[1-15] 歩く死亡フラグとならずもの達

文字数 3,783文字

 イリス(ルネ)は辺りの感情を探りながら街を歩く。
 冷たい敵意は一定の距離を開け、イリス(ルネ)を追跡するような動きを見せていた。

 ――俺狙いか? こいつはいきなり大当たりかも知れんな。

 だがこの状況でイリス(ルネ)を狙ってくる理由は何か。
 伯爵が“竜の喉笛”に仕事を依頼したと既に掴んでいるのか、でなければ……中身(ルネ)が目当てか。
 何にせよ、目的を確かめなければならない。

 ――衆人環視の中でってのは避けたいな。ディアナに話が伝わっちゃいそうだ。なら……誘ってみるか。

 イリス(ルネ)は敢えて人気の無い細い通りの方へと入って行った。
 追跡者は速度を上げ、急激に接近してくる。これを好機と見て仕掛けてくるつもりらしい。

 イリス(ルネ)はなんとなく、あの騎士たちとは違うかなという気がした。
 正義に狂った彼らなら、むしろ公衆の面前で堂々と戦いを挑んできそうだ。
 わざわざ人気の無いところで仕掛けてくるというのは……

「だぁれ?」

 足を止め、イリス(ルネ)は振り返った。

 ありふれた旅装の男がふたり。イリス(ルネ)を前にしてなお、彼らはフラットな敵意を保っていた。恐れも怒りも侮りも無い。ただ『攻撃する』という冷たい意思を感じる。

 腰の後ろに手を回したイリス(ルネ)は、指で印を組んで詠唱の代わりにし、いくつかの持続型強化(バフ)を自身に重ね掛けした。
 やってることは一見地味だが、これでは高い魔力がないとまともな威力の魔法にならない。実は高等技能だ。

「わたしに何かご用ですか?」
「伯爵の一件から手を引け」

 男の片方が威圧的に言い放った。

 これを聞いたイリス(ルネ)は内心ガッツポーズ。『ルネ』の居場所がバレたわけではなかったのだ。
 おまけにナイトパイソンの手がかりが自分から飛び込んできた。カモがネギだけでなく鍋と出汁まで背負ってきたのである。

 わざわざ脅した後で男たちは剣を抜く。
 警告のため痛い目に遭わせ、生かして返す気なのか。それとも死んだら死んだで、仲間の所に首でも送りつける気なのか。

 すり足でじりじりと距離を詰めてくる男たち。イリス(ルネ)は杖を構えて後ずさりつつ、男たちをどう料理するか考えていた。
 とりあえず、イリスがイリスでないと気付かれそうな行動はなるべく止めておく。その上でできそうなことは、魔法で撃退して逃げ帰ってもらい、それを追いかけるくらいか。
 街から出ればかえって目立つ。街の中のアジトに逃げ込む気ではないだろうか。

 ――ベネディクトの鼻が厄介なんだよな。返り血浴びなくても、この距離で俺が血を見ればたぶん『見知らぬ男の血のニオイがする』って気がついちまう。すると手足をぶっちぎるのもNG……おい、なんだこの無理ゲーな縛りプレイ。

 実は≪消臭(デオドラント)≫という魔法もあるのだが、魔法で脱臭した状態で帰ったらそれはそれで何か怪しまれそうだ。ベネディクトの鼻に引っかからないやり方で現状を切り抜けねばならない。
 手持ちの、つまり『イリス』が普段使っている攻撃魔法を見ても、やられた相手が出血しそうなものは多い。火属性魔法に至っては人体の焼けるニオイがこちらに付いてしまう。ニオイを残さず、戦った痕跡も無く、こいつらを処理するには……

 ――あれで行くか。

 距離があるうちにイリス(ルネ)は魔法を使う。

「≪凍枷(アイスロック)≫」

 凍てつく冷気がふたりに向かって迸る。

 その魔法は、通らない。魔力が弾かれる感触があった。
 男たちが魔法に抵抗したのではない。護符だ。

 この世界には、魔法を防御する使い捨てのマジックアイテムが存在する。
 『護符』と呼ばれるそれは、持ち主の身代わりとなって魔法を防いでくれるのだ。

 ――……やっぱり持ってたか! 魔術師(ウィザード)の相手しに来るんだから、そりゃ持ってるよな。

 おそらくふたりの作戦は、護符で防御している間にイリス(ルネ)を捕らえるというもの。
 イリス(ルネ)が動いたのを見て、男ふたりは一気に距離を詰めてくる。

「≪凍枷(アイスロック)≫……≪凍枷(アイスロック)≫! ≪凍枷(アイスロック)≫!」

 迫るふたりに向け、詠唱を破棄して小刻みに魔法を叩き込むイリス(ルネ)
 感触が変わったと思った瞬間、イリス(ルネ)は一気に魔法の()()()()()、本来の『イリス』に近い威力で魔法を撃った。

「≪凍枷(アイスロック)≫!」

 もはやふたりの刺客を守っていた護符は力を失い、その手に霜が落ちる。
 そして。

「げえっ!」

 ガギン! と音を立てて、ふたりの腕が氷で覆われた。
 さらに両腕の氷が磁石のようにお互い引き合い、癒着してひとつの枷と変ずる。

 低級の水属性元素魔法、≪凍枷(アイスロック)≫。氷の枷を生みだして相手を拘束する魔法だ。
 あくまでダメージを与えず敵を拘束するための魔法だが、放っておけばじわじわと凍傷が重くなり、やがては手が壊死するという、それはそれで怖い魔法。

 腕を封じられたふたりはイリス(ルネ)を前に立ちすくむ。
 予想外の事態に次どうすれば良いか判断しかねている様子だった。

 ――よし! 護符が不良品だったと思ってくれ!!

 イリス(ルネ)は今、本来の魔力を発揮して一気に護符を焼き切ったのだ。そして防御を剥がした後に、怪しまれない程度の魔力で拘束した。
 これならばちょっとは妙に思われても、まさか中身が最強のアンデッドであるなんて疑われはしないだろう。

 ――さて、『腕を拘束されたのでカポエイラで戦います』とか言わないよね?

 あるいは腕をちぎる覚悟なら、手枷の氷塊を叩き付けて戦うこともできるだろう。しかし、そこまで捨て身でバトる気は無かったようで、ふたりはあっさり踵を返して逃げを打ち、瞬く間に姿を消した。
 より細い道の奥へと駆け込んでいく。その動きは素早い。追いかけっこで追いつくのは難しそうだ。だが、気分や感情を読み取るアビススピリットの力があれば追跡は容易だ。

 イリス(ルネ)は精神を集中し、探査領域を可能な限り広げた。
 エルタレフはそこまで広い街でもない。イリス(ルネ)が本気を出せば、その半分くらいは認識下に収められる。
 ノイズ画面のように大量の感情が蠢いている様をイリス(ルネ)は知覚する。無関係な人々を無視し、逃げていくふたりに焦点を合わせた。

 襲撃を諦めたからか、もはや敵意は消え失せている。僅かに戸惑い、僅かに不可解に思い、僅かに恐怖している。腕を氷の枷に閉ざされているせいか苦痛も読み取れる。

 しばし立ち止まったかと思うと、ふたりから苦痛の感情が消えた。
 刺客たちは魔法を使えないようだったが、だとしたら回復用のポーションくらいは持っているだろう。距離を取って隠れたところで回復したと思われる。

 ――撒いたつもりか。ご苦労さん。で、逃げる先は……

 この街に領内を統括する冒険者ギルドの支部があるように、ナイトパイソンにも何らかの拠点があるはずなのだ。

 害虫は巣穴から叩くのが一番。イリス(ルネ)は彼らが逃げていく先を探った。

 * * *

 アダンとヨナスは仮の拠点としている集合住宅の一室に戻ってくるなり、壁に背を付けてへたり込んだ。

 荒い息だけがうるさく響き合う沈黙。やがて口を開いたのはアダンだ。

「失敗した……」

 ヨナスは黙ったままだ。そんなことはアダンが言うまでもなく分かっている。
 アダンは懐から金属片を取り出し、ぞんざいに床の上に放り投げる。
 金のような輝きを持つそれは、しかし全体的に黒ずんでおり、焼き焦がされたように白煙を上げていた。
 これが護符。魔法を一時的に防御する使い捨てのアイテムだ。

 相手は第四等級(ガード)魔術師(ウィザード)。多少面倒な仕事だとは思っていたが、護符で魔法を耐えている間に捕まえてしまえばいいだけだった。
 だが、想定していた猶予の四分の一の時間ももたず護符は破られてしまった。
 いくら第四等級(ガード)と言えど、所詮はガキ。まさかこれほどの魔力を持っているはずがない。とすると……

「ナイトパイソンの連中、中古品を渡しやがったな」
「だろうな、畜生め」

 吐き捨てるようにアダンが言って、ヨナスも同意した。既にいくらか使われて、耐久力の減っている護符を支給されたと思ったのだ。

 ふたりはあくまで金で汚い仕事を請けているだけの立場。
 気になるのは報酬と、任務の失敗によるペナルティだ。失敗の原因がナイトパイソン側にあるなら交渉で強く出られる。むしろ、命の(もしくは逮捕の)危険に晒されたことで貸しを作れるとも思っていた。
 だとしたらそれでよし。この失敗でナイトパイソンが困ろうとも知ったことではない。

「次の連絡は今夜だったな?」
「ああ、いつもの場所だ」
「分かった。それまで交代で休むぞ」

 ふたりは頷き合った。捕捉されているとは夢にも思わずに。
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