[1-33] ショートワープでカメラを躱すのは怨霊の嗜み
文字数 3,970文字
「ルネ……!?」
「何だと?」
公爵は一瞬大げさなほどに動揺したが、ブライアンの背後に居るという安心感からかすぐに精神の均衡を取り戻す。
対してブライアンは訝しげに首を傾げただけだ。
「あり得ん。痴れ者め、惨たらしく死ぬがいい」
「残念ながらもう死んでんだよなあ。いや、この身体は生きてるけど」
どうもブライアンは公爵と違い、“怨獄の薔薇姫”がとっくに倒されたと思い込んでいるようだ。
もしかしたらローレンスがし損じたことはトップシークレットだったのかも知れない。
「気を付けろ! あの女、奇妙な力を……!」
片腕を失いうずくまっていたゴドがブライアンに叫ぶ。
が、ブライアンは涼しい顔で言い返す。
「おそらくは物理反射だ」
「な、何?」
「滅多に見ない魔法だがな。タネが割れればどうという事もない」
そしてイリス に向けて剣をかざす。
「魔剣解放」
ブライアンの言葉を鍵として、眩い銀色の剣が蒼い雷を纏った。
――明らかに魔法防御力とかありそうな鎧着てるし、当然護符だって持ってるはず。
そして武器は魔法ダメージっぽい剣……なるほど、こりゃ正面からやり合うのは厳しい。
イリス はブライアンの戦闘能力を見定める。
もしイリス が本 気 を出せば色々やりようがあるかも知れないが……
――使うか? いや、できるだけ『イリス』として戦おう。あれを使ったら結界から一歩出た瞬間に気配を誤魔化せなくなる。
自分の中に浮かんだ考えをイリス は打ち消した。なんとか魔法だけで突破する道を探りたいところだ。
――あの作戦を試してみるか。室内だしちょうどいい。
イリス が対処方針を決めるのと、ブライアンが突っ込んでくるのはほぼ同時だった。
「キエエエエエエエイッ!!」
全身鎧を着ているとは思えない素早く鋭い踏み込み。雷光が宙を薙ぐ!
そして、魔剣は虚しく空を切った。
「な、なんだ? 消えた?」
イリス を見失ったブライアンが辺りを見回し、他の者らもどよめく。
そんな彼らの背 中 をイリス は見ていた。
「≪滅びの風 ≫」
「なっ!?」
吹き出す死の霧を見て、ようやく男たちはイリス の方に振り向く。
イリス は暖炉の上に座って足をぶらつかせていた。
「鬼さんこーちら……」
「≪短距離転移 ≫か!」
さすがにブライアンは何が起こったかすぐに察したようだ。
本当にすぐ近くにしか移動できない、転移系の最下級魔法。
鍵穴を抜けて室内に入るとか、鉄格子を抜けるとか、高いところに飛んで仲間を引っ張り上げるとか、冒険者にとっては意外と便利な魔法ではある。
だが戦闘に使おうと思ったら無詠唱で行使できなければお話にならない魔法だ。そうなると術者にはかなりの力が必要になる。
すぐにブライアンは踵を返して斬りかかってくる。
しかしその時にはもうイリス は≪滅びの風 ≫を解除し、さらなる≪短距離転移 ≫で部屋の隅に移動していた。
「おのれ、チョコマカと!」
「『タネが割れればどうという事もない』、だっけ?」
「貴様!」
斬りかかってくるブライアンを再び躱して≪短距離転移 ≫し、シャンデリアにぶらさがるイリス 。
「≪滅びの風 ≫」
再び死の霧が放たれる。
「させるか!」
助走付きで跳躍したブライアンの雷剣がイリス を捉えるかという刹那。イリス は再び転移し、ブライアンの攻撃はシャンデリアを半壊させただけに終わった。
その攻防の傍ら、残りの護衛と非戦闘員たちはこそこそと移動を開始していた。イリス がブチ開けて部屋に入ってきた穴に向かって。
「お、おふたりは今のうちに外へ!」
「おっとそうはさせねえ! 行き止まりだ、≪石工作 ≫!」
「な……」
周囲に散らばった石材が浮かび、パズルが組み上がるように壁を塞ぐ。さらにそれらは、もともと積んで組んだ石だったというのに、一枚岩として癒着した。
目の前で穴が塞がるところを見た衛兵が絶句する。
「知らなきゃ教えてやる。ボスを倒さなきゃボス部屋からは出られないんだぞ」
「ここは私の応接間だっ!」
「そう言やそうか」
公爵に怒鳴り返される間にもイリス は魔法を操作し、周囲の壁から石を伸ばして本来の入り口である扉を塞いだ。
「魔法で道を作れ!」
「……≪爆発 ≫!」
防御を張っていた魔術師ふたりのうち、公爵の部下らしい方が攻撃魔法を撃った。
壁を吹き飛ばして穴が出来る。
だが。
「≪石工作 ≫」
再び転移を決めたイリス は攻撃ではなく、穴を塞ぐ方を選んだ。
逃げ道はすぐに閉ざされた。
「わざわざ消耗してくれてありがとね。もう一回試してみる?」
「ぐ……」
魔術師が顔を赤くしたり青くしたりした。公爵の感情にも徐々に焦りが混じり始める。
「おい、そこで見てる奴ら!」
手をこまねいているだけの衛兵&首領の護衛らしい軽戦士に向かって、業を煮やした様子でブライアンが叫んだ。
「お前たちも打ち掛かれ! 消費が重い転移の魔法をこれだけ使って、いつまでも魔力が持つはずない。
削れ! 奴の魔力を削るのだ!」
「し、しかし我々の剣では!」
「付与魔法 を受けろ!」
そのブライアンの言葉で公爵配下の魔術師が詠唱を始める。
「≪魔撃付与 ≫!」
付与魔法 によって戦士たちの武器が魔力の輝きを宿す。
魔力によって追加のダメージを与えるようにする魔法だ。これなら物理反射状態のイリス にもダメージを与えられるだろう。
しかし、この付与魔法 でついに魔術師が限界を迎えた。
「あ、あがっ……ひぐっ」
胸をかきむしったかと思うと、魔術師はそのまま倒れた。
魔法を防御するために既にかなり魔力を消耗していたのだ。攻撃魔法と付与魔法 で力尽きたらしい。
口から血を吹いた彼は意識が無いようで荒い呼吸を繰り返している。
「こいつはもうダメか!」
公爵が魔術師の懐から護符を奪い取る。
防御を張っているナイトパイソンの魔術師ももうこいつを守る必要を見いだせなくなったのか防御魔法の範囲から外した。倒れた魔術師は次の≪滅びの風 ≫で呼吸が止まった。
「申し訳ありません、俺もそろそろ……!」
「急げ! 奴の魔力を削り切れ!」
ナイトパイソンの魔術師も苦しげな声を上げ、首領がドスの利いた声で命じる。
地獄のモグラ叩きが続いた。
戦士たちがドタバタと部屋を駆け回り、イリス は接近される度に転移しては範囲攻撃を放つ。
「あがあっ……」
残っていた魔術師もすぐに倒れ、もはやボス部屋に囚われた哀れな犠牲者たちを守るものは護符だけとなった。
「さすがに護符は持ってるのか。だが、そいつが尽きた時がお前らの最期だ。
絶望を味わうには短い時間だが、とっくり楽しんでくれ」
テーブルの上に立ってイリス が見下ろせば、誰も彼も視線が揺らぐ。
「ぐぎゃあああああ!!」
「う……が……」
「ぢぐ、じょう……」
「ぐおおおおお……」
護符を持っていなかったらしい役人はすぐに死んで、次いで護符を使い切ったらしい戦士たちが倒れた。
まだ息があったはずのゴドもいつの間にか死んでいた。
残るのはもはや、公爵と首領、そしてブライアンだけだ。
「チッ! またひとつ焼けた……!」
黒ずんで白煙を噴き上げる金板の札をブライアンは投げ捨てた。
「もう時間が無いぞ、ブライアン! お前は元第七等級 冒険者だぞ!? ガキ一匹倒せないのか! 何のために高い金を払ってると思ってるんだ!」
「分かっております!」
ヒステリックに公爵がわめく。
「もうそろそろっ、限界だろうっ、貴様も!」
何十度目か、ブライアンの剣を躱してイリス は転移する。
そして次の≪滅びの風 ≫を放った時だった。
何かが弾け飛ぶような音がして、駆け寄るブライアンがやがて足をもつれさせて倒れた。その剣はイリス に届かず床に転がった。
最後の護符が弾け飛んだのだ。
「残念」
ブライアンが辛うじて顔を上げ、イリス の方を睨む。それをイリス は見下ろした。
「俺は最初から、自然回復と釣り合うだけしか魔力を使ってねえよ」
「化け物……!」
それが末期の言葉となり、ブライアンは事切れた。
「……化け物、ねえ。無抵抗の女の子にあれだけ酷いことできる奴らと、俺と。どっちが本当の化け物だろうね」
「そんな! まさか! ぶ、ブライアンが、があああああ!!」
「ハッ……俺も焼きが回ったか」
公爵はワックス固めの頭をかきむしり、首領は全てを諦めたように笑った。
彼らに残された護符も最後の1枚。ふたりとも戦闘は専門外らしく、イリス が彼らを殺すのは既に時間の問題だった。
「本当は散々苦しめてから殺したいところだが公爵はまだ用途があるんだ。綺麗に死んでくれ。……≪痛哭鞭 ≫」
「何だと?」
公爵は一瞬大げさなほどに動揺したが、ブライアンの背後に居るという安心感からかすぐに精神の均衡を取り戻す。
対してブライアンは訝しげに首を傾げただけだ。
「あり得ん。痴れ者め、惨たらしく死ぬがいい」
「残念ながらもう死んでんだよなあ。いや、この身体は生きてるけど」
どうもブライアンは公爵と違い、“怨獄の薔薇姫”がとっくに倒されたと思い込んでいるようだ。
もしかしたらローレンスがし損じたことはトップシークレットだったのかも知れない。
「気を付けろ! あの女、奇妙な力を……!」
片腕を失いうずくまっていたゴドがブライアンに叫ぶ。
が、ブライアンは涼しい顔で言い返す。
「おそらくは物理反射だ」
「な、何?」
「滅多に見ない魔法だがな。タネが割れればどうという事もない」
そして
「魔剣解放」
ブライアンの言葉を鍵として、眩い銀色の剣が蒼い雷を纏った。
――明らかに魔法防御力とかありそうな鎧着てるし、当然護符だって持ってるはず。
そして武器は魔法ダメージっぽい剣……なるほど、こりゃ正面からやり合うのは厳しい。
もし
――使うか? いや、できるだけ『イリス』として戦おう。あれを使ったら結界から一歩出た瞬間に気配を誤魔化せなくなる。
自分の中に浮かんだ考えを
――あの作戦を試してみるか。室内だしちょうどいい。
「キエエエエエエエイッ!!」
全身鎧を着ているとは思えない素早く鋭い踏み込み。雷光が宙を薙ぐ!
そして、魔剣は虚しく空を切った。
「な、なんだ? 消えた?」
そんな彼らの
「≪
「なっ!?」
吹き出す死の霧を見て、ようやく男たちは
「鬼さんこーちら……」
「≪
さすがにブライアンは何が起こったかすぐに察したようだ。
本当にすぐ近くにしか移動できない、転移系の最下級魔法。
鍵穴を抜けて室内に入るとか、鉄格子を抜けるとか、高いところに飛んで仲間を引っ張り上げるとか、冒険者にとっては意外と便利な魔法ではある。
だが戦闘に使おうと思ったら無詠唱で行使できなければお話にならない魔法だ。そうなると術者にはかなりの力が必要になる。
すぐにブライアンは踵を返して斬りかかってくる。
しかしその時にはもう
「おのれ、チョコマカと!」
「『タネが割れればどうという事もない』、だっけ?」
「貴様!」
斬りかかってくるブライアンを再び躱して≪
「≪
再び死の霧が放たれる。
「させるか!」
助走付きで跳躍したブライアンの雷剣が
その攻防の傍ら、残りの護衛と非戦闘員たちはこそこそと移動を開始していた。
「お、おふたりは今のうちに外へ!」
「おっとそうはさせねえ! 行き止まりだ、≪
「な……」
周囲に散らばった石材が浮かび、パズルが組み上がるように壁を塞ぐ。さらにそれらは、もともと積んで組んだ石だったというのに、一枚岩として癒着した。
目の前で穴が塞がるところを見た衛兵が絶句する。
「知らなきゃ教えてやる。ボスを倒さなきゃボス部屋からは出られないんだぞ」
「ここは私の応接間だっ!」
「そう言やそうか」
公爵に怒鳴り返される間にも
「魔法で道を作れ!」
「……≪
防御を張っていた魔術師ふたりのうち、公爵の部下らしい方が攻撃魔法を撃った。
壁を吹き飛ばして穴が出来る。
だが。
「≪
再び転移を決めた
逃げ道はすぐに閉ざされた。
「わざわざ消耗してくれてありがとね。もう一回試してみる?」
「ぐ……」
魔術師が顔を赤くしたり青くしたりした。公爵の感情にも徐々に焦りが混じり始める。
「おい、そこで見てる奴ら!」
手をこまねいているだけの衛兵&首領の護衛らしい軽戦士に向かって、業を煮やした様子でブライアンが叫んだ。
「お前たちも打ち掛かれ! 消費が重い転移の魔法をこれだけ使って、いつまでも魔力が持つはずない。
削れ! 奴の魔力を削るのだ!」
「し、しかし我々の剣では!」
「
そのブライアンの言葉で公爵配下の魔術師が詠唱を始める。
「≪
魔力によって追加のダメージを与えるようにする魔法だ。これなら物理反射状態の
しかし、この
「あ、あがっ……ひぐっ」
胸をかきむしったかと思うと、魔術師はそのまま倒れた。
魔法を防御するために既にかなり魔力を消耗していたのだ。攻撃魔法と
口から血を吹いた彼は意識が無いようで荒い呼吸を繰り返している。
「こいつはもうダメか!」
公爵が魔術師の懐から護符を奪い取る。
防御を張っているナイトパイソンの魔術師ももうこいつを守る必要を見いだせなくなったのか防御魔法の範囲から外した。倒れた魔術師は次の≪
「申し訳ありません、俺もそろそろ……!」
「急げ! 奴の魔力を削り切れ!」
ナイトパイソンの魔術師も苦しげな声を上げ、首領がドスの利いた声で命じる。
地獄のモグラ叩きが続いた。
戦士たちがドタバタと部屋を駆け回り、
「あがあっ……」
残っていた魔術師もすぐに倒れ、もはやボス部屋に囚われた哀れな犠牲者たちを守るものは護符だけとなった。
「さすがに護符は持ってるのか。だが、そいつが尽きた時がお前らの最期だ。
絶望を味わうには短い時間だが、とっくり楽しんでくれ」
テーブルの上に立って
「ぐぎゃあああああ!!」
「う……が……」
「ぢぐ、じょう……」
「ぐおおおおお……」
護符を持っていなかったらしい役人はすぐに死んで、次いで護符を使い切ったらしい戦士たちが倒れた。
まだ息があったはずのゴドもいつの間にか死んでいた。
残るのはもはや、公爵と首領、そしてブライアンだけだ。
「チッ! またひとつ焼けた……!」
黒ずんで白煙を噴き上げる金板の札をブライアンは投げ捨てた。
「もう時間が無いぞ、ブライアン! お前は元
「分かっております!」
ヒステリックに公爵がわめく。
「もうそろそろっ、限界だろうっ、貴様も!」
何十度目か、ブライアンの剣を躱して
そして次の≪
何かが弾け飛ぶような音がして、駆け寄るブライアンがやがて足をもつれさせて倒れた。その剣は
最後の護符が弾け飛んだのだ。
「残念」
ブライアンが辛うじて顔を上げ、
「俺は最初から、自然回復と釣り合うだけしか魔力を使ってねえよ」
「化け物……!」
それが末期の言葉となり、ブライアンは事切れた。
「……化け物、ねえ。無抵抗の女の子にあれだけ酷いことできる奴らと、俺と。どっちが本当の化け物だろうね」
「そんな! まさか! ぶ、ブライアンが、があああああ!!」
「ハッ……俺も焼きが回ったか」
公爵はワックス固めの頭をかきむしり、首領は全てを諦めたように笑った。
彼らに残された護符も最後の1枚。ふたりとも戦闘は専門外らしく、
「本当は散々苦しめてから殺したいところだが公爵はまだ用途があるんだ。綺麗に死んでくれ。……≪