第46話

文字数 4,563文字

 つくづく、自分が、許せなかった…

 一体、いつから、私は、こんなにも、自分優先の女になったのだろう?

 一体、いつから、私は、こんなにも、自分勝手な女になったのだろう?

 考えた…

 すると、やはりというか…

 癌にかかったのが、大きかった…

 それゆえ、体調が、知らず知らずの間に、悪化して、自分でも、気付かない間に、他人への配慮がおろそかになったのだと、気付いた…

 体調が、悪いから、どうしても、自分優先になる…

 だから、知らず知らずの間に、我がままになった…

 自分でも、気付かない間に我がままになった…

 そう、思った…

 自己懺悔…

 まさに、自己懺悔だった…

 それに、気付いた私は、落ち込んだが、食欲は、旺盛だった(笑)…

 お腹は、減っていた(笑)…

 自分が、落ち込むと、食欲がなくなるという記述は、よく見かけるが、私は、そんなことは、なかった…

 それは、それ…

 これは、これと、いうことだ(笑)…

 いや、

 これが、自己弁護かも、しれない(笑)…

 私は、そう思った…

 何事も、自分に都合よく考える…

 これこそ、まさに、自己弁護の最たるものだからだ…

 私は、食事が、終わると、テレビも消し、お風呂に入ることにした…

 いくらなんでも、このままで、寝ることは、できない…

 それに、私は、自分でいうのもなんだが、潔癖症だった…

 若い頃から、比べれば、だいぶ、こだわらなくなったが、それでも、潔癖症であることには、変わらない…

 だから、一刻も早く、お風呂に入りたかった…

 なにしろ、まだ化粧も落としていない…

 五井記念病院から、帰って来て、ベッドに横たわると、そのまま、バタンキュー…

 眠りに落ちた…

 自分でも、まさか、こんなにも、長い間、寝ているとは、思わなかった…

 いや、

 それ以前に、ベッドに横になっただけで、まさか、眠りに落ちるとは、思わなかった…

 自分としては、ちょっと、短い間、ベッドに横になって、いたかっただけだからだ…

 それが、眠ってしまった…

 5時間も、6時間も、眠ってしまった…

 これには、我ながら、驚いた…

 きっと、自分でも、わからなかったが、それほど、疲れていたのだろう…

 とりわけ、ユリコの話で、それほど、疲れたのだろう…

 なにしろ、ユリコの話で、諏訪野伸明の裏切りを知った…

 いや、

 厳密には、伸明の裏切りでは、ないのかも、しれない…

 が、

 いずれにしても、お金を貸した方は、逮捕されず、お金を借りた方は、逮捕された…

 だから、どうしても、伸明に疑惑の目が向けられる…

 どうしても、伸明のことが、疑わしくなってくる…

 それが、ユリコの言葉で、より一層強まった…

 五井が、伸明が、FK興産を傘下に入れようとしている…

 そんなことは、考えたこともないことだった…

 まさに、驚天動地の出来事だった…

 が、

 それも、ユリコから、説明されれば、納得する…

 伸明の五井家当主就任の実績作りと言われれば、納得する…

 そして、その言葉を裏付けるような言葉もある…

 マミさんの言葉だ…

 伸明の妹のマミさんの言葉だ…

 マミさんは、私に、

 「…寿さんは、これ以上、五井に関わらない方が、いい…」

 と、アドバイスした…

 そして、さらに、続けて、

 「…その方が、寿さんのため…」

 と、続けた…

 私とマミさんは、仲がいい…

 私とマミさんは、正直、ウマが合う…

 だから、マミさんの言葉が、私を陥れるためだとは、思えない…

 私を罠にかけるためだとは、思えない…

 むしろ、本心から、言ってくれていると、思う…

 だから、それを、考えれば、五井が、FK興産を、手に入れようとしているから、五井から離れろ!

 と、言っているのかも、しれない…

 私は、そう、思った…

 私が、五井を信頼していると、言えば、おかしいが、諏訪野伸明を信頼している…

 が、

 諏訪野伸明も、商売人…

 もしかしたら、FK興産を、手に入れようとしていても、おかしくはない…

 五井は、商売人だからだ…

 だから、それを知っているマミさんは、遠回しに、私に警告したのかもしれない…

 五井から、距離を置けと、警告したのかも、しれない…

 そうすれば、仮に、諏訪野伸明が、FK興産を、買収して、五井傘下に、組み込んでも、私は、伸明に抗議することは、できない…

 すでに、伸明と距離を置いているからだ…

 だから、別の言い方をすれば、傷つかない…

 あるいは、傷ついても、傷は浅いというか…

 …ああ、そういうひとだったんだ…

 と、いう言葉で、済むからだ…

 だから、マミさんは、距離を置けと言ったのでは、ないか?

 私は、そう、思った…

 私は、そう、気付いた…


 食事を終えた私は、お風呂に入った…

 一人きりで、お風呂に入っていると、疲れが、吹き飛ぶとは、いわないまでも、気分が、良くなる…

 が、

 ホントは、入浴には、体力がいる…

 だから、疲れたカラダでは、入らない方が、良かったのかも、しれない…

 しかし、それは、どうしても、嫌だった…

 私は、すでに、言ったように、潔癖症…

 一日中、どこにも、外出しないで、家にいても、一日に一回は、必ず、お風呂に入りたい…

 正確に言えば、お風呂に入る=湯船に浸かることだ…

 シャワーを浴びるだけでは、物足りない…

 そんな私が、今日の昼間、わざわざ、五井記念病院にまで、外出したにも、かかわらず、お風呂に入らないことは、できなかった…

 外出すれば、嫌でも、カラダを動かす…

 カラダを動かす=汗をかくからだ…

 だから、お風呂に入らずには、いられなかった…

 お風呂に入って、かいた汗を洗い流さずには、いられなかった…

 生きているのだから、一日中、どこにも、外出しなくても、汗はかく…

 そんなときでも、毎日欠かさずお風呂に入る私が、疲れたからと、いって、外出して、いつもより、汗をかいた日に、お風呂に入らずには、いられなかった…

 そして、湯船にゆったりと、浸かって、ボンヤリと考え事をした…

 諏訪野伸明のこと…

 藤原ナオキのこと…

 マミさんのこと…

 ユリコのこと…

 その他、諸々のことを、だ…

 そして、湯船に浸かって、そんなことを、考えながら、その日が、終わっていく…

 湯船に浸かると、私は、心の底から、落ち着いた…

 これは、幼い時から、そう…

 もはや、母親といっしょに、お風呂に入った記憶も曖昧なくらい遠い昔だが、一人きりで、入ったときは、そうだった…

 母は、忙しく、子供の頃に、いっしょに、お風呂に入った記憶も、あまりない…

 だから、まさか、赤ちゃんのときは、ともかく、ある程度、物心がつく頃には、ひとりで、お風呂に入っていた…

 お風呂場で、ひとりきりで、湯船に浸かると、心の底から、落ち着く…

 理由は、わからない…

 ただ、ただ、熱いお湯に、ゆったりと、浸かっていると、落ち着く…

 ただ、単に、私が、お風呂が、好き…

 それだけの理由かも、しれない…

 そして、そんなことを、考えていると、突然、ジュン君のことを、思い出した…

 ユリコが、失踪して、私は、幼いジュン君の面倒を見た…

 まだ小学生のジュン君に対して、私は、実質母親代わりに、なったからだ…

 だから、お風呂も、いっしょ…

 ジュン君と入った…

 が、

 考えてみれば、これは、おかしい…

 なぜなら、私は、ジュン君と同じ年齢でも、すでに、ひとりで、お風呂に入っていたからだ…

 だから、おかしい…

 ひとりきりで、お風呂に入れないのは、おかしい…

 が、

 それが、ジュン君だった…

 正直、頼りない…

 それが、ジュン君だった…

 私は、ジュン君と同じ年齢の頃、すでにひとりで、お風呂に入っていた…

 が、

 ジュン君には、それができない…

 が、

 だからこそ、ジュン君なのかもしれない…

 ひとりで、お風呂に入れないほど、頼りないから、ジュン君なのかも、しれない…

 そして、それは、今となっては、懐かしい思い出なのかも、しれない…

 私は、ユリコの代わりに、ジュン君の母親代わりになって、幼いジュン君の面倒を見た…

 そして、その思い出は、消し去ることは、できない…

 忘れることは、できない…

 私は、高校生のときに、すでに、ジュン君の母親代わりだった…

 ジュン君の事実上の母親として、ジュン君の面倒を見た…

 その見返りではないが、あのユリコが、私に頭を下げた…

 ジュン君が、私をクルマで、ひき殺そうとしたにも、関わらず、裁判で、私が、ジュン君を擁護したからだ…

 だから、結果的に、ジュン君の刑期も、短くなった…

 刑事事件では、なにより、被害者が、加害者を宥恕(ゆうじょ)することが、大事…

 宥恕(ゆうじょ)=許すことが、大事だ…

 おおげさに、言えば、これは、痴漢でも、殺人でも同じ…

 同じだ…

 被害者が、加害者を許すといえば、裁判長の心証が良くなるからだ…

 そして、それが、わかっているユリコは、私に、諏訪野伸明のことを、告げ、

 「…これで、私に借りを返した…」

 と、言った…

 私が、ジュン君の運転するクルマで、轢かれ、殺されかけたにも、関わらず、ジュン君を擁護したことで、ジュン君の刑が、軽くなったからだ…

 だから、それに恩を感じたユリコは、伸明のことを、告げた…

 諏訪野伸明の裏切りを、私に告げた…

 が、

 本当に、そうだろうか?

 伸明は、ナオキを裏切って、FK興産を、乗っ取ろうとしているのだろうか?

 わからない…

 いくら、考えても、わからない…

 むしろ、フェイク…

 ユリコが、私を惑わすために、わざと、ウソの情報を私に与えている可能性の方が、高い…

 なにしろ、ユリコだ…

 あのユリコだ…

 一筋縄では、いかない女だ…

 だから、とても、信用できない…

 とても、心の底から、信用できない…

 そういうことだ…

 が、

 まったく、信じないかと、いえば、そうでもない…

 ユリコのいうことには、信ぴょう性があるからだ…

 だから、信じなくはない…

 が、

 心の底から、信じるかと言われれば、それも、できない…

 なにしろ、ユリコの言うことだからだ…

 だから、信用できない…

 下手に信用すれば、それこそ、ユリコの仕掛けた罠にはまる危険が、あるからだ…

 だから、できない…

 そういうことだ…

 お風呂にゆったりと、浸かっているにも、かかわらず、いつのまにか、話題が、ユリコになった…

 私の天敵になった…

 これでは、ゆったりと、お風呂に浸かっているどころではない…

 せっかく落ち着いた気分でいるにも、関わらず、心は、動揺した…

 とんでもなく、動揺した…

 同時に、ユリコのことを、思った…

 あのユリコもまた、私のことを、考えるときに、こんなふうに、動揺するのか?

 とも、思った…

 私は、結果的に、ユリコから、夫のナオキと、息子のジュン君を奪った…

 だから、ユリコにとっては、私は、憎んでも、憎み足りない相手…

 だから、私のことを、常に憎んでいても、仕方がない…

 が、

 それを、抜きにしても、私とユリコは、合わなかった…

 そりが合わなかった…

 ウマが合わなかった…

 とにかく、合わなかったのだ…

 が、

 そんな合わなかった者同士が、夫や子供のことで、接することになる…

 いや、

 接しざるを得なくなる…

 これは、皮肉…

 皮肉以外の何物でもなかった(苦笑)…

               
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