第100話

文字数 3,813文字

…私が賭けに負けた?…

 …それは、一体?…

 …一体、どういう意味?…

 私は、思った…

 だから、ずばり、

 「…ナオキ…それは、一体、どういう…」

 と、私が、言いかけると、私が、まだ最後まで、言い終わらない間に、

 「…綾乃さんは、ボクを選んだ…」

 と、ナオキが、言った…

 「…ナオキ…それは、どういう…」

 私が、言いかけると、またしても、私が、言い終わらない間に、

 「…諏訪野さんでなく、ボクを選んだ…」

 と、ナオキが告げた…

 私は、ナオキの言葉に、

 「…」

 と、絶句したが、ナオキの言うことは、正しい…

 間違ってない…

 だから、

 「…そうよ…それが、どうしたの?…」

 と、ナオキに聞いた…

 直球で聞いた…

 すると、ナオキが、

 「…諏訪野さん…」

 と、言った…

 「…伸明さん?…」

 「…いや、和子さんの方…」

 「…五井の女帝…」

 「…そう…」

 「…彼女が、なぜ、あんなに落ち込んでいたのか、わかる?…」

 「…いえ、わからないわ…」

 「…だったら、教えてあげる…アレは、実験だったんだ…」

 「…実験?…なんの実験?…」

 「…綾乃さんが、ボクと、伸明さんのどっちを選ぶかの実験…」

 「…ウソ?…」

 「…ホント…」

 ナオキが、穏やかに告げる…

 私は、わけがわからなかった…

 いや、

 それ以上に、なぜ、そんな実験をするのか、わからなかった…

 すると、そんな私の疑問に答えるべく、

 「…和子さんは、綾乃さんを買っている…綾乃さんが、思っている以上に…」

 「…私を買う?…」

 「…綾乃さんを評価している…」

 「…」

 「…そして、今、五井の一族内で、伸明さんをサポートできる女性はいない…」

 「…」

 「…だから、五井一族でもない、綾乃さんに白羽の矢が、立った…」

 「…エッ?…」

 「…伸明さんを支えてもらえる女性…それが、綾乃さんだった…」

 思いがけないことを、言った…

 考えても、みないことを、言った…

 「…そして、和子さんは、一計を案じた…綾乃さんが、ボクと伸明さんのどっちを取るか、確かめたかった…」

 「…」

 「…結果、綾乃さんは、ボクを選んだ…綾乃さんは、伸明さんと結婚できなくなった…」

 「…それが、どうして、私の負けなの?…」

 「…だって、綾乃さんは、ホントは、伸明さんと、結婚したかったでしょ?…」

 ナオキが、言った…

 思いがけないことを、言った…

 正直、言葉が、出てこなかった…

 まさか、ナオキが…

 藤原ナオキが、真面目な顔で、そんなことを、言うとは、思っても、みなかったからだ…

 だから、絶句した…

 言葉に、詰まった…

 数秒間、言葉が、出てこなかった…

 それから、

 「…ナオキ…バカなことを、言わないで…」

 と、ナオキを諭すように、言った…

 「…そんなわけないでしょ?…」

 「…いや、そんなわけ、ある…」

 ナオキが、反論した…

 私は、ビックリした…

 ナオキが、こんなふうに、正面切って、私に反論したことは、あまりない…

 だから、ビックリした…

 正直、いつも、私とナオキでは、私の方が、ナオキをリードしていた…

 主導権を握っていた…

 だから、なおさらだった…

 「…ナオキ…アナタ、一体、なにを?…」

 「…覚えている? …綾乃さん?…」

 「…なにを、覚えているの?…」

 「…綾乃さんは、伸明さんに、夢中だった…」

 「…エッ?…」

 「…少なくとも、ボクの目には、そう見えた…」

 「…ウソ!…」

 「…ウソじゃない!…」

 「…」

 「…でも、それも、当たり前…」

 「…どうして、当たり前なの?…」

 「…ボクたちは、家族だ…」

 「…家族?…」

 「…恋人同士じゃない…」

 「…それが、一体?…」

 「…ボクと綾乃さんの関係が、長過ぎた…だから、綾乃さんは、他の男に目が入った…」

 「…他の男って?…」

 「…ずばり、諏訪野さんだ…五井家当主だ…」

 「…」

 「…綾乃さんは、しっかり者…それは、誰が見ても、わかる…」

 「…」

 「…そして、和子さんは、そんな綾乃さんに、惹かれた…」

 「…エッ?…」

 「…正直、諏訪野さんは、おとなしい…だから、諏訪野さんをリードしてくれる女として、綾乃さんが、適任だと、思った…」

 「…」

 「…この世知辛い世の中を生きてゆくには、おとなしいもの同士が、結婚しては、ダメだ…とりわけ、諏訪野さんのような大金持ちは…」

 「…」

 「…だから、和子さんは、綾乃さんを選んだ…おとなしい諏訪野さんをリードしてくれる妻として、適任だと、思ったんだと、思う…」

 「…」

 「…ボクも、最初は、和子さんの目的には、気付かなかった…」

 「…エッ? …気付かなかった?…」

 「…そう、気付かなかった…」

 「…でも、今日、菊池さんが、やって来て、気付いた…」

 「…どういうこと?…」

 「…菊池さんの父親が、和子さんの言葉で、五井長井家の人間だと、知った…」

 「…それと、どういう…」

 「…その前に、ボクと諏訪野さんと、和子さんが、あの病室にいたときに、和子さんが、これから、五井の裏切り者が、やって来ると、ボクと諏訪野さんに、語ったんだ…」

 「…」

 「…そして、菊池さんが、来た…」

 「…」

 「…つまり、和子さんは、その前に誰かから、これから、この病室にやって来るのが、五井の裏切り者だと、教えられていた…」

 「…誰かって? …誰?…」

 「…たぶん、寿さんの主治医…」

 「…エッ? …長谷川センセイ?…」

 「…彼は、五井に憧れている…」

 「…憧れている?…でも、長谷川センセイは、五井西家の末裔で、今は、五井とは、関係ないって…」

 「…それを、本人の口から、聞いたの?…」

 「…ええ…」

 「…でも、そんなことを、言うのが、五井に憧れている証拠じゃないのかな?…」

 「…どうして、わかるの?…」

 「…だって、五井を意識しなければ、そんなこと、言わないでしょ?…」

 「…」

 「…だから、おおげさに言えば、あの長谷川センセイが、今回の黒幕かも、しれない…」

 「…エッ? なに、どういうこと?…」

 「…つまり、五井の上層部と繋がっている人間ということ…」

 「…五井の上層部って?…」

 「…だって、あの二人が、五井の上層部…和子さんは、五井の女帝だし、諏訪野さんは、五井の当主だ…」

 「…それは、そうだけど…」

 正直、実感がなかった…

 ナオキのいうことは、わかる…

 なにより、私自身、それを嫌というほど、わかっている…

 が、

 イマイチ、実感がわかないというか…

 それは、なぜか?

 考えた…

 それは、たぶん、和子や伸明のプライベートの姿しか、見ていないから…

 だからだと、気付いた…
 
 それゆえ、イマイチ実感が、湧かないんだと、思った…

 今、この目の前にいる、藤原ナオキは、会社での姿を見ている…

 会社で、社長としての姿を見ている…

 が、

 和子も、伸明も、会社での姿を見ていない…

 だから、実感が沸かない…

 そういうことだろう…

 これは、誰もが、同じ…

 同じだ…

 例えば、自分の父親が、トヨタのような大きな会社で、本部長とか、偉い地位にいる…

 息子や娘も、父親が偉い地位にいることは、わかっているが、正直、イマイチ、ピンとこない…

 なぜなら、会社での姿を見ていないからだ…

 会社で、例えば、数百人の前で、指示を出している姿を見れば、納得する…

 そういうものだからだ…

 プライベートでの姿しか、見ていないと、正直、実感が沸かない(笑)…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…和子さんは、やり手だ…」

 と、ナオキが、続けた…

 「…やり手?…」

 「…すでに、五井長井家に手を打っている…」

 「…どういうこと?…」

 「…長谷川先生だ…彼の悲願が、五井に復帰すること…五井の一族として、正式に認めてもらうことだ…それを、逆手にとった…」

 「…逆手って?…」
 
 「…長谷川先生の姉だ…五井長井家に後妻として、入っている…」

 思い出した…

 たしかに、聞いた…

 長谷川先生の口から、聞いた…

 長谷川先生の姉が、五井長井家に後妻として、入っていると、聞いた…

 でも、それが、まさか、和子の差し金だったとは?

 考えも、しなかった…

 思いも、しなかった…

 いや、

 とにかく、五井は、結婚は、一族内で、相手を探すのが、基本…

 だから、考えも、しなかった…

 血が薄いとはいえ、長谷川先生もまた、五井一族…

 五井西家の血を引いているからだ…

 が、

 考えてみれば、おかしい…

 なにが、おかしいのか?

 長谷川先生は、一般人…

 いかに、五井西家の血を引いているとはいえ、もはや、一族とは、認められていない…

 あまりにも、血が薄いからだ…

 だから、認められていない…

 にも、かかわらず、長谷川先生の姉が、いかに、後妻とはいえ、五井長井家に嫁げるわけはない…

 なにしろ、相手は、金持ち…

 方や、一般人だ…

 仮に、五井の一族の血を引いていると、証明できても、普通は、相手にしない…

 いや、

 それどころか、知り合うこともないだろう…

 だから、普通に考えれば、長谷川先生の姉の結婚には、誰かが、間に入った…

 誰かが、取り持った…

 そう、考えるのが、自然…

 自然だ…

 そして、それに、気付かないのは、相変わらず、私が、トロいから…

 頭の回転が、鈍いから…

 と、思った…

 我ながら、自分のバカさ加減に驚いた…

 同時に、幻滅した…

 自分自身の能力のなさに、幻滅した…

               

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