6.ショウジre.002
文字数 2,131文字
ユキによって転送された先でバトンタッチし、キューブで模られた人形の少女が再び姿を現す。
「どこに敵が潜んでいるかわからないみたいだし、一応『重ねて』おきますか」
そう言って人形が目を閉じると、青色の術式文様が球体状に展開され、彼女を包み込んで…そのまま圧縮されて目視が不可能なサイズまで縮んでいった。
その直後、影に溶けていたものが析出するかのようにして音もなく、さっきまで祥示がいたのと同一座標上に一人の地球人の少女が姿を現す。
紫色の、やや硬い箒のように外へ向かってはねているショートカットの髪型。好奇心旺盛そうな表情に臙脂色の眼鏡をかけた顔立ち。学生であったなら新聞部でもやっていそうな、知性と活発さとトラブルメーカー性の共存した印象があった。
白を基調に襟や裾が水色の上着を、腰のところでロイヤルブルーのリボンで留め、ダークグレーのインナーシャツに揺れる青いネクタイの先端にはワンポイントのオレンジ色が輝いている。その服装は、ざっくり言ってしまえば「魔法や超能力で戦ったりするフィクションの世界の学生服」といった趣だ。
「『アーミリィ』展開っと」
姿が変わったものの『制限式転移術式』を使用したわけではない。中身は相変わらず祥示で変わりなかった。聞くところによると『電子化』されているこのシークスの人々もそうすることがあるというがそれと同じように、祥示もまた『アバター』を変更しただけなのだった。
このアバターは祥示が自ら編んだものではない。とある場所で販売されているもので、名を『アーミリィ』という。厳密にはそれをカスタマイズしたものだ。
いかにも人形然としていて一般人の前には出られない本来の祥示のアバターに代わって、地球の街を出歩く時などはこのアバターを着ている。
今このシークス内では不自然さに配慮する必要はないはずだが、ではなぜアバターを展開したのか。
理由は単純で、これは『着替え』ではなく『重ね着』であるためだ。
なんらかの攻撃を受けたとき、アバターが身代わりとなって本体を守る。それが目的だった。
「……で、ここがシークス支部……」
周囲を見回す。人間の目には薄暗い、明かりのついてない部屋としか思えない狭い空間。
ところどころ装置のアクセスランプのような発光物が、かろうじて最低限の明るさを提供している程度の光量しかなく、その広さも3帖あるかないかといったところだった。
「の、玄関先ですか」
シークスの文明は電子化されている。つまりは、このコンソールが玄関なのだろう。
コンソールに手をかざすと、祥示の身体は光に包まれ……電子空間内に吸い込まれた。
『よく来てくれた』
「ウァンさんですね。私は地球支部のショウジと言います。はじめまして」
外文明交信局シークス支部。その外見は、祥示にとって見慣れたESの集会場とよく似ていた。
黒い金属のような、ジェラルミンのような、継ぎ目のない巨大な結晶にも見えるオブジェクトが整然と敷き詰められた空間。結晶は所々ひび割れ、その下には赤いマグマのような海が覗いている。灰色の空と、どこまでも続く地平。もしここが現実の空間なら、小さな船の中にこんな空間は収まるはずがない。ここは電脳空間だ。
黒い大地が周囲より少しせり上がった丘のようでもあり台座のようでもある場所で、まだ絶対とは言い切れないがおそらく本物のウァン氏と、局員たちは今度こそ相まみえていた。
「オーンさんは……というか、他の局員の方は誰もいらっしゃらないようですね。お一人ですか?」
『聞いての通り、皆サルベージ作業にかかりっきりでね。私もそちらの指揮を考えるとこの場を離れることができそうにない、というわけだ』
「それで奴らの抑えを私たちに依頼したいと……」
『そういうわけだ。すでに体験したと思うが、この船では姿形がコロコロ変わることが当たり前でね。それゆえ奴らが誰に成り代わってどこに潜んでいてもおかしくはない。ただ……』
「?」
『君たちがとりついた船団で最も大きな船、トレグナンの中枢と連絡が付かない。母船たるトレグナンが敵の手に落ちたのであれば、船団の全てが掌握されたに等しい』
「大ピンチじゃないですか!なにサラッと言ってるんですか」
『ああ……だが、トレグナンの居住区には異常が見られない。船体の物理的な破壊や、何らかの騒動ないし殺傷行為が居住区で発生している様子は今のところない。偽装の可能性もあるが……』
「つまり、敵は中枢だけを隠密裏に制圧したか、もしくは連絡を遮断しているだけの可能性があると?そうでないとしても、何らかの方法で状況を偽装していると……」
『おそらく奴らは、正面から堂々と物量と正攻法で仕掛けては来ないのだろう。単にそういう流儀なのか、やりたくてもできないのかまでは読み取れないが』
「なるほど……さて、どうしたもんでしょうかね」
時間切れだ。ここで次の局員にバトンを回す……