[1-58] ▼騎●騎▲王

文字数 3,911文字

「馬鹿者! あれを姫と呼ぶな! 豚の如き売国奴が雌犬を孕ませて生まれた化け物だ!!」
『も、申し訳ありません!』
「……状況はどうなっている!」
『スケルトンが担ぐ輿に乗り、南大通りを城門に向かってゆっくりと進行中! リッチやグールが周囲を固めています!』

 "怨獄の薔薇姫"……その名を聞いて作戦司令室の空気は一気に張り詰めた。
 敵将であり、この事態の元凶であり、敵の最大最高戦力だ。
 
 ここまでちょっかいを出してくる程度だった彼女が満を持して乗り込んできた。
 それは破滅的な最終攻撃の兆しであり、同時に、彼女を討ち取ることで九死に一生の勝利を掴む機会でもあった。

 * * *

 赤薔薇の軍旗が翻り、屍の兵たちは靴音も高らかに歩む。

 南街門から通じる大通りをアンデッドの軍勢が進んでいた。その中央にはルネの輿がある。
 主戦力は街壁の制圧に向けられているので、この行進に参加している兵の数は少ないが、それでも視覚的なインパクトは絶大だ。人にあらざる者たちが自らの軍旗を押し立て、白昼堂々王都の大通りを行進しているのだから。
 示威、と言うか挑発だった。

「第二の団長さんは捕まっちゃったみたいね。正直ここまでは期待してなかったわ」

 ルネは輿の傍らで馬のゾンビに騎乗しているアラスターに声を掛ける。
 連絡用の通話符(コーラー)は彼がまとめて持っていた。これから市街に再布陣するのだ。

「はい。今後の展開が大幅に楽になりましょう」

 アラスターが応じて頷く。
 バーティルが捕らえられたのはルネが感情察知で観測していた。ローレンスは未だに、南門を襲ったのがレブナントではなく裏切った第二騎士団員だと思っているのかも知れない。
 レブナントだとバレなければこのような結果になる可能性もあったが、『そんなに上手く行ったらラッキー』という程度の話だった。

「これでもう憚る必要も無いわよね」
『はい。住宅街に部隊を向かわせましょう』
「くれぐれも、余計な死人は出さないように」

 余計な死人を出さないのは、もちろん人道的配慮からではない。
 今後揺さぶりを掛けた際に有利とするための伏線。そして、やむを得ず市民を虐殺する場合に備え、ルネの心理的許容量(マージン)を残しておくためだ。残虐行為ゲージがMAXになると刃が鈍る。

 西側の逃げ道は未だに塞いでいない。フットワークの軽い市民は避難を開始しているが、それだけではなく傭兵や冒険者たちが逃げ出し始めていた。
 ルネはそれを、第一騎士団の騎士やヒルベルトや『今後必要になる奴ら』がこっそり逃げ出さないか監視だけさせて、後は逃げるに任せていた。

 今はまだ南門が破られたという情報が街に伝わりきっていないようだが、おそらく市民はもう騎士団の制止だの誘導など聞かず我先に西門から逃げ出そうとするだろう。西門から逃げられるという情報は、レブナント化した冒険者によって広めておいた。
 これは主に市街地に混乱を起こし、市街戦を有利に進めるためだった。だが騎士団が一気に城壁まで退却してしまったのでこれはちょっと無駄になってしまった。
 まあ、騎士団に雇われた冒険者や傭兵はしっかり敗走してくれているようなので良しとする。

 戦いはいよいよ大詰めだった。

 王都を破壊するだけならルネには容易かったが、そんな大雑把な戦いではローレンスを殺せないし、おそらくヒルベルトにも逃げられてしまう。
 だからこそルネは、手足をもぐように真綿で首を絞めるように追い込んでいった。
 後はローレンスを確実に殺しヒルベルトを仕留める。そのためにはなお、策が必要だった。

「んー、第二騎士団は第一騎士団と削り合って欲しかったんだけど、もう厳しそうね。引き離せただけでよしとするわ」
「はっ。後は第二騎士団を自壊させ、無力化するべきと思われますが」
「そうね。もうやっちゃっていいかしら。神殿でアンデッドチェックやるみたいだし……検品済みの騎士が第一に合流されても面倒だものね」

 第二騎士団の騎士はルネにとって、そこまで積極的に殺したい相手ではない。
 だが『優秀な騎士を材料にした優秀なアンデッド兵を作って戦力を増強するため』そして『ローレンスの指揮下で敵に回る可能性を潰すため』という目的があるなら、別に殺したところで心は痛まなかった。

 ルネは思念でアンデッド達に命令を下す。合図の代わりにパチン、と指を鳴らした。

「レブナントなんて居るわけないじゃないの。みんな大げさね」
「……なんでございましょうか、そのセリフは」
「なんかこう言わなきゃいけない気がしたの」
「左様でございますか」

 ルネが第二騎士団の中に作ったレブナントは、門塔を襲撃させたものだけではなかった。

 * * *

 騎士たちが市街を駆ける。
 雪崩のように押し寄せるアンデッドから逃げて。恐怖から逃げて。
 10人ばかりの小部隊。彼らは皆、第二騎士団の者だ。

 アンデッド兵は第二騎士団に手を出さないと聞いている。
 それは確かに事実だったが、いつまでも安全とは思えない。押し寄せるアンデッド雪崩のド真ん中に残って度胸試しをしたいと言う奇人変人は居なかった。

 団長バーティルとの連絡は途絶えている。代わりに第一騎士団長から撤退の命令があり、大神殿で検査を受けるようにとも命じられた。
 第二騎士団にレブナントが入り込んでいたと言うのだ。それを神殿の神官に見分けさせ、駆除する。然る後に神殿で治療を受けている騎士や神官たちを回収し、王城まで後退する……
 言うは易し、だ。迫り来るアンデッドから逃げ切れるかさえ分からないのに、内部に入り込んだアンデッドを探して駆除する? さらに負傷者や非戦闘員を連れて城まで逃げる? 無茶苦茶だ。上手く行く気がしない。こんな時に団長殿(バーティル)であれば良い策を出してくれそうなものだが、何度呼びかけても通話符(コーラー)は通じなかった。アンデッド達に殺されたのか、あるいは。

 もはや誰もが、神経にヤスリを掛けられているような極限状態だった。
 あるいは針一本で突けば破裂する、膨らみきったバルーンラットの腹のような……

「……と、待てっ!」

 隊長が部下達に呼びかける。横合いから足音が接近しているのに気付いたのだ。

 ガチャ付く鎧の音、金属質な足音。
 角を曲がって姿を現したのは、アンデッドの軍勢ではなく第二騎士団の別部隊だった。向こうも一瞬驚いた顔をして、それからほっとした様子になる。

「無事か、お前ら!」
「そっちこそ!」
「まあ、なんとかな」

 人数が増えればそれだけ心強い。
 張り詰めていた緊張の糸が、ふと緩んだような一瞬だった。

 だが。

「そ、そいつ……! そいつ、アンデッドだ!!」

 合流した魔術師が、騎士のひとりを指差して叫んだ。

「……え?」

 名指しされた騎士は何の事か分からないという様子だ。
 だが魔術師の脅えようは尋常ではない。

「お、お、おい待てよ! 悪い冗談は――」
「近寄るな! 俺の目は誤魔化せないぞ! みんな気をつけろ!」

 言って、魔術師は杖を構えると即座に詠唱を開始した。

「てめえ、さては……!」

 レブナント容疑を掛けられた騎士が剣を抜き、魔術師に斬りかかる。
 だがそこに、別の騎士がふたり、割って入った。

「させるか!」

 剣と剣が打ち合わされて鳴り、切り結んだのはほんの二合。
 2対1では圧倒的不利だった。

「ぎゃああああ!!」

 防具の隙間から首を突き刺され、告発を受けた騎士が倒れる。

「な、なあ……本当にこっちがレブナントでよかったのか……?」

 別の騎士が、ぽつりと言った。
 それを聞いた全員が殺気立ち、剣に手を掛けて他の者たちを警戒し始めた。

 どこか近くの別の場所からも『レブナントが居るぞ!』という声が聞こえていた。

 * * *

『第二騎士団内で同士討ちが始まっています……』
「はあ?」

 押し殺した声の報告を聞き、ローレンスは耳を疑った。予想の斜め下を行く事態だ。
 通信の相手は第二騎士団の隊長のひとりである。

『レブナントを探してお互い殺し合っているんです!
 ほ、本当にレブナントだけが狙われているのかは分かりません。皆殺気立っていて……! あるいは、もしかしたら本物のレブナントが偽の告発をしているという可能性も……』
「だったら早く神殿へ行って神官に調べさせればいいだろう!」
『神殿を中心に混乱が広がっているんです! 第二騎士団が小隊ごとに移動して神殿へ向かっていたので、周囲に第二騎士団員が集まっていて! 乱闘の中を抜けて行かないと神殿に辿り着けません!
 このままでは『居たぞ! レブナントだ!』ぎゃああああっ!!』

 悲鳴、そして声は途絶える。
 ローレンスは苛立ちのままに通話符(コーラー)を握り潰した。

「第二騎士団め……団長が団長なら団員も団員か。馬鹿者どもが……!」

 そう言ってから、ローレンスは思い直す。
 こんな頭の悪い連中は最初から戦力にならなかったと考えるべきだ。むしろ、土壇場で守りに穴が開くよりも最終決戦の前に消えてくれて助かったのだと。

 だが数の不利はいよいよ決定的だ。対してアンデッドは更に増えていくはず。
 かくなる上は最後の手段に望みを託すより他にない。

「王よ、私が奴めを討ち果たして参ります!」
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