15.Neopolteria Nidus:re.004
文字数 5,841文字
体に支障はなく頭の回転も正常。視界に歪み、眼球の追従も正常。いたって問題がない事を確認する。
ユキさんには申し訳ない事をしてしまった。流石にああいうスプラッタかつ狂気的なものを見せられてたら仕方がないと言いたい。
「どうやら問題はなさそうだな」
ウアン頭取が私の姿を見て言う。
言葉上では事務的ともとれる発言だが表情はすこし穏やかになっており心配していた事が伺える。
「義体様々ってところですかね…」
「全くだ。どこかの狸に感謝でもするんだな」
やれやれと肩を竦めて言いたげな私にウアン頭取が悪戯小僧のようにニヤついて言う。
「ハハハ……で、オーン君?報告はなんだい?」
通信先である立体映像に移っているオーン局員に報告を促すように言う。
「あ、はいでは報告です。トレグナンの電子空間が文字通り消失した為、シータス住人がトレグナンと連絡をとれないと言っており、現状では現状調査中というという事でなんとか凌いでいますがそろそろ危ない状態になっています。」
まぁ……そうなるよね。
自分が12機の現亙と世亙を使い電子空間そのものを消失させてしまったといえこれはしくじったな。
浸食が進んでいるとは言え流石にこれはいけない。
家の頭取が白謳塚-ハクオウカ-に住人達を葬送し補完もしたが空間そのものは未だに消えたままなのだ。
「空間を修繕できるトモゾウ君がまだ準備中で出られないからな……」
そう一人ごちベルトに付けてある観測ユニットを見る。
……自分が蒔いた種だ。刈り取るしかないだろう。
「ウアン頭取」
「なんだね?」
「少々お時間をいただけますか?」
ウアン頭取は首だけで振り返る。
顔には「は?」と言いたげな状態であり何をするつもりだという事が読み取れる。
「この際なので各舟の状態、サルベージの進行度等を調査したくてですね」
「調査も何も今からだと?どれくらいの時間がかかると思っているのか分かっていて言っているのか?」
少しイラついたのだろうか?
完全に振り返り睨むように銀翁玉を見る。
あの凄惨なものを見ては確かに怒り心頭でも仕方がないだろう。だが今はそれに振っていても仕方がない。打てる手は早く打っておかなければその後に影響が出てしまう。
「『少々』と言いましたよ?私たちがこのシータスに来た時、いや、"私"がアナタに会ってから取った行動は覚えていますね?撒いた種が根を張ったので使うんですよ。……いるんだろう、ティル君?」
「うわっ!?」「キュイ!」
突如としてオーン局員の方にティル君と呼ばれる獣が現れる。
声から察するにやぁ!とか等の挨拶なのだろうか…?
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ティル君、正式にはティルシャンという名前があるこの獣だが、少し前に話した通りエリザベート・ベーカリーの触手を体としているが、正しくいうならばは少し異なる。
確かにエリザベートの触手は使用している。……使用はしているが、純粋なまま使用する事は不可能でありもし使用しようものならエリザベートそのものになってしまう可能性まであるとても危険なものだ。
ならば何故エリザベートの触手を体にしていると書いたのか?
答えは簡単だ。エリザベート・ベーカリーの触手を培養し、意思のない純粋な肉として精製したのだ。
中身に関しては簡単だ。ティルシャンの体にある二つの青い宝石、その宝石の一つは超大容量の記憶演算装置でありその中に『ティルシャン』という電子生命体……元は確かとある世界の電子世界にいたアンチウイルス体の一種だったろうか。それを記憶演算装置に住まわせて無害のエリザベート・ベーカリーの触手に取り付けたモノが基底現実世界に存在するティルシャンという生物なのだ。
もう一つの青い宝石については今は触れないでおこう。
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「ティル君バックドアは?」
「キュ!(モチのロン!)」
「そいつは重畳。では始めようか」
バックドアの確認を行う。
わざわざ公のネットワークを使って足を残して悟られたくはない。
流石というかなんというか……あの触手とアンチウイルス電子生命体のハイブリッド、抜かりはないようだ。
そしてゴーグル型HUDを下ろし装着する。さて、お仕事を開始しよう。
……
………
…………
……………はい……?
待て、ちょっと待て。あれか次元潜航時か?いや確かに私も鶏冠に来てたし電子空間丸ごと消失させる為人工的に世界の終わり作って逃れる為に跳躍したけどさ……防御術式4割損傷、制御術式2割欠損、パワーアシスト全損とかえぇ……?
あ、危険信号だらけだ……これじゃあ術式負荷に耐えられない……この服気に入っていたのに……
いやまぁ本来の。いや、特務用の持ってるというかそっちの方が能力もいいし制限ないけどさ。ほら、あれだよ、うん。………使うか……もうあちらさんにはバレてるから偽装する必要なさそうだし。
「あーウアン頭取……」
「なんだね?」
「笑わないでくださいね……?」
「だからなんだね?」
「服に刻んでいる術式と装備の大半が壊れてました」
「…………は?」
「だから、現在の装備の大半が次元潜航で壊れました。いやですね?本来、いやESの者ですよーって装備はあるんですよ。それようの術式もあって調査をするのにも最適、いや完全にオーバースペックですけどあるんですよ、だけどなんというかほら身バレ的なね?もし住民に遭遇でもしちゃったら威圧しちゃうかなーなんて思いましてね?してなかったんですけど………」
「分かった分かった。分かったから着替えの間後ろを向いているから早く着替えろ」
早口で言い分けをいうのに呆れてかウアン頭取が苦笑いをしながらいう。
ちくせう。なんでじゃ……設計上は一応耐えるようにしてたのになんで……あ、Deus Ex Machina使ったからだ……
何はともあれ着替えよう……どの亜空間ポケットにしまったんだっけか……
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「着替え終わりましたよ……」
「随分と時間がかかっ………成程、納得がいったよ。クレリックだったのか」
その姿はロングコートにフード被った出で立ちであり、色は共に御影鴉のコート部分や千亥通の装甲色と同じ漆黒。両腕には四角い箱みたいなものが嵌められている。術式展開用の紋章はコートに四つ、片腕の箱に4つの計8つ、フードにエジプト神話に見られる目を象った術式が刻まれている。
「だからこの服あんまりしたくないんですよ……わかっていただけます?何にもしてないのに畏まれるのに対してなんとも言えない気持ちになるの」
溜息をつきながら答える。………まぁいいか……さっさと術式展開して仕事をしよう。
「さてやりますか。瞼楽-ケンラク-、偽装解除。コアとの接続を開始。同時に防御術式、視界補助術式、調査術式展開」
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事象観測装置『瞼楽-ケンラク-』
少し前に書いた通り、碑喰知に接続をしている時に指定した範囲の事象を観測するES製の観測装置だ。
本来、いやデザインは使用者各々が好きなように弄る事が可能であり形は使用者が観測を行いたい事象に沿ったデザインになっている。
銀翁玉が使用する瞼楽は所謂アナログ時計と言われるタイプの12個の文字盤を中心に七つの輪が回りその外側には5つの球体が輪とは反対方向に回転している。
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【瞼楽、偽装解除。御影コアとの接続……完了。碑喰知への再接続……完了。視界補助術式『ホルスの目』起動、完了。複合防御術式『五十頭百手(ヘカトンケイル)』起動……完了。ホルスの目が碑喰知への接続の状態を検知。System:『天帝の眼(プロディメンスの眼)』起動完了。現在現亙及び世亙はSystem:月輪、Mode:朔望で起動中】
術式の起動を知らせる音声が流れる。
接続良好。久しぶりに来たこの服も違和感はない。
さて、調査を始めよう。
「ティル君のバックドアはっと……あぁここか」
ティル君が作ったバックドアからネットワークに侵入を行う。同時に瞼楽によるスキャンも実行。ティル君が調査した内容を元にシータス全船の情報を洗い出し行く。
「中々いい防壁してるねー♪だがティル君が作ったバックドア、碑喰知の演算能力の前で紙切れ以下でしかないなぁ」
鼻歌交じりでシークス船団総ての中央制御端末にアクセス、防壁を掻い潜っていく。
本来ティル君はアンチウイルスデータ、つまりは防壁側の存在であり相手側の防壁には感知されない。
だが今やっている行為はハッキングであり防衛機構が働くのだがこれをあらかじめ作っておいたバックドアを使用し壁を抜けていく。
なら何故碑喰知の演算能力が必要なのか?
これに関しては簡単だ。侵入したその直後から内部情報を蒐集しそれを纏めているのだ。
『知識は力なり』という言葉がある。
現在我々ESは電子生命体文明シークスを保護対象定めサルベージを行っている。
だが妨礙者(ボウゲシャ)と言われる敵対勢力が干渉を行いサルベージ作業が難航しているのだ。
対処を行うにも相手、船団の状況、進行度合い、全ての情報が欠落、いや妨礙者に関しては情報規制で閲覧が行えないがどちらにせよ穴が開いていて行動を起こそうにも後手に回らなければならない状態になっている。
「さて、船団全てに侵入、掌握完了。では閲覧しますか」
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先に閲覧結果を上げよう
監視船『ディソール』
現状三隻。表面上は問題なく稼働、運航中。中央制御データに改竄の痕跡が複数。表面上では隠されているが所々にデモンを確認。
船団護衛艦『ヴェイラーチェ』
現状一隻。改竄痕跡、デモン無し。
演算装置『ノーム』
現状一隻。改竄痕跡が最も多い。内部環境も書き換えられており妨礙者の関与が最も多い場所と思われる。
デブリ駆逐艦『カルセット』
現状一隻。船体は無事だが航行システムが破壊されておりそれに伴い船団の移動を止めている。現在復旧作業中だが目途が立っていない。
母船『トレグナン』
中央制御、いや制御及び情報共有等を含むコア部分を『女王』に則られた後完全消滅。
中央層の電子空間全てを『消去』した事により現状復旧不可能。中央層にいた住人は【白謳塚-ハクオウカ-】に『招く』事で保護を完了している。
………
……………
予想以上に酷いな!?
どうやらヤツら以外と頭が回るらしく演算装置を先に奪いその足で監視船、母船に手を伸ばしたみたいだ。
基底現実の装備等は手を付けられていないという事は重要度はそれほど高くはなかったのだろう。と、いう事は奴らに基底現実側の武装は意味をなさないと思ってもいいのかもしれない。
「情報取得完了。どうやら奴さん等中々に強かなようで?」
左側の頬を吊り上げ皮肉を言うような声でウアン頭取に報告する。
顔には面白くなってきたと言いたげに嗤っている。
「で、今後はどう動いたらいいのかね?『情報屋』君?」
皮肉には皮肉で返さんとばかりにウアン頭取が質問をする。
「今私等は後手も後手ですからねぇ……一発デカイのうって炙り出しでもしたほうがいいかもしれませんね」
「どのように?」
「我々からトレグナンの中央を消し去った事を公表します。」
その言葉を聞いてウアンが驚く。
無理もないだろう。本来我々が関与、いや君たちお先真っ暗なのでサルベージを行っていますと公表をしようものなら反感どころか戦争不可避の状態になるからだ。
では、そのリスクを孕んでまで公表するメリットとはなにか?
「……『錦の御旗』にさせる事を防ぐ為か」
「Exactly(その通り)」
満面の笑みで肯定する。
そう、妨礙者としてはESに損害、精神的にでも肉体的にでも組織的にはダメージを与えたい。
その為にわざわざここまでしでかしたのだ。ならばそれを利用しない手はない。
「全てそのまま話すというのはダメですよ?我々ES、いや外文明交信局というものがかかわっているというのを思わせるのもダメです。……そうですね……我々は『星々の観測者』である。時空間の歪み、不可解な干渉後を観測したので調査を行った所、『ある船の』の中央が何者かに乗っ取られているのが分かったので向かった所、残虐な光景とともに破壊活動をしている何者かを確認しそれを『倒した』所、倒した奴が最後の最後自爆して全て消えたという感じでしょうか?」
嘘を話す時は少量の真実を混ぜる事で真実味が増す。
これを使って潜伏している奴らを少し炙って引っ張りだそうという考えだ。
「まぁ、これに関してはウチの頭取と話を付けてください。最悪私一人で一芝居打ってヘイト稼ぐので」
そう言う銀翁玉は肩を竦めて「まぁ、いつもの事ですがね?」と呆れたように笑っている。
「とりあえずは話を付けてみよう。そろそろ術式の起動時間限界がくるのではないかね?」
「おや、本当だ。ではウアン頭取、よく話し合ってくださいね?」
そう言い残し銀翁玉の体が消え義体の姿が現れる。
……少々面倒なことになりそうだとウアンは思い溜息を吐いた。