[1-35] 怨獄の救済者
文字数 5,136文字
「みんな……!?」
死体を背後に隠すように、自ら林を打って出たイリス は、あり得ないものを見て固まった。
そこに居たのは、ほとんど国の反対側であるキーリー伯爵領に置き去りにしてきたはずの“竜の喉笛”の3人だった。
戦士(ファイター)のベネディクト。コボルトである彼のたくましい上半身は毛皮に覆われ、頭部は犬のそれだ。兜には耳を収めるとんがりもある。ミスリルの鎧を着て、首刈り斧のような先端を持つ大剣を背負っている。一癖も二癖もある面々を率いる頼れるリーダーだ。
盾手 のヒュー。身体を鍛えるためだとか言っていつも重い鎧を着ている。盾手 にしては小柄だが、反面彼は動ける盾手 であり、両手のスパイクシールドによる防御と的確な殴打 はパーティーを何度も救ってきた。世事に長け、パーティーの交渉担当でもある。
僧侶 のディアナ。僧侶 と言いつつ格闘に長け、少々のザコなら鉄板入りのブーツで容易く蹴り殺す。ミスリルの繊維を編み込んだ改造僧衣に……普段の錫杖ではなく、今はいつも着けているシルバーアクセサリを繋げたような銀鞭を携えている。酒飲みでだらしないところもあるが面倒見が良くて慈悲深く、特にイリスには母親のように接していた。
このまま二度と会うことも無いだろうと思っていた。
だが、彼らはここに居る。
3人はイリス を見て、戸惑ったような、警戒しているような、奇妙な表情だった。
ディアナが痛みをこらえるように、さっと胸元を押さえた。
「疼きやがる……!
イリス! あんた、人が使っちゃならない魔法を使ったね!?
何の魔法で何人殺した!? それもついさっきの話だ!」
「え……!?」
イリス の心臓が飛び跳ねた。イタズラを見透かされた子どものように。
「だいたいなんだ! 街ん中でもぴょんぴょん転移しやがって! おかげで散々かけずり回らされたよ! あんたいつからそんな魔力バカになった!」
「ま、待って! どうしてここが!」
――そう、そうだ、何よりもまずはそこをハッキリさせなければならない。
イリス は自分の混乱を鎮めようと、『今するべき事』に縋った。
ディアナは僧衣の胸元をはだけ、血のにじむ紋様を露出させる。
「こいつは【審罪紋 】って言ってね。邪 な術や力で殺された者が居ると探し当てることができる。
さらに、そういう犠牲者の血を一滴垂らせば……下手人を地の果てまででも追い詰める探査術になるのさ」
≪痛哭鞭 ≫や≪滅びの風 ≫は呪詛魔法というジャンルに分類される。生命や魂のあり方など、この世のあるべき姿を歪める術の大系だ。常人がこれを行使することはかなわない。何らかの手段で自分自身のあり方を歪めなければ習得すらできないのだ。
反面、アンデッドであるルネにとっては当たり前のように使える術であり、最も使いやすい術でもある。実際、呪詛魔法は冒険者たちからアンデッドモンスターの専売特許のように思われている。
「雪の中から死体を発掘したんだがね……あの白いアザは≪痛哭鞭 ≫を受けた痕跡にそっくりだよ。
その林の中にも何かあるね。あんたそっから出てきたみたいだけど、何をしてた?」
今度こそイリス の血が凍った。
ナイトサーペントの夜逃げキャラバンを殲滅した後、イリス はその痕跡を隠したのだ。それも、もしかしたら“竜の喉笛”が追ってくるかも知れないと考えて念入りに。
まさかそれを見つけられた上、イリス がやった事だと突き止め、追跡の材料にまでするとは思わなかった。
そんな魔法をイリス は知らない。ディアナがこんな事をできるなんて知らなかった。
「お、俺……わたしは……」
「【身体強化紋 ・重複 】【治癒促進紋 ・重複 】【感覚強化紋 】【反応強化紋 】【魔力錬成紋 】【聖剣紋 】【神盾紋 】【痛覚遮断紋 】……十重 励起(アクティベイト)!!」
聞いたことの無い魔法をディアナが起動する。
ディアナの全身が何らかの紋様状に青白い光を放った。
次いで、膨大な魔力が渦を巻いてディアナから吹き上がった。
辺りの雪に渦を巻くような痕跡が穿たれる。
ディアナを取りまくのは、吐き気を催すほどに清らかな空気だ。うっかり気を抜いたら思わず目をそらしてしまいそうに強い威圧感をディアナが放っている。
異常としか言いようのない力がディアナに宿っていた。それがイリス には分かった。
――これは……この力は、俺 を 滅 ぼ し 得 る ……!!
アンデッドとしての本能(と言うのも何か変だが)でイリス は察した。
『こいつはヤバイ』と。
「あんた……何者だ? 本当にイリスかい? それともあたしが本当のイリスを知らなかったのかい?」
神人と化したディアナが銀の鞭をイリス に向ける。
魔力の余波で青白く輝くディアナの目には、僅かの誤魔化しも許さないという真剣さがあった。
「しょうが、ないか……」
イリス は、自分はとっくに追い詰められているのだと悟り、腹を括った。
イリス は親指を自分の首に押し当て、『首切り』のジェスチャーをする。
あくまでジェスチャーだ。しかし、その指の動きに従って、イリス の首から血が噴き出した。
「な……!?」
見ていた3人が驚愕の表情を浮かべる。
イリス の首はそのまますっぱりと切れて、胴体の上から転げ落ちる。視界がぐるんぐるん回ったが、イリス はその髪を掴んで自分の首を受け止めた。
身体が変質していく。身長は少し縮み、少し細く。緩いウェーブが掛かっていた金髪は輝くような銀髪に。自分では分からないが藤色の目も銀色に変じたはずだ。
切られた首の断面から、血液が逆流して吹き出していく。
それはゆるゆると流れを作り、宙に浮かび、そして呪いの赤刃を形作る。巨大なルビーを剣型に削り出したみたいな物体を。
そして、ちょっと茶目っ気を発揮したルネは、余った血でローブの裾に薔薇の紋章を描いた。
「銀髪銀目に……鮮血の薔薇!」
「そんな! まさか!」
ルネは、ただ憑依して乗っ取るだけなら誰が相手でもできる。
ただしそれが同年代の少女であるなら魂の魔力を最大限に発揮でき、また、いざという時に身体をアンデッドに作り替えて戦うこともできるのだ。
「“怨獄の薔薇姫”……!!」
デュラハンの姿となったルネを見て、三者三様に困惑する。
「じゃあイリスはどこに!」
「さっきまでここに」
ルネは剣を持った手で平たい胸をトントンと叩いた。
「イリスに取り憑いてたんだよ。魂はずっと身体の中で休眠状態になってたけど……
今、この身体をアンデッドとしての肉体に作り替えちゃったからね。死んだよ。イリスは」
その言葉が終わるかどうかのうち。
ベネディクトの目がギラリと光った。
「貴っ様アアアアアアアア!!」
「よせ、ベネディクト! 無理だ!!」
大剣に手を掛けてベネディクトが突進する。
だが白兵戦に長けるデュラハンの姿を取った今、重戦士であるベネディクトの突進は、ハエが止まりそうな速度に見えていた。
ルネは自ら一歩踏み込み、踊るように幾度も赤刃を振るった。
「がっ……!」
緋色の閃光がベネディクトを鎧ごと切り刻む。
細切れにされた鎧が剥がれ落ち、次いでベネディクトがドウと倒れた。
もはやピクリとも動かないベネディクトから流れ出た血が白い雪を紅く染めていった。
――なんだ。ちゃんと殺せるじゃないか、俺は。
どうやら心まで化け物になってしまったらしいな。
ルネはベネディクトを見下ろしてホッとしていた。……それは本当にホッとしているのだろうか?
ベネディクトが良い奴なのは知っている。イリスの立場を借りてほんの短い間ではあったが一緒に生活して好感を持ち、頼りがいのある相手だと思っていた。
だが今、ベネディクトを殺したルネの中にはワタボコリひとつ分の罪悪感すら存在しなかった。剣筋が鈍ることもなかった。
「ベネディクト!」
「落ち着きな、ヒュー。幸いウェサラはすぐそこだ。神殿に持ち込みゃ蘇生できる」
自分も飛び出していきそうだったヒューをディアナが制する。
高位の神官であれば蘇生魔法を行使できる。
ただし、色々と高価な触媒で成功率を上げなければまず成功しないし、死体の状態が悪かったり死後に時間が経つほど加速度的に成功率は下がっていく。特に深刻なのは時間の問題で、冒険者が死ぬのなんて大抵ダンジョン最深部だったりするから、仮に仲間が生き延びて蘇生のために死体を持ち帰っても戻ってくる間に取り返しが付かなくなっていたりするのだ。
街のすぐ近くで死んだこの状況はベネディクトにとって不幸中の幸いと言えるだろう。まあ、死体を持って帰るには残ったふたりで最強のアンデッドを撃退しなければならない、というのが不幸中の幸い中の不幸だが。
ちなみに、死体を損壊どころかアンデッドにされるという最悪の状態になったので、何らかの手段でルネの魂を消滅させたとしてもイリスの蘇生はおそらく不可能である。ベネディクトがブチ切れるのも当然だった。
「ありゃ何が起こってるんだ? 鎧がバターみたいに切られたぞ」
「あの剣、たぶん魔法攻撃だ。その鎧じゃ意味が無い。それ脱ぎな」
「マジか」
ディアナに言われてヒューは盾を投げ捨て、背中に手を回して何かをいじった。
重厚な鎧が何かの冗談のようにあっさり剥がれ落ち、その下から細マッチョ体型の肉体が現れる。
ヒューの鎧は頑丈だが、特定の手順でいじれば瞬時に脱ぎ捨てられるよう細工がしてあった。それはまさにこういう場合に備えての機能だ。
「盗賊 に復帰だぜ」
戦闘用のナイフを抜き放ち、ヒューは気障ったらしく笑う。
ヒューは元々|盗賊 だった。だがダンジョン探索の機会が乏しかったことや、魔法職ふたりであるというパーティーの強みを活かし後衛を(特にイリスを)守る態勢を作るため、盾手 に転向していたのである。
防御が通用しない呪いの刃も、当たらなければダメージは無い。回避を重視する軽戦士スタイルの方が有効と見たわけだ。
「薔薇の姫君様。あんたはイリスの身体を奪って何をする気……あるいは何をしたんだい?」
ディアナが最後通牒を突きつけるかのように問いかける。
「ざっくり言うなら……これからこの国を滅ぼす。そのために必要なんで、ナイトパイソンを潰してきた所」
「そうかい。止めろって言っても止めてはくれないんだろうね」
「理不尽に対して怒るのは、誰かに任せておけばいい……
それがあなたの言葉だった。
だけど、この“怨獄の薔薇姫”が復讐を忘れたら誰が代わりに怒る? 誰が奴らを裁く?
痛みも絶望もたっぷり利子付けて返してやる。心穏やかにあの世へ行くなんて、まっぴら御免だ」
「ふーん。やっぱりあの時、もうイリスはイリスじゃなかったわけか」
ディアナは疲れ切ったように、あるいは苦悩するように首を振る。
そして顔を上げると、銀鞭を振るった。
その鞭は頼りない外見を裏切るほどに長く、鋭く伸び、突き出された槍のようにルネの隣を吹 き 抜 け た 。
「『復讐とは、怨 みの牢獄 に己を囚え続ける責め苦なり』。イカれて首を吊った昔の詩人の言葉だ」
鞭が振るわれ、真っ直ぐに飛んだだけだ。
しかしただそれだけでエネルギーの余波が深く雪を抉り、ディアナから一直線に小さなハーフパイプを形成していた。
「可愛い女の子がそんな顔してるのを放ってはおけない。勝手なお節介だがあんたを止めてやろう。
あたしを舐めんじゃないよ、お姫様」
死体を背後に隠すように、自ら林を打って出た
そこに居たのは、ほとんど国の反対側であるキーリー伯爵領に置き去りにしてきたはずの“竜の喉笛”の3人だった。
戦士(ファイター)のベネディクト。コボルトである彼のたくましい上半身は毛皮に覆われ、頭部は犬のそれだ。兜には耳を収めるとんがりもある。ミスリルの鎧を着て、首刈り斧のような先端を持つ大剣を背負っている。一癖も二癖もある面々を率いる頼れるリーダーだ。
このまま二度と会うことも無いだろうと思っていた。
だが、彼らはここに居る。
3人は
ディアナが痛みをこらえるように、さっと胸元を押さえた。
「疼きやがる……!
イリス! あんた、人が使っちゃならない魔法を使ったね!?
何の魔法で何人殺した!? それもついさっきの話だ!」
「え……!?」
「だいたいなんだ! 街ん中でもぴょんぴょん転移しやがって! おかげで散々かけずり回らされたよ! あんたいつからそんな魔力バカになった!」
「ま、待って! どうしてここが!」
――そう、そうだ、何よりもまずはそこをハッキリさせなければならない。
ディアナは僧衣の胸元をはだけ、血のにじむ紋様を露出させる。
「こいつは【
さらに、そういう犠牲者の血を一滴垂らせば……下手人を地の果てまででも追い詰める探査術になるのさ」
≪
反面、アンデッドであるルネにとっては当たり前のように使える術であり、最も使いやすい術でもある。実際、呪詛魔法は冒険者たちからアンデッドモンスターの専売特許のように思われている。
「雪の中から死体を発掘したんだがね……あの白いアザは≪
その林の中にも何かあるね。あんたそっから出てきたみたいだけど、何をしてた?」
今度こそ
ナイトサーペントの夜逃げキャラバンを殲滅した後、
まさかそれを見つけられた上、
そんな魔法を
「お、俺……わたしは……」
「【
聞いたことの無い魔法をディアナが起動する。
ディアナの全身が何らかの紋様状に青白い光を放った。
次いで、膨大な魔力が渦を巻いてディアナから吹き上がった。
辺りの雪に渦を巻くような痕跡が穿たれる。
ディアナを取りまくのは、吐き気を催すほどに清らかな空気だ。うっかり気を抜いたら思わず目をそらしてしまいそうに強い威圧感をディアナが放っている。
異常としか言いようのない力がディアナに宿っていた。それが
――これは……この力は、
アンデッドとしての本能(と言うのも何か変だが)で
『こいつはヤバイ』と。
「あんた……何者だ? 本当にイリスかい? それともあたしが本当のイリスを知らなかったのかい?」
神人と化したディアナが銀の鞭を
魔力の余波で青白く輝くディアナの目には、僅かの誤魔化しも許さないという真剣さがあった。
「しょうが、ないか……」
あくまでジェスチャーだ。しかし、その指の動きに従って、
「な……!?」
見ていた3人が驚愕の表情を浮かべる。
身体が変質していく。身長は少し縮み、少し細く。緩いウェーブが掛かっていた金髪は輝くような銀髪に。自分では分からないが藤色の目も銀色に変じたはずだ。
切られた首の断面から、血液が逆流して吹き出していく。
それはゆるゆると流れを作り、宙に浮かび、そして呪いの赤刃を形作る。巨大なルビーを剣型に削り出したみたいな物体を。
そして、ちょっと茶目っ気を発揮したルネは、余った血でローブの裾に薔薇の紋章を描いた。
「銀髪銀目に……鮮血の薔薇!」
「そんな! まさか!」
ルネは、ただ憑依して乗っ取るだけなら誰が相手でもできる。
ただしそれが同年代の少女であるなら魂の魔力を最大限に発揮でき、また、いざという時に身体をアンデッドに作り替えて戦うこともできるのだ。
「“怨獄の薔薇姫”……!!」
デュラハンの姿となったルネを見て、三者三様に困惑する。
「じゃあイリスはどこに!」
「さっきまでここに」
ルネは剣を持った手で平たい胸をトントンと叩いた。
「イリスに取り憑いてたんだよ。魂はずっと身体の中で休眠状態になってたけど……
今、この身体をアンデッドとしての肉体に作り替えちゃったからね。死んだよ。イリスは」
その言葉が終わるかどうかのうち。
ベネディクトの目がギラリと光った。
「貴っ様アアアアアアアア!!」
「よせ、ベネディクト! 無理だ!!」
大剣に手を掛けてベネディクトが突進する。
だが白兵戦に長けるデュラハンの姿を取った今、重戦士であるベネディクトの突進は、ハエが止まりそうな速度に見えていた。
ルネは自ら一歩踏み込み、踊るように幾度も赤刃を振るった。
「がっ……!」
緋色の閃光がベネディクトを鎧ごと切り刻む。
細切れにされた鎧が剥がれ落ち、次いでベネディクトがドウと倒れた。
もはやピクリとも動かないベネディクトから流れ出た血が白い雪を紅く染めていった。
――なんだ。ちゃんと殺せるじゃないか、俺は。
どうやら心まで化け物になってしまったらしいな。
ルネはベネディクトを見下ろしてホッとしていた。……それは本当にホッとしているのだろうか?
ベネディクトが良い奴なのは知っている。イリスの立場を借りてほんの短い間ではあったが一緒に生活して好感を持ち、頼りがいのある相手だと思っていた。
だが今、ベネディクトを殺したルネの中にはワタボコリひとつ分の罪悪感すら存在しなかった。剣筋が鈍ることもなかった。
「ベネディクト!」
「落ち着きな、ヒュー。幸いウェサラはすぐそこだ。神殿に持ち込みゃ蘇生できる」
自分も飛び出していきそうだったヒューをディアナが制する。
高位の神官であれば蘇生魔法を行使できる。
ただし、色々と高価な触媒で成功率を上げなければまず成功しないし、死体の状態が悪かったり死後に時間が経つほど加速度的に成功率は下がっていく。特に深刻なのは時間の問題で、冒険者が死ぬのなんて大抵ダンジョン最深部だったりするから、仮に仲間が生き延びて蘇生のために死体を持ち帰っても戻ってくる間に取り返しが付かなくなっていたりするのだ。
街のすぐ近くで死んだこの状況はベネディクトにとって不幸中の幸いと言えるだろう。まあ、死体を持って帰るには残ったふたりで最強のアンデッドを撃退しなければならない、というのが不幸中の幸い中の不幸だが。
ちなみに、死体を損壊どころかアンデッドにされるという最悪の状態になったので、何らかの手段でルネの魂を消滅させたとしてもイリスの蘇生はおそらく不可能である。ベネディクトがブチ切れるのも当然だった。
「ありゃ何が起こってるんだ? 鎧がバターみたいに切られたぞ」
「あの剣、たぶん魔法攻撃だ。その鎧じゃ意味が無い。それ脱ぎな」
「マジか」
ディアナに言われてヒューは盾を投げ捨て、背中に手を回して何かをいじった。
重厚な鎧が何かの冗談のようにあっさり剥がれ落ち、その下から細マッチョ体型の肉体が現れる。
ヒューの鎧は頑丈だが、特定の手順でいじれば瞬時に脱ぎ捨てられるよう細工がしてあった。それはまさにこういう場合に備えての機能だ。
「
戦闘用のナイフを抜き放ち、ヒューは気障ったらしく笑う。
ヒューは元々|
防御が通用しない呪いの刃も、当たらなければダメージは無い。回避を重視する軽戦士スタイルの方が有効と見たわけだ。
「薔薇の姫君様。あんたはイリスの身体を奪って何をする気……あるいは何をしたんだい?」
ディアナが最後通牒を突きつけるかのように問いかける。
「ざっくり言うなら……これからこの国を滅ぼす。そのために必要なんで、ナイトパイソンを潰してきた所」
「そうかい。止めろって言っても止めてはくれないんだろうね」
「理不尽に対して怒るのは、誰かに任せておけばいい……
それがあなたの言葉だった。
だけど、この“怨獄の薔薇姫”が復讐を忘れたら誰が代わりに怒る? 誰が奴らを裁く?
痛みも絶望もたっぷり利子付けて返してやる。心穏やかにあの世へ行くなんて、まっぴら御免だ」
「ふーん。やっぱりあの時、もうイリスはイリスじゃなかったわけか」
ディアナは疲れ切ったように、あるいは苦悩するように首を振る。
そして顔を上げると、銀鞭を振るった。
その鞭は頼りない外見を裏切るほどに長く、鋭く伸び、突き出された槍のようにルネの隣を
「『復讐とは、
鞭が振るわれ、真っ直ぐに飛んだだけだ。
しかしただそれだけでエネルギーの余波が深く雪を抉り、ディアナから一直線に小さなハーフパイプを形成していた。
「可愛い女の子がそんな顔してるのを放ってはおけない。勝手なお節介だがあんたを止めてやろう。
あたしを舐めんじゃないよ、お姫様」