13.Ykre.004

文字数 1,474文字

失ったものは戻らない。けれども、その別れを偲ぶことはできる。私たちには記憶があるから。
しかし、その記憶も時と共に朧気になっていく。だから皆、形に残そうとするのだろう。
ウアンのいる空間に戻ったユキの身体はあらゆる箇所が欠損していた。顔は半分になり左腕の義手は接合部から先が無く、スカートもビリビリに破れている。

「満身創痍じゃないか。」
「そうでもありませんよ。」

その見た目に関わらず余裕そうに答えたユキの身体が徐々に再構成されていく。

「身体を共有する制限術式では、当然身体的なダメージも引き継がれます。一見不便な仕様に感じられますが、体組成を再生させることができる能力者がいれば、このように他の共有者のダメージを肩代わりして回復することができます。銀翁玉局員が自身への負荷を押して、あれほどの大立ち回りができるのはこういう絡繰りがあるのです。」
「随分と便利な”制限”だな。一体どこの狸が考えたのやら。」

黙って首をかしげるユキとふんっと息を鳴らすウアン。

パチンッ

ウアンが指を鳴らすと例のチェス盤が現れる。

「さて、状況確認だが...」

ユキは黒いクイーン駒を動かし、白のクイーンを取る。
続けてウアンが金色の駒を動かし黒のクイーンを取る。

「母船トレグナン自体は今も健在だ。市民も通常の生活を続けている。しかし、亡骸となり奴らの城に使われていた者たちは皆シークス政府機関やその関係者だ。」
「シークスの中央組織が無くなったということですね。」
「あぁ、今は私の部下が上手く誤魔化しているが、市民たちが気づくのは時間の問題だ。」

それはすなわち、シークス文明全体がパニックになるということを意味している。

「ウアンさん、私に考えがあります。トレグナンの中に新しい電子空間を構成してください。可能な限り、プロテクトレベルを高く。」

無表情で視線を交わす二人。やがてウアンは静かにゲート開けた。

「あの時以来だな。」

「えぇ、」
どこか物憂げにユキは応えながら、ウアンの開いたゲートへ消えていった。


何もない空間。ユキはただ一人、そこにいた。
ゆっくりかがみ、足元から両手で水を救い上げるような動作をする。そのままゆっくり持ち上げると光が溢れていく。

ユキの黒衣が白く輝く。
背には白金の翼が広がり唄が響く。

今は亡き、在りし日の記憶を抱く世界よ
形を成し、証を刻め
雲、光遮ろうとも、その先に月有らん
見えざる者よ、去り行く者よ、どうか
どうか、その想いと願いが、歩みと証跡が
我等を導くと信じたまえ
さすれば、安らかな眠りが訪れん

さぁ、唄うのはもうお止め。

日出ばまた、鳴動亙り我等に届く
其の時まで契りの証をここに...


ユキを中心に無数の白い直方体が上伸びていく。
やがて空間は無機質で均等に配置された直方体のビル群で満たされる。
その一つ一つには余白がないほどに文字が刻まれている。
直方体の数は20京飛んで20,124
それは女王の城で骸となっていた者たちと同じ数。

【白謳塚-ハクオウカ-】それはESに伝わる墓標。

「こんなものを建てても、あなた達は戻って来ない。でも、あなた達がやってきた事は無駄にはしない。もう少しだけ力を貸してほしい。」

白謳塚はただの墓標ではない。対象となる生命の過去の事象を全て記憶した演算装置でもある。つまり、振る舞うことができるのだ。あたかもまだ、生きているかのように。

「幻影とは言え、彼らなら護ってくれるでしょう。これで極一部の最上層はともかく、全市民のパニックは防げるはずです。」
「すまんな。」
「どうしてウアンさんが謝るんですか。」


「そうだな。」



電子世界に静かな風が吹いていた。

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登場人物紹介

【頭取外交官ユキ】Twitter

高次元精神生命体文明ESから派遣された外交官。



出身地であるESはあるゆる資源を必要とせず自由な生命活動を営むことができる完成された理想郷。

しかしながら、さらなる上位概念への探究は未だ継続されており、観測し得る全ての叡智を収集している。



自分たちとは別の出自を持つ外文明には強い関心を持っており、中枢機構の一つである外文明交信局を通して交流、保全、統合を行っている。

種の多様性を担保するため、外文明に対しては上位存在に依拠しない独自の発展を求めている。そのため進化を推奨しながらもテクノロジーを提供しないという回りくどい活動を行っている。




基底現実完全降下航行のライセンス所持者であり、その技術を用いて地球へ現界。外文明交信局地球支部を立ち上げ現在に至る。

電脳世界及び基底現実で使用している身体は自身が個人的に契約している千亥重工によって造られている。

地球では上位者として知られているが、出身地であるESにおいては平均的な一般住民に過ぎない。

【情報屋 銀翁玉-ギンオウギョク-】Twitter

エルフの森 静岡支部から出向しているエルフの情報屋。


外分明交信局の外交官ユキと契約を交わしており、現地情報、民衆の状態、外貨変動、予測される災害等を調査、伝達をする代わりにESに存在する叡智を借り受けている雇われ現地員。

【電脳交換手 祥示-ショウジ-】Twitter

地球人の女性と変わらない姿の少女と、その背後に控える御影鴉、そして御影鴉の下部球体内に収まった人形という姿。
一見、少女が主人で、御影鴉が従者であるような連想をしがちだが、実際にはそのどちらも主従で言えば従の立場のものである。


御影鴉の下部に収まっている機械人形のような物体が本体で、通常はスリープ状態にあり精神と知能のみが情報処理と演算に特化した状態にある。

少女──『アーミリィ』はコミュニケーションデバイスであり、必要に応じて外見通りの快活な『ロールプレイ』を出力する。

御影鴉は戦闘用義体として機能する。

状況によってはアーミリィのみを場に出し、御影鴉は本体ともども異相空間内に隠蔽することも可能。
逆に対話で処理できる状況になしとなればアーミリィを引っ込めて御影鴉のみとなることもできるが、この場合は本体は隠れない。


アーミリィのコミュニケーションは『快活』『軽薄』『能天気』『無責任』といった属性のものだが、本来の性格は内向的で慎重。

【エリザベートベーカリー】Twitter



生誕場所不明、年齢不明、身長体重不明、無機物か有機物かも不明という
種族から生誕に至るまでの経緯が全て不明の生きたブラックボックスという異端の生物。基本的な姿は人型だが彼女の本体は彼を形成している大量の四方体のキューブである。



本人が語る自称とも言うべき人生は全てが偉人や奇人の伝記の一部を移植され作られており、
およそ9割9分9厘が悪い意味の適当と嘘で作り上げられた偽の記憶を発言しているに過ぎない

帽子から生える触手に絶えず流れる赤い流動体は彼女、あるいは彼の周りを絶えず浮かび上がり続けているが
「接触しても特に危害はないよ?単なる私の血液さ」
と彼か彼女は語るが、外交官ユキに接触した際には彼女に数億回のハッキングが行われたという記録が残っており、
あの不明生命体の正体は特秘された情報を明らかにするという目的で作られた情報生命体ではないかと予測されている


『ありとあらゆる情報は全ての人間が知るべきである、隠す情報とはつまりそれだけで悪なのだ』


彼女が語る1厘の正しい記録情報より抜粋

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