[1-62] ジェノサイド・トラップ
文字数 4,776文字
ルネは、傷ついた肉体を脱ぎ捨てた。
「なに!?」
先程までルネの肉体だったものはたちまち、ウェーブが掛かった金髪と藤色の目を持つ少女の斬首・刺殺体と変ずる。
そこから飛び出したルネを見てローレンスが驚愕の声を上げた。
半透明の霊体は、ルネ本来の身体に白く繊細な装飾のドレスをまとった姿だ。
これが"怨獄の薔薇姫"の本体。最高位の霊体系アンデッド・アビススピリットとしての姿である。
踵を返し(と言うか宙に浮いているのだが)、ルネはローレンスと距離を取る。
「おのれ、そうやって逃げていたのか!」
即座にローレンスは追撃の『天断』を放った。
霊体とは言え、≪聖別 ≫を施した剣であればダメージを与えられる。
だが。
「≪対抗呪文結界 ≫」
「くっ……!」
魔力の泡がルネの霊体を包み、その表面で聖気の光がはじけた。
霊体系のアンデッドにダメージを通せるのは聖気をはじめとした特殊な魔法のみ。詰まるところ魔法ダメージだ。
だが『魔力 が続く限り魔法ダメージを完全にシャットアウトする防御魔法』というのがこの世界には存在する。
≪対抗呪文結界 ≫。
魔力を垂れ流して敵の魔法を相殺するという、恐ろしく燃費の悪い防御魔法だが、しかしそれをルネが使えば強大なタフネスとなる。遅れて放たれた神聖魔法もルネには届かない。
そして、スケルトンに捕らえられた少女のもとへ駆け寄った(と言うか宙に浮いているのだが)ルネは、抱擁するように手を広げ、飛びついた。
相手は最初に自己紹介をしたジリアンという少女だ。
「あ……」
ルネの手がジリアンに触れる。そして。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
悲鳴などという可愛いものではない、断末魔の雄叫びとしか言いようのない声がジリアンの喉から奔り出た。
ルネがジリアンに溶け行くにつれ、リンゴのように赤かった目も、闇夜のように黒かった髪も、銀の輝きへと変じていく。
細い首が血を吹き、転げ落ち、それを左手が掴み取る。右手が宙にかざされると、首から吹きだした血がゆるゆると剣の形になり、手の中に収まる。余った血が払われ、ドレスに鮮血の赤薔薇を刻んだ。
ジリアンの肉体はルネの姿となり、ルネのものになっていた。
「ジリアン……?」
「い、いやああああっ!!」
騎士のひとりが呆然と盾を取り落とし、捕まっていた別の少女が己の運命を悟った様子で絶望の悲鳴を上げた。
「安心しなさい、少女たち。たとえ『死』という結果が同じでも、わたしが受けた苦痛の100分の1も味わうことはないはずだから」
そう言ってはみたが、とらわれの少女たちは悲鳴を上げるなり泣くなりしていてルネの言葉を聞いているかも定かではない。
さしものローレンスも衝撃を受けた様子で立ち尽くしていた。
「き、貴様……なんという事を……!」
「って言うかコレ、微妙に不愉快ね……わたしがお漏らししちゃったみたいじゃない……」
ルネは冷たく濡れて張り付く下着をスカート越しにちょっと引っ張る。
ジリアンがルネに脅されて失禁した痕跡だった。
「さ、第二ラウンドと行きましょ。まだ犠牲者を出したいのなら、ね」
「ぐううっ!!
……おそらく、肉体を破壊した後に出てくる霊魂が奴の本体だ! 次の肉体を手に入れる前に神聖魔法で破壊すればいい!」
「正解。でも、できるのかしら?」
指示を飛ばすローレンスだったが、それができるなら苦労しない。
霊体状態のルネをどうにかしようと思ったら、まず魔力が尽きるまで魔法攻撃を叩き込まなければならないのだ。
「さあ、みんなもう一度考えてみて頂戴。
わたしだってこんな真似はしたくないのよ。あなた達が死んでくれるなら、今すぐにでも残りの子は解放するわ。わたしは復讐の過程で必要とあらば乳飲み子も老人も殺すけれど、徒 に死人を増やすのは趣味じゃないの。
そんなにわたしが信じられない? この戦いで市民の犠牲者が出ていないのは気付いてるでしょ?」
「奴の言葉に耳を貸すな!!」
ローレンスがルネの言葉にかぶせるように怒鳴る。
ルネだって、こんな言葉が聞き入れられるとは思っていない。と言うか大嘘である。第一騎士団員の血を分けた娘である彼女らは、『(抹殺対象寄りの)辛うじてどうでもいい』。
降伏を呼びかけているのは、ただの伏線だ。騎士たちの心に楔を打ち込むだけの伏線だ。少女たちを助ける道があるのだはないか、あったのではないか、王とローレンスを見捨てれば自分の家族だけは守れるのではないかと思わせるための。
感情察知の力が、動揺を伝える。
「まあ騎士団長さえ殺せば残りはザコばっかりだし、スペアボディーはもう要らないかしらね」
聞こえよがしな独り言を言ってから、ルネはローレンスめがけて駆け出した。
迎え撃つローレンスの三歩手前で≪短距離転移 ≫を使い、一気に距離を詰める。
それをローレンスは……
――避けない!?
否、避けた。最小限の動きで急所だけ外した。
赤刃がローレンスの鎧を貫き、左肩にめり込む。だが、その時には。
「らあああああああっ!!」
剣を突き立てていると言う事は、そこにルネが居ると言うことだ。
テイラアユルの一撃がルネの胴体を両断していた。
肩を貫いた赤刃が、霧散する。傷口は『亀の陣』から飛んできた回復魔法ですぐに塞がった。
――捨て身! いくら回復があるからって無茶な真似を!
「≪対抗呪文結界 ≫!」
ジリアンの肉体を捨ててルネの本体が飛び出した。
すぐにまた防御の魔法を張る。
「今だ、やれっ!」
「≪閃光 ≫!」
「≪聖光の矢 ≫!」
「≪光梯投射 ≫!」
そこに≪聖別 ≫を受けた『天断』が、炎の攻撃魔法が、神聖魔法の編み出す裁きの光が迫る。
魔力の爆発が巻き起こった。
荒れ狂う光の余波が聖なる風となって辺りを吹き払う。
しかし、ルネは無傷だった。魔法攻撃の雨の中を突っ切り、ふたり目の犠牲者に手を伸ばす。
「いっ……ぎいいいいいいいい!!」
断末魔の叫びと共に少女の姿はルネのものとなり、カントリー趣味なワンピースのスカートに鮮血の薔薇が刻まれる。
「……で、次はどうするの?
先に言っておくけど、わたしはこの子たちを取り返されるくらいなら普通に人質として殺すからね」
ルネが問うとローレンスは、ギリ、と奥歯を噛みしめた。
テイラアユルの蒼銀色の刃には禍々しい色合いの血がべっとりと塗りつけられていた。先程 の身体を破壊される時にルネが使った≪恨みの返り血 ≫だ。刃に纏う聖気が相殺され、弱まっている。ローレンスは勝負を急ぐあまり、返り血を浴びない『天断』ではなく直接斬り付けてしまったのだ。
騎士たちから絶望のニオイが漂い始め、ルネは思わず嬌声を上げてしまいそうだった。嘆きや絶望を『甘く』感じるのはアビススピリットの性 だ。
「人質を……攻撃せよ!」
思い詰めた様子でローレンスは命じた。
「団長殿!」
「そんな!」
「そうするより他に無い……都合良くアンデッドだけを倒して人質を救えると思うか」
さすがにこれはローレンスも血を吐くような口調だった。
人質を抱えているスケルトンを首尾良く倒せたとしても、それは戦いの場を取り巻く千を越える軍勢の先頭に立っているだけなのだ。背後に控える兵がすぐに穴を埋めに来るだろう。
アンデッド兵たちはルネがピンチに陥ろうと助けすらせず、じっと待機を続けている。そこに付け入る隙は無い。
≪聖域結界 ≫のように人族には効かない魔法を使って、近くのアンデッドをまとめて無力化できれば救出できるかも知れない。
だが、いずれの魔法を使うとしても対象数・範囲の面で厳しい。簡易的にでも儀式魔法化して威力と効果範囲を高める必要がある。
魔術師たちが魔法の準備に掛かりきりになれば、その間にルネがローレンスを殺すだろう。
人質は見捨てるのが最善。そして、ルネに身体を使わせないためには先んじて破 壊 するのが合理的判断なのだ。
「えぇーっと、だからあなた達が死んでくれるなら――」
「≪爆炎火球(ファイアーボール)≫!」
並んだ盾の隙間から杖が突き出され、火の玉が飛ぶ。
標的は……ルネではない。
スケルトンに囚われた少女たち目がけて。
「≪断流風瀑 ≫!」
ルネが防御の魔法を使い、渦巻く風の障壁が炎を遮った。
ファイアーボールは着弾寸前で弾け飛んだ。
「……何すんのよ」
騎士が人質(もしくは残機)を殺そうとして、ルネがそれを防いだ形である。
状況だけ見れば、まるであべこべだ。
杖を突き出して魔法を放ったローブ姿の男は、血が出るほどに唇をかんで悲壮な顔つきで少女の方を睨んでいた。
「わ、私の……! 私の娘は今死んだ! 万民のためぞ! 躊躇えば躊躇うだけ勝機は遠のく!」
「お父さん!?」
狙われた少女は涙声で叫ぶ。
「そんな! やめて、助けてお父さん!!」
「許せ……許せ……」
愁嘆場を演じはじめた親子だったが、父の周囲の騎士たちがざわめき出す。
「おい何勝手なことをしてるんだ!」
「娘が、俺の娘が居るんだ!」
「お前たちこそ何だ、これは団長殿のご命令だぞ!」
騎士たちが揉め始めた。
「自分の子どもが居ないからそんな事が言えるんだ!」
「家族より国の命だろう!」
「騎士ならば団長の命令には従うべきと……」
「殺さずに助ける方法を探すんだ」
「陛下のご恩を忘れたか!」
「ここで奴を倒さなければより多くの人々が死ぬぞ!」
敵 の前でありながら侃々諤々と、陣が歪むような騒ぎになる。
彼らは皆、必死だった。ただし何に対して必死になるかの優先順位は人によって違い、命の瀬戸際たる極限状態においてその違いが露わになっていた。
「やむを得ん……!」
騒ぎを見て、ローレンスが動いた。
ルネの方に踏み込んできた。
――『天断』……! 薙ぎ払う気だ!
このままでは味方が総崩れになると見て取り、ローレンス自ら片を付けに来た。
とにかく斬ってしまえば取り返しが付かないのだから論争は収まる。それで戦意喪失する者が出たとしても崩れるよりはマシというわけだ。
ローレンスの判断はおそらく正しい。ルネは騎士たちの感情が暴走しつつあるのを感じていた。
「……≪耐衝障壁 ≫!」
ルネは魔法で光の壁を作り出す。
ルネを中心に扇状にそそり立ち広範囲に張り巡らされた壁は、ローレンスの『天断』から少女たちを守る配置だ。
テイラアユルを振りかぶったローレンスは……止まらない。
力尽くで防御を貫く心算らしい。
強烈な踏み込み。
そして。
テイラアユルが振り抜かれるその瞬間にルネは≪耐衝障壁 ≫の強度を弱め、ハリボテレベルに変えた。
光の壁が、無残に砕け割れる。
ローレンスの一振りで100近いアンデッドが吹き飛んだ。
もちろん、アンデッド兵に抱えられていた少女たちも。
……ルネさえも。
「なに!?」
先程までルネの肉体だったものはたちまち、ウェーブが掛かった金髪と藤色の目を持つ少女の斬首・刺殺体と変ずる。
そこから飛び出したルネを見てローレンスが驚愕の声を上げた。
半透明の霊体は、ルネ本来の身体に白く繊細な装飾のドレスをまとった姿だ。
これが"怨獄の薔薇姫"の本体。最高位の霊体系アンデッド・アビススピリットとしての姿である。
踵を返し(と言うか宙に浮いているのだが)、ルネはローレンスと距離を取る。
「おのれ、そうやって逃げていたのか!」
即座にローレンスは追撃の『天断』を放った。
霊体とは言え、≪
だが。
「≪
「くっ……!」
魔力の泡がルネの霊体を包み、その表面で聖気の光がはじけた。
霊体系のアンデッドにダメージを通せるのは聖気をはじめとした特殊な魔法のみ。詰まるところ魔法ダメージだ。
だが『
≪
魔力を垂れ流して敵の魔法を相殺するという、恐ろしく燃費の悪い防御魔法だが、しかしそれをルネが使えば強大なタフネスとなる。遅れて放たれた神聖魔法もルネには届かない。
そして、スケルトンに捕らえられた少女のもとへ駆け寄った(と言うか宙に浮いているのだが)ルネは、抱擁するように手を広げ、飛びついた。
相手は最初に自己紹介をしたジリアンという少女だ。
「あ……」
ルネの手がジリアンに触れる。そして。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
悲鳴などという可愛いものではない、断末魔の雄叫びとしか言いようのない声がジリアンの喉から奔り出た。
ルネがジリアンに溶け行くにつれ、リンゴのように赤かった目も、闇夜のように黒かった髪も、銀の輝きへと変じていく。
細い首が血を吹き、転げ落ち、それを左手が掴み取る。右手が宙にかざされると、首から吹きだした血がゆるゆると剣の形になり、手の中に収まる。余った血が払われ、ドレスに鮮血の赤薔薇を刻んだ。
ジリアンの肉体はルネの姿となり、ルネのものになっていた。
「ジリアン……?」
「い、いやああああっ!!」
騎士のひとりが呆然と盾を取り落とし、捕まっていた別の少女が己の運命を悟った様子で絶望の悲鳴を上げた。
「安心しなさい、少女たち。たとえ『死』という結果が同じでも、わたしが受けた苦痛の100分の1も味わうことはないはずだから」
そう言ってはみたが、とらわれの少女たちは悲鳴を上げるなり泣くなりしていてルネの言葉を聞いているかも定かではない。
さしものローレンスも衝撃を受けた様子で立ち尽くしていた。
「き、貴様……なんという事を……!」
「って言うかコレ、微妙に不愉快ね……わたしがお漏らししちゃったみたいじゃない……」
ルネは冷たく濡れて張り付く下着をスカート越しにちょっと引っ張る。
ジリアンがルネに脅されて失禁した痕跡だった。
「さ、第二ラウンドと行きましょ。まだ犠牲者を出したいのなら、ね」
「ぐううっ!!
……おそらく、肉体を破壊した後に出てくる霊魂が奴の本体だ! 次の肉体を手に入れる前に神聖魔法で破壊すればいい!」
「正解。でも、できるのかしら?」
指示を飛ばすローレンスだったが、それができるなら苦労しない。
霊体状態のルネをどうにかしようと思ったら、まず魔力が尽きるまで魔法攻撃を叩き込まなければならないのだ。
「さあ、みんなもう一度考えてみて頂戴。
わたしだってこんな真似はしたくないのよ。あなた達が死んでくれるなら、今すぐにでも残りの子は解放するわ。わたしは復讐の過程で必要とあらば乳飲み子も老人も殺すけれど、
そんなにわたしが信じられない? この戦いで市民の犠牲者が出ていないのは気付いてるでしょ?」
「奴の言葉に耳を貸すな!!」
ローレンスがルネの言葉にかぶせるように怒鳴る。
ルネだって、こんな言葉が聞き入れられるとは思っていない。と言うか大嘘である。第一騎士団員の血を分けた娘である彼女らは、『(抹殺対象寄りの)辛うじてどうでもいい』。
降伏を呼びかけているのは、ただの伏線だ。騎士たちの心に楔を打ち込むだけの伏線だ。少女たちを助ける道があるのだはないか、あったのではないか、王とローレンスを見捨てれば自分の家族だけは守れるのではないかと思わせるための。
感情察知の力が、動揺を伝える。
「まあ騎士団長さえ殺せば残りはザコばっかりだし、スペアボディーはもう要らないかしらね」
聞こえよがしな独り言を言ってから、ルネはローレンスめがけて駆け出した。
迎え撃つローレンスの三歩手前で≪
それをローレンスは……
――避けない!?
否、避けた。最小限の動きで急所だけ外した。
赤刃がローレンスの鎧を貫き、左肩にめり込む。だが、その時には。
「らあああああああっ!!」
剣を突き立てていると言う事は、そこにルネが居ると言うことだ。
テイラアユルの一撃がルネの胴体を両断していた。
肩を貫いた赤刃が、霧散する。傷口は『亀の陣』から飛んできた回復魔法ですぐに塞がった。
――捨て身! いくら回復があるからって無茶な真似を!
「≪
ジリアンの肉体を捨ててルネの本体が飛び出した。
すぐにまた防御の魔法を張る。
「今だ、やれっ!」
「≪
「≪
「≪
そこに≪
魔力の爆発が巻き起こった。
荒れ狂う光の余波が聖なる風となって辺りを吹き払う。
しかし、ルネは無傷だった。魔法攻撃の雨の中を突っ切り、ふたり目の犠牲者に手を伸ばす。
「いっ……ぎいいいいいいいい!!」
断末魔の叫びと共に少女の姿はルネのものとなり、カントリー趣味なワンピースのスカートに鮮血の薔薇が刻まれる。
「……で、次はどうするの?
先に言っておくけど、わたしはこの子たちを取り返されるくらいなら普通に人質として殺すからね」
ルネが問うとローレンスは、ギリ、と奥歯を噛みしめた。
テイラアユルの蒼銀色の刃には禍々しい色合いの血がべっとりと塗りつけられていた。
騎士たちから絶望のニオイが漂い始め、ルネは思わず嬌声を上げてしまいそうだった。嘆きや絶望を『甘く』感じるのはアビススピリットの
「人質を……攻撃せよ!」
思い詰めた様子でローレンスは命じた。
「団長殿!」
「そんな!」
「そうするより他に無い……都合良くアンデッドだけを倒して人質を救えると思うか」
さすがにこれはローレンスも血を吐くような口調だった。
人質を抱えているスケルトンを首尾良く倒せたとしても、それは戦いの場を取り巻く千を越える軍勢の先頭に立っているだけなのだ。背後に控える兵がすぐに穴を埋めに来るだろう。
アンデッド兵たちはルネがピンチに陥ろうと助けすらせず、じっと待機を続けている。そこに付け入る隙は無い。
≪
だが、いずれの魔法を使うとしても対象数・範囲の面で厳しい。簡易的にでも儀式魔法化して威力と効果範囲を高める必要がある。
魔術師たちが魔法の準備に掛かりきりになれば、その間にルネがローレンスを殺すだろう。
人質は見捨てるのが最善。そして、ルネに身体を使わせないためには先んじて
「えぇーっと、だからあなた達が死んでくれるなら――」
「≪爆炎火球(ファイアーボール)≫!」
並んだ盾の隙間から杖が突き出され、火の玉が飛ぶ。
標的は……ルネではない。
スケルトンに囚われた少女たち目がけて。
「≪
ルネが防御の魔法を使い、渦巻く風の障壁が炎を遮った。
ファイアーボールは着弾寸前で弾け飛んだ。
「……何すんのよ」
騎士が人質(もしくは残機)を殺そうとして、ルネがそれを防いだ形である。
状況だけ見れば、まるであべこべだ。
杖を突き出して魔法を放ったローブ姿の男は、血が出るほどに唇をかんで悲壮な顔つきで少女の方を睨んでいた。
「わ、私の……! 私の娘は今死んだ! 万民のためぞ! 躊躇えば躊躇うだけ勝機は遠のく!」
「お父さん!?」
狙われた少女は涙声で叫ぶ。
「そんな! やめて、助けてお父さん!!」
「許せ……許せ……」
愁嘆場を演じはじめた親子だったが、父の周囲の騎士たちがざわめき出す。
「おい何勝手なことをしてるんだ!」
「娘が、俺の娘が居るんだ!」
「お前たちこそ何だ、これは団長殿のご命令だぞ!」
騎士たちが揉め始めた。
「自分の子どもが居ないからそんな事が言えるんだ!」
「家族より国の命だろう!」
「騎士ならば団長の命令には従うべきと……」
「殺さずに助ける方法を探すんだ」
「陛下のご恩を忘れたか!」
「ここで奴を倒さなければより多くの人々が死ぬぞ!」
彼らは皆、必死だった。ただし何に対して必死になるかの優先順位は人によって違い、命の瀬戸際たる極限状態においてその違いが露わになっていた。
「やむを得ん……!」
騒ぎを見て、ローレンスが動いた。
ルネの方に踏み込んできた。
――『天断』……! 薙ぎ払う気だ!
このままでは味方が総崩れになると見て取り、ローレンス自ら片を付けに来た。
とにかく斬ってしまえば取り返しが付かないのだから論争は収まる。それで戦意喪失する者が出たとしても崩れるよりはマシというわけだ。
ローレンスの判断はおそらく正しい。ルネは騎士たちの感情が暴走しつつあるのを感じていた。
「……≪
ルネは魔法で光の壁を作り出す。
ルネを中心に扇状にそそり立ち広範囲に張り巡らされた壁は、ローレンスの『天断』から少女たちを守る配置だ。
テイラアユルを振りかぶったローレンスは……止まらない。
力尽くで防御を貫く心算らしい。
強烈な踏み込み。
そして。
テイラアユルが振り抜かれるその瞬間にルネは≪
光の壁が、無残に砕け割れる。
ローレンスの一振りで100近いアンデッドが吹き飛んだ。
もちろん、アンデッド兵に抱えられていた少女たちも。
……ルネさえも。