第12話

文字数 4,500文字

 「…諏訪野さん?…」

 おうむ返しに、繰り返した…

 「…諏訪野伸明さん?…」

 私が、言うと、ナオキが、無言で、首を縦に振って、頷いた…

 諏訪野伸明…

 現五井家当主…

 そして、なにより、諏訪野伸明は、私も、知っていた…

 私が、五井家の血を引く人間だと、疑い、私に接触してきたからだ…

 っていうか、詳細は、省くが、いつのまにか、私自身が、諏訪野伸明と親しくなり、つい、なりゆきで、伸明とキスまで、した…

 我ながら、大人げないというか(笑)…

 つい、なりゆきで、そういうことを、した(爆笑)…

 相変わらず、バカな女…

 伸明が、私を探っていたことに、露ほども、気付かなかった…

 実に、おめでたい…

 おめでたい女…

 まさに、バカの極みだ(苦笑)…

 が、

 私に言わせれば、諏訪野伸明は、この藤原ナオキ同様の長身のイケメンで、カッコよかった…

 いわゆる、モテ男…

 いっしょにいれば、自慢できる…

 おまけに、お金持ち…

 超がつく、お金持ち…

 嫌いになるはずが、なかった(笑)…

 女なら、誰でも、憧れる男…

 それが、諏訪野伸明だった…

 そして、伸明自身が、性格が、良かった…

 性格の良し悪しは、接すれば、誰でも、わかる…

 いかに、お金持ちで、ルックスが、良くても、性格が、良くない人間は、御免だ…

 そういう人間は、年がら年中、ひとの悪口を言っていたりして、いっしょにいると、気が滅入る…

 そして、おそらくそういう人間は、なにがしかの、コンプレックスを抱えている場合が、多い…

 会社で言えば、高卒で、出世が、難しいとか…

 男女共に、ルックスが、悪いとか…

 誰が、見ても、周囲から、劣っている場合だ…

 あるいは、家が貧乏だったり…

 とにかく、それが、コンプレックスになり、性格が、歪む…

 そして、当人が、思っている以上に、そのコンプレックスが、言動に出る…

 周りは呆れているが、自分は、気付かない…

 誰も、注意をしないからだ(笑)…

 だから、自分が嫌われていることが、わからない(笑)…

 また、そういう人間は、驚くほど、自分に甘い…

 だから、年がら年中、ひとの悪口を言っていても、自分の性格が悪いとは、露ほども、思わない…

 そして、そういう人間は、すべからく敵を作る…

 自分が、思っている以上に、周囲の人間から嫌われているから、例えば、

 「…この課に、高卒の人間が、いるわけないだろ?…」

 と、わざと、その高卒の人間のいる前で、大卒の人間に言われる…

 いつも、悪口ばかり言っているから、その高卒の人間を心底嫌っている人間が、必ず、いるからだ…

 だから、言われる…

 だから、嫌われる…

 当たり前のことだ(笑)…

 そして、諏訪野伸明は、そんな人間では、
なかった…

 だから、私も好きになった…

 いや、

 私だけではない…

 明らかに、伸明自身も、私に好意を持っていた…

 だから、キスをした…

 実は、伸明は、前当主、諏訪野建造の実子ではなかった…

 伸明の母、昭子が、別の男との間に、できた子供だった…

 が、

 建造は、それを、知っても、伸明を可愛がった…

 伸明の弟の秀樹は、建造の実子だったが、血が繋がらない伸明に、五井家の当主の座を譲った…

 だから、伸明にとって、建造は、恩人…

 まぎれもなく、恩人だった…

 そして、そんな環境で、育ったからだろう…

 伸明には、どこか、陰があった…

 いわゆる、陰キャラ…

 背が、高く、顔もイケメン…

 おまけに、超がつくお金持ち…

 にもかかわらず、偉ぶるところも、なにもなく、態度も控えめだった…

 私は、そんな伸明に惹かれた…

 同類相哀れむではないが、もしかしたら、伸明もまた、私自身に、自分と同じものが、あると、私のことを、考えたのかも、しれない…

 矢代綾子が、寿綾乃を名乗る…

 いわゆる、なりすましだ(笑)…

 だから、私の行動は、どこかしら、陰が帯びる…

 自分では、気付かないが、控え目になるというか…

 秘書という立場にふさわしく、目立たないように、振る舞う…

 が、

 自分でいうのも、おかしいが、美人の私が、常に、控えめの態度になるのが、諏訪野伸明には、新鮮だったのかも、しれない…

 なまじ、美人やイケメンに生まれると、それが、態度に出る場合が多いからだ…

 「…私なんて、とても…」

 とか、

 「…オレなんて、とても…」

 と、言いながらも、言葉とは、裏腹に、自分のルックスに自信があるから、それが、態度に出る…

 が、

 私には、それがない…

 だから、そんな私に伸明は、惹かれたのかも、しれない…

 そして、それは、伸明も、同じ…

 生粋の生まれつきのお坊ちゃまにも、かかわらず、偉ぶるところが、まったくない…

 後で、わかったことだが、伸明自身が、前当主、建造の実子でないことが、わかって、それが、伸明を苦しめ、それが、態度に出たのだろう…

 いわゆる、陰キャラ…

 生粋のお金持ちの家に生まれたにも、かかわらず、調子に乗ることが、一切ない…

 そんな諏訪野伸明の態度に、私は、惹かれた…

 事実上、眼前の藤原ナオキとは、夫婦だったにも、かかわらず、惹かれた…

 正直、ナオキとは、関係が長すぎた…

 すでに、知り合って、十年超…

 夫婦といっても、すでに倦怠期をとうに、迎えている…

 だから、私が、例えば、諏訪野伸明と、男女の関係になったと知っても、ナオキは、別段、咎めることもない…

 なぜなら、自分自身、あっちの女、こっちの女と、女の間を、渡り歩いてきたからだ…

 だから、私にアレコレ指図する資格はないのだが、それ以上に、私とナオキの間は、同士…

 いわば、無名時代の藤原ナオキと共に、会社をいっしょに、大きくした同志だった…

 同士=仲間だった…

 藤原ナオキが、会社を立ち上げて、すぐに、私が、その会社で、アルバイトを始めたからだ…

 いわば、創業当時から、ナオキを知る同士=仲間だった…
 
 つまり、私自身、ナオキの無名時代から、いっしょに、会社で、働いてきた仲間だった…

 だから、ナオキは、私が諏訪野伸明に惹かれると、わかると、むしろ応援してくれた…

 私の恋が、うまくいくように、応援してくれた…

 ぶっちゃけ、ナオキにとって、私は、家族…

 姉でもあり、妹でも、あり、妻でもあり、母でもあった…

 そんな関係だから、私の恋を応援してくれた…

 が、

 それだけでは、なかった…

 実は、このナオキは、私の知らないところで、五井家から、援助を受けていた…

 五井家=諏訪野伸明から、援助を受けていた…

 会社に融資をしてもらっていたのだ…

 私は、それを、癌の治療のために、オーストラリアに行く、前に、知った…

 私が、疲れて、寝ていると、思っていたのだろう…

 ナオキと諏訪野伸明が、電話で、話している声が、聞こえてきたのだ…

 私は、それを、聞いて、仰天した…

 まさか、私の知らないところで、二人が、繋がっているとは、思わなかったからだ…

 もしかしたら、ずっと、前から、ナオキは、諏訪野伸明と繋がっていたのだろうか?

 五井から融資を受ける見返りに、ナオキは、私の動静を、伸明に伝えていたのだろうか?

 そんな考えが、脳裏に浮かんだ…

 そして、それゆえ、ナオキは、私の恋を応援してくれていたのだろうか?

 私が、諏訪野伸明と結婚を夢見ていたことを、応援したのだろうか?

 そんな考えが、次々と脳裏をよぎった…

 疑えば、切りがない…

 が、

 私が、ナオキに疑いの目を持ったのは、事実…

 事実だった…

 そして、それは、今も同じ…

 眼前のナオキが、言いにくそうに、諏訪野伸明の名前を口にしたことで、やはりというか…

 疑念が、生じた…

 もしかしたら、融資の見返りに、私をうまく、伸明と結婚させようと仕向けて、いたのだろうか?

 そう疑念が、生じた…

 が、

 疑えば、切りがない…

 だから、忘れることにした…

 いや、

 本当は、忘れることは、できない…

 が、

 とりあえず、思い出さないことにした…

 考えれば、切りがないからだ…

 で、そんなことを、考えながら、

 「…諏訪野さんから、頼まれたって?…」

 と、ナオキに聞いた…

 が、

 ナオキは、すぐには、反応しなかった…

 やはり、反応が鈍かった…

 口が、重たかった…

 だから、私は、

 「…要するに、諏訪野さんは、ユリコさんが、気になったわけ?…」

 と、聞いた…

 ナオキは、無言で、頷いた…

 私は、それを、聞いて、かつて、ユリコが、五井系列の会社の株を買い占め、五井本家に、その会社の株を、取得額の数倍の金で、買い取りを迫ったことを、あらためて、思い出した…

 そして、それを、知る伸明は、当然のことながら、ユリコを警戒する…

 当たり前のことだった…

 だから、ことによると、伸明は、ユリコが、なにか、動き出せば、伝えるように、周囲に、依頼している可能性が、高い…

 なにより、このナオキは、ユリコの元の夫…

 真っ先に、伸明は、ナオキに依頼した可能性が、高い…

 また、伸明とナオキは、互いに気が合った…

 それは、傍から見ていても、わかった…

 二人とも、長身のイケメン…

 歳も同じくらい…

 そして、なにより、二人とも、陰キャラだった(笑)…

 ナオキは、オタク…

 伸明も、また、先代の五井家当主、建造の実子だと、世間には、思われていたが、違った…

 実際には、建造の妻、昭子が、別の男との間に作った子供だった…

 それを知った伸明は、苦しみ、それが、伸明の性格に反映された…

 それゆえ、ナオキと伸明は、似た者同士…

 二人とも、長身のイケメンにも、かかわらず、陰キャラ…

 だから、互いに、気が合ったのかも、しれない…

 そして、そんなことを、考えていると、ふと、思い出したことがあった…

 長谷川センセイのことだ…

 あの五井記念病院の私の担当医の長谷川センセイのことだ…

 あの長谷川センセイ…

 実は、五井西家の人間だった…

 私は、それを、うっかり忘れていた…

 というのも、長谷川センセイ自身の口から、それを、聞いたわけではないからだ…

 だから、すっかり、忘れていた…

 が、

 それを、考えれば、意味深…

 実に、意味深だった…

 なにが、意味深かと問われれば、あのユリコが、長谷川センセイの名前を口にしたことだ…

 何度も言うように、ユリコは、以前、五井系列の企業の株を、五井の本家と東西南北の4家を除いた、いわば、傍流の一族から、株を買い占めて、高値で、五井本家に、株を買い戻させようとした…

 が、

 あっさり、返り討ちにあった…

 五井の女帝である、諏訪野伸明の叔母の和子に、あらかじめ、ユリコの動きが、見透かされていたのだ…

 ユリコは、投資ファンドの代表…

 要するに、他人から、資金を提供してもらい、それを、元手に会社を買い取ったりして、その会社の業績をいかに、挙げるか、提案して、業績が、上向いたら、他社に売る…

 そんな商売だ


 そんな商売をするユリコが、五井に目をつけた…

 五井は、連合体…

 十三家の連合体だ…

 いわば、十三の寄り合い所帯…

 一枚岩では、決してない…

 抜け目のない、ユリコは、そこに、目をつけたわけだ…

               
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