第7話

文字数 3,855文字

…まさか、ここで、ナオキの名前が出るとは、夢にも思わなかった…

 まさに、まさか、だ…

 藤原ナオキは、イケメン…

 眼前の長谷川センセイより、歳は、数歳上だが、同じように、長身のイケメン…

 どちらも、甲乙つけがたいイケメンだ…

 が、

 そんな見た目は、ともかく、この長谷川センセイの口から、ナオキの名前が出てくるとは、思わなかったのだ…

 私が、驚きで、言葉を失っていると、

 「…たしか、以前、ボクも、お会いしているかも、しれない…」

 と、長谷川センセイが、呟いた…

 私は、驚いた…

 …以前、長谷川センセイが、ナオキに会った?…

 …そんなバカな?…

 私が、思っていると、

 「…寿さんが、以前、この五井記念病院に入院しているときに、お見舞いに来て、そのときに、会っているような…」

 長谷川センセイが、続ける…

 これは、当たり前のことだった…

 実に、当たり前のことだった…

 私が、入院していたときに、ナオキが、見舞いにやって来た…

 これは、わかりきったことだった…

 が、

 いきなり、長谷川センセイの口から、ユリコの名前が出て、そのユリコの口から、今度は、ナオキの名前が出た…

 だから、私は、気が動転して、あまりにも、簡単なことに、気付かなかった…

 …相変わらず、とろい…

 自分自身を、振り返って、思う…

 これでは、とてもではないが、ユリコに太刀打ちできない…

 あのユリコに勝てない…

 我ながら、そう思った…

 そして、そう思っていると、

 「…いや、ボクも、藤原ナオキさんに、会っているのかも、しれないけれども、この五井記念病院は、他にも、有名な方が、多数、入院したり、治療に来たりするから、すっかり、忘れていて…」

 と、長谷川センセイが、続ける…

 「…有名な方…ですか?…」

 「…テレビで見る、政治家や芸能人や、その他、経済界の有名人たちも、大勢、いらっしゃっているんです…なにしろ、五井記念病院ですから…」

 長谷川センセイが、説明する…

 私は、なるほどと、思った…

 言われてみれば、当たり前のことだ…

 この日本で、五井の名前を知らないものは、いない…

 老若男女問わず、知らないものは、いない…
 
 その五井の名前を冠した病院だ…

 五井の系列の病院だ…

 有名人が、大勢やってくるのは、少し、考えれば、わかる…

 五井の名前を冠した病院だから、名医も、おおいに、違いないからだ…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…もっとも、ボクが、藤原さんのことを、忘れていたのは、ボクが、男だからかも、しれない…」

 と、長谷川センセイが、告白した…

 「…センセイが、男だから? どういう意味ですか?…」

 「…女性なら、藤原ナオキが、この病院にやって来たら、簡単には、忘れませんよ…なにしろ、長身のイケメンですし、テレビで、キャスターも、やられている…若い女性から、見れば、憧れの男性でしょ?…」

 長谷川センセイが、笑いながら、言った…

 私は、それを、聞いて、あらためて、藤原ナオキが、有名人だと、気付いた…

 ナオキは、テレビのキャスターも、週一で、している…

 本業は、IT企業の社長だが、ナオキは、ルックスが、いい…

 そのルックスの良さを買われて、テレビのキャスターを週一で、やっていた…

 その方が、ナオキの経営するFK興産の知名度も上がる…

 だから、それを、見越して、テレビのキャスターを、引き受けたのだ…

 それゆえ、藤原ナオキは、有名人…

 世間に知られた有名人だ…

 が、

 私に言わせれば、ずっと以前…

 ナオキが、有名になる、ずっと以前から、ナオキを知っている…

 さらには、ナオキと男女の関係もある…

 だから、もっとも、身近な存在だ…

 ゆえに、身近過ぎて、ナオキが、有名人だなんて、すっかり、忘れていた…

 誰もが、同じだろう…

 例えば、父親が、大企業で。取締役とか、お偉いさんだとする…

 自分の父親が、偉いのは、わかっているが、息子や娘は、それほど、偉いとは、思わないものだ…

 なにしろ、自分の父親だ…

 身近に、接している…

 いや、

 あまりにも、身近過ぎて、父親の偉さが、実感できない…

 それが、息子や娘が、父親と同じ会社に入社して、

 「…○○取締役は、ボク(アタシ)のお父さんで…」

 と、なにかのきっかけで、周囲に打ち明けて、驚かれる…

 そして、そんな周囲の反応を見て、あらためて、父親の凄さを実感する…

 そういうことだ…

 それが、私とナオキにも、当てはまる…

 要するに、あまりにも、身近過ぎて、ナオキが、有名人だということを、実感できていないのだ…

 私が、そんなことを、考えていると、長谷川センセイの背後にいた、看護師の女性二人が、興味ありげに、目を輝かせながら、私と長谷川センセイの話を、夢中で聞いていることに、気付いた…

 女だからだろう…

 どうしても、有名人好き…

 有名人=芸能人好きだ(笑)…

 この若い看護師二人から、見れば、およそ20歳も年上のナオキは、早ければ、父親といっていい世代…

 だが、昨今は、昔と違い、四十代前半でも、若々しく、二十代の女性と結婚しても、おかしくない男性が、多い…

 とりわけ、芸能人は、そう…

 だから、もしかしたら、この若い看護師の女性二人も、ナオキを、オジサンでなく、男として、見ているのかも、しれない…

 男=自分の夫や恋人にしても、おかしくない人間として、見ているのかも、しれない…

 私は、思った…

 が、

 やはりというか、私には、その感覚がわからない…

 彼女たちと世代が、違うからだ…

 目の前の女性看護師二人は、私より、十歳は若い…

 だから、どうしても、なにを考えているか、わからないことが、多い…

 どうしても、自分と世代が違うと、考えていることが、わからないことが、多い…

 誰もが、そういうものだ…

 ハッキリ言えば、オバサンの私には、若い娘の考えていることは、わからない…

 そういうことだ…

 認めたくはないが、そういうことだ(苦笑)…

 私は、思った…

 すると、だ…

 思いがけなく、長谷川センセイが、二人の女性看護師に、向かって、

 「…二人とも、藤原ナオキに会いたいですよね?…」

 と、聞いた…

 すると、間髪入れずに、二人とも、

 「…会いたいです…」

 と、笑いながら、即答した…

 そして、二人とも、顔を見合わせて、笑った…

 さらに、長谷川センセイは、

 「…二人とも、藤原ナオキと、結婚したい?…」

 と、直球で、聞いた…

 すると、二人は、顔を見合わせて、

 「…ハイ…結婚したいです…」

 と、これも、笑いながら、即答した…

 「…でも、長谷川ナオキは、ボクより、年上だよ…」

 「…そんなこと、全然関係ないです…」

 と、一人の女性看護師が、口を尖らせて、言った…

 「…だって、すごいお金持ちですもの…」

 と、もう一人が、追加した…

 「…だから、年齢なんて、全然OK…」

 と、最初の女性看護師…

 すると、長谷川センセイが、

 「…でも、もしかしたら、藤原ナオキは、二人の両親より、年上かも、しれないよ…」

 と、面白そうに、聞く…

 が、

 二人は、動じなかった…

 「…そんなこと…全然、関係ないです…」

 と、声を揃えて、言った…

 「…あれだけの長身のイケメンで、お金持ちですから…」

 と、言って、笑った…

 そして、そんな二人を見て、長谷川センセイも、また、楽しそうに、笑いながら、

 「…だ、そうです…」

 と、私に告げた…

 私は、そんな二人を見て、つくづく、この二人が、羨ましくなった…

 なぜなら、そんなことを、言う、二人が、全然、いやらしくないからだ…

 いやらしいというのは、お金目当てといっているのにも、かかわらず、それが、全然嫌に感じないからだ…

 それが、やはり、若さなのだろう…

 眼前の女性看護師二人の若さなのだろう…

 これが、まもなく、33歳になる、私では、そうは、いかない…

 いかにも、狙っていると、いうように、見えるだろう…

 ガツガツとしているように、見えるだろう…

 金持ちの男を、狙っていると、思うだろう…

 若さが、失われたからだ…

 だから、この二人と、同じように、言っても、周囲の受け取り方が、違う…

 残念ながら、それが、現実…

 この私、寿綾乃の置かれた現実だ…

 私は、思った…

 そして、そんなことを、思っていると、長谷川センセイが、

 「…そういえば、寿さん…」

 と、聞いてきた…

 「…なんでしょうか?…」

 「…失礼ですが、藤原ナオキさんと、寿さんは、どういう関係なんですか? いえ、答えたくないなら、答えなくて、いいです…プライバシーの問題ですから…」

 長谷川センセイが、慌てて言い訳する…

 たしかに、昨今は、プライバシーの問題が、うるさい…

 会社で、若い二十代の男女に、軽く、

 「…付き合っているひとは、いるの?…」

 と、聞くのも、コンプライアンス違反だと、言われる…

 だから、この長谷川センセイも、それを、念頭に置いたのだろう…

 が、

 私に隠す気は、まったくなかった…

 「…会社で、藤原ナオキの秘書をしていました…」

 と、あっさりと告げた…

 「…藤原さんの秘書?…」

 長谷川センセイが、驚いた…

 「…ハイ…」

 私が、答えると、二人の女性看護師の私を見る目が、変わった気がした…

 明らかに、睨みつけるというか…

 羨望の目で、私を見る気がした…

 …これは、言わなければ、良かった!…

 とっさに、思った…

 女の敵は、女だということを、あらためて、思い知らされた…

               
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