 これが、大事…

 一番、大事だった…

 どんなに、イケメンでも、どんなに、有能でも、自分と合わない人間は、ダメ…

 これは、誰でも、いっしょだろう…

 これは、誰でも、同じだろう…

 男も女も、同じだろう…

 いや、

 老若男女問わず、同じだろう…

 どんなイケメンや、美人でも、有能でも、同じ…

 嫌なものは、嫌だからだ…

 だから、それを、思えば、私にとって、ナオキは、僥倖…

 僥倖=偶然、知り合った奇跡のような存在だった…

 長身のイケメンで、有能…

 まさに、絵に描いたように、優れた人物だったが、いかんせん、女癖が悪かった(苦笑)…

 あっちの女、こっちの女と、女の間を渡り歩いて、挙句に女に振り回された…

 要するに、ナオキは、長身のイケメンで、女にモテるが、長続きしない…
 
 おそらく、性格になんらかの問題があったのだろう(爆笑)…

 だが、私とは、うまくいった…

 私とは、ウマが合った…

 これは、偶然?

 偶然に過ぎない?

 あるいは、必然?

 私とナオキは、いつか、どこかで、出会うことが、決まっていて、出会ったに過ぎない(苦笑)…

 神様が、あらかじめ、そう決めていたに過ぎない?

 私は、運命論者じゃないから、最初から、ひとの運命が決まっているか、どうかは、わからないが、やはり、私は、ナオキと出会うべく、出会ったのかも、しれない…

 私は、ナオキと出会ったおかげで、ナオキが、成功することで、私も、お金持ちになり、今では、億ションに一人で、住める身分になった…

 藤原ナオキなくしては、そんなことは、ありえなかった…

 藤原ナオキが、成功したことで、内縁の妻である、私も、良い生活ができた…

 それが、事実だった…

 それが、真実だった…

 だから、そんなナオキに出会ったことが、私の幸運…

 私の奇跡だった…

 だから、そんな経験をした私は、人生において、大切なのは、出会い…

 出会いに尽きると、思う…

 誰もが、生きている上で、どんな人間と、出会うか、わからない…

 だからこそ、出会いが大切…

 学校や会社に行っても、そのクラスや職場で、自分と合う人間がいるか、いないか、わからない…

 行ってみなければ、わからない…

 だからこそ、出会いが、重要…

 偶然、自分と合う人間と出会えたことが、なにより、重要だ…

 私にとって、ナオキは、そんな存在だった…

 出会いは、偶然だったが、結果は、最高だった…

 が、

 そんなナオキからは、まだ連絡がない…

 拘置所から釈放されたにも、かかわらず、まだ連絡が来ない…

 だから、私は、不安だった…

 どうしようもないほど、不安だった…

               

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