第17話

文字数 4,683文字

 翌朝、目覚めると、すでに、ナオキの姿はなかった…

 すでに、家を出て行ったのだろう…

 いや、

 私が、起きるのが、遅すぎた…

 すでに、朝の十時を過ぎていた…

 これでは、いくらなんでも、ナオキが、家にいるはずがない…

 ナオキは、会社に出社しなければ、ならないからだ…

 ナオキは、FK興産の創業社長…

 FK興産のオーナー社長だ…

 オーナー社長だから、なんでも、できると、思いがちだが、さにあらず…

 社員は、皆、社長を見ている…

 社長の人となりを見ている…

 とりわけ、スキャンダル…

 要するに、金や女の噂に敏感だ…

 そして、そんなスキャンダルにまみれても、それが、笑いになるのなら、いい…

 が、

 大抵は、笑いにならない…

 だから、ナオキもまた、今のように、従業員が、千人を超えるぐらいになるまでは、女に夢中だったが、今は、それを抑えていた…

 それでは、会社を管理できないからだ…

 社員が社長を、見下すようなことがあれば、会社はガタガタになる…

 それが、わかったからだろう…

 だから、以前に比べて、めっきり女遊びは減った…

 いや、

 そもそも、社長が、女遊びをして、それが、笑いになる会社など、この世の中に、ないだろう…

 あるとすれば、現実ではなく、マンガや小説や、映像の中だけ…

 作り物の中だけだ…

 私は、そんなことを、考えながら、ベッドから、下りた…

 途端に、ふらついた…

 思わず、床に倒れそうになった…

 これは、自分でも、驚いた…

 あれほど、睡眠をとったにも、かかわらず、体調が、回復していない…

 その事実を思い知った…

 やはり、体調が悪い…

 自分が、思ったよりも、悪い…

 今さらながら、それを、思い知った…

 それから、一瞬、もう一度、ベッドで、横になるか?

 とも、思ったが、さすがに、それは、嫌だった…

 だから、トイレに行き、それから、冷蔵庫の中から、ミネラルウォーターが、入ったペットボトルを取り出して、それをグラスに注いで、飲んだ…

 …おいしい!…

 …実に、おいしい!…

 まるで、生き返った気がした…

 以前は、水が、こんなにも、おいしいとは、思わなかった…

 歳を取り、病気をしたせいも、あるのだろう…

 朝、冷たいコーヒーを飲むよりも、はるかにおいしい…

 それから、なにげに、テレビをかけた…

 別に、見たいものが、あるわけでも、なんでもない…

 ただ、テレビのスイッチを入れて、ニュースを聞いていた…

 ニュースを聞いていたというのは、ミネラルウォーターを飲んだ後、冷蔵庫になにか、食べるものは、ないかと、探していたからだ…

 だから、テレビの画面を見ていない…

 別に、滅茶苦茶、お腹が空いているわけでは、なかったが、なにか、お腹に入れておきたかった…

 ちょうど、ハムが、見つかった…

 卵焼きでも、焼いて、食べようかと、思った…

 たしか、買い置きのパンもあるはずだ…

 そう、思っていたときに、テレビから、

 「…五井グループが…」

 と、いう声が、聞こえてきた…

 私は、慌てて、テレビを振り返って見た…

 たしかに、今、

 「…五井グループが…」

 と、いう声が聞こえてきたからだ…

 だから、慌てて、テレビを振り返った…

 が、

 そこに映っていたのは、ナオキ…

 藤原ナオキだった…

 昨日まで、この部屋にいた、ナオキだった…

 …これは、一体、どういうこと?…

 わけが、わからなかった…

 …どうして、ナオキが?…

 私は、急いで、テレビの前に行き、テレビを食い入るように、見た…

 すると、だ…

 「…藤原ナオキ氏は、五井グループより、融資を受けていたそうですが、それが、適切に処理されてなかった模様です…」

 と、キャスターが、告げた…

 …適切に処理されてなかった?…

 …どういうこと?…

 私が、考えていると、キャスターの女性が、同じことを、言った…

 「…適切に処理していなかったというと、それは、一体?…」

 と、もう一人のキャスターに、聞いた…

 「…要するに、裏金と、いっしょですよ…」

 と、メインの男性キャスターが、答えた…

 「…裏金?…」

 と、サブの女性キャスター…

 「…ほら、政治家といっしょです…誰々から、お金をもらえば、それを、書類に残さなければ、ならない…要するに、申告の際に、税務署に届け出なければ、ならない…」

 「…」

 「…ですが、それを、藤原さんは、されなかった…」

 「…どうして、しなかったんでしょうか?…」

 「…それは、私にも、わかりません…ただ、ひとつ言えることは…」

 「…言えることは、なんでしょうか?…」

 「…誰かに、知られることが、嫌だったんじゃ、ないでしょうか?…」

 「…知られることが、嫌?…」

 「…有価証券等、発行する際には、当然、会社の業績が、必須です…だから、偽装する…」

 「…偽装ですか?…」

 「…そうです…ホントは、大した売り上げが、ないにも、かかわらず、実態とは、別の売り上げを記載する…いかに、会社が、儲かっているかと、ホラを吹く…」

 「…ホラを吹く?…」

 サブの女性キャスターが、不思議そうな表情で、言った…

 「…そうです…ホラです…大ぼらですよ…大して、儲かっていない会社にも、かかわらず、さも、儲かっているように、言う…株を公開していれば、その業績を参考にして、投資家は、その会社の株を買う…だから、さも、儲かっているように、装う…そうでなければ、会社の株は、下落する…その結果、会社は、苦境に陥る…それが、藤原さんは、嫌だったのでしょう…」

 メインキャスターの男性が、至極冷静に言った…

 が、

 隣にいた、サブの女性キャスターは、明らかに不満だった…

 「…私、以前、藤原さんと、お会いしたことが、あるんです…背が高い、イケメンで、世間に知られた会社の社長さんにも、かかわらず、全然偉ぶったところがなくて、ホント、凄いひとだと…」

 女性キャスターが、ナオキを擁護すると、隣のメインの男性キャスターが、たしなめるように、

 「…ルックスを、ここで、持ち出すのは、反則ですよ…それなら、ルックスが良ければ、なにをしても、良いということになる…」

 女性キャスターに言った…

 すると、途端に女性キャスターが、

 「…」

 と、黙った…

 反論できなかったからだ…

 さらに、この女性キャスターは、顔が赤くなった…

 ナオキに、好意を持っていたことは、明らかだった…

 私は、当たり前だが、藤原ナオキが、いかに、女にモテるか、その姿を見て、妙に感心したというか…

 あらためて、稀代のモテ男だと、認識した…

 自分でも、ナオキが、女にモテるのは、わかっていたが、身近過ぎた…

 あまりにも、身近過ぎて、ナオキが、モテるのを、忘れていた…

 そういうことだ(笑)…

 しかし、

 しかし、だ…

 まさか、朝、目覚めて、テレビをかけると、ナオキが逮捕されたというニュースを見るとは、思わなかった…

 これは、もしかしたら、夢?

 もしかしたら、夢を見ている?

 一瞬、本気で、そう、思った…

 考えれば、考えるほど、あり得ない事態だったからだ…

 だから、慌てて、自分の顔を、手ではたいた…

 バカなことだが、これが、夢か、現実か、確かめたかったからだ…

 しかし、夢でないことが、わかった…

 自分で、自分の頬を叩いて、痛かったからだ…

 当たり前だが、痛かったからだ…

 だから、これは、現実…

 夢でないことが、わかった…

 そして、もしかして?

 もしかして、ナオキは、このことを、予想していた?

 ふいに、気付いた…

 自分が、逮捕されることを、予感していた?…

 だから、昨日、いきなり、私に会いにやって来た?

 そう、気付いた…

 ナオキが、私に内緒で、五井家の諏訪野伸明から、融資を受けていた事実は、知っていた…

 以前、癌の治療で、オーストラリアに渡る前に、ナオキが、諏訪野伸明と電話で、話している声が、聞こえていたからだ…

 だから、今、ナオキが、諏訪野伸明に融資を受けていたと、聞いて、驚く話でも、なんでもなかった…

 が、

 その融資を、公にしていない事実に、驚いたのだ…

 FK興産の業績は、そんなに、悪かったのだろうか?

 そう、思った…

 私は、FK興産で、社長である、藤原ナオキの秘書を、ずっと、やって来た…

 だから、ナオキが、誰々と、会うということは、すべて、わかっていた…

 会社関連で会う人間は、すべて、わかっていた…

 例えば、銀行関連…

 会社の融資を受けるのは、銀行が、一番手っ取り早いからだ…

 だから、FK興産が、どこから、融資を受けていたか、すべて、わかっていた…

 もちろん、私は、経理ではない…

 経理部で、働いているわけでは、ないので、具体的な業績は、わからない…

 が、

 会社が、危ないなんて、考えたことも、なかった…

 会社が、不正な融資を受けていたなんて、考えたことも、なかった…

 そう、思いながら、テレビを見ていた…

 画面を、食い入るように、見ていた…

 すると、気付いたことが、あった…

 昨日、ナオキが、いきなり、私名義で、億を超える大金の口座を作ったといって、私に渡したことを、だ…

 あのときは、ただ、驚いた…

 ただ、仰天した…

 いきなり、あんな大金を私に、なぜ、渡すのか?

 わけが、わからなかったからだ…

 が、

 ナオキは、私に治療のためだと、言って、私は、納得した…

 癌の治療は、金がかかる…

 これまで、例えば、オーストラリアに治療に行ったときは、五井家が、費用を出してくれた…

 諏訪野伸明の叔母である、五井の女帝、諏訪野和子が、私を気に入り、費用を出してくれたのだ…

 そして、今も、私は、五井記念病院で、お世話になっているが、費用は、気にしたことが、なかった…

 五井家が、費用を負担してくれたのだ…

 私は、入院していたので、それが、わからなかったが、後で、その事実を知った…

 が、

 いつまでも、その好意に甘えるわけには、いかない…

 たしかに、私は、五井家当主、諏訪野伸明や、その母、昭子、昭子の一卵性双生児の妹の和子と、知り合った…

 そして、彼女たちに気に入られ、治療費も、負担して、もらった…

 が、

 私は、彼女たちと、なんの繋がりもない…

 赤の他人だ…

 せめて、諏訪野伸明と、結婚するのなら、それも、わかるが、この先、後何年生きているか、わからない私と諏訪野伸明が、結婚するなどということは、どう、考えてもありえない…

 さらに、伸明と結婚するということは、すなわち、伸明の子供を産むということ…

 天皇家ではないが、妃には、できれば、男の子を産んでもらいたい…

 日本は、男系社会…

 跡取りは、基本、男だからだ…

 女ではない…

 だから、伸明と結婚する女には、男の子を産んで欲しいはずだ…

 だから、どう考えても、無理…

 私では、無理…

 伸明と結婚することなど、できない…

 それが、十分、わかっているにも、かかわらず、五井家は、私を支援してくれた…

 もちろん、五井家は、生まれながらの大金持ちだ…

 五井家の人間にとっては、私の治療費など、大した金額ではないのだろう…

 だが、私にとっては、大金…

 目の玉が、飛び出るほどの大金だ…

 そんな大金を融資してくれる人間など、普通、どこにもいない…

 いかに、お金を持っていても、少し知り合っただけの人間に、援助する人間など、いない…

 たとえ、相手が、困っていても、だ…

 私は、思った…

 そして、それを、思ったときに、まさか、ユリコさんが、この件に、一枚嚙んでいる?

 ナオキの逮捕に一枚噛んでいる?

 ふと、気付いた…

                
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み