[1-56] DDOSナイツ

文字数 4,336文字

 ルネとお供のリッチたちは路地に潜んでいた。

 頭上ではアンデッド空軍と空行騎兵たちの戦いが繰り広げられている。
 神聖魔法の光が断続的に閃くが、替えが効かない空行アンデッド達に重点的に護符を配分したため、ひとまず持ちこたえていた。

「そろそろ数は充分よ。各隊長からの報告は?」
『やはり神聖魔法の使い手はほぼ前線に出ておりません。空行騎に乗り込んでいる者を除けば、後方で守りを固め≪聖別(コンセクレイション)≫と回復に専念している模様です。暗殺部隊で被害を出せたのが効いているようですね』

 通話符(コーラー)越しに本陣のアラスターが言う。
 彼は前線で指揮を執るグール達からの報告を集め、騎士団の布陣を確認していたのだ。

「じゃあ魔術師が前線での強化(バフ)と回復を担当している感じ?」
『はい。それでも要注意であることに変わりはありませんが、おそらく危険性はかなり下がるかと。
 壁の内側はどのような状態でしょうか?』
「拍子抜けするくらい静かだわ。数カ所に固まって待機してるみたい。お城には結構居そうだけどステルスで近づくのは無理ね。たぶん探知されるわ。
 ……予定通り壁の上から攻めましょ。()()()()()()()()()()から、南門を陥とすわ。城門に近いし。
 空行騎兵組には、空の神官が地上に目を向ける暇が無いよう引きつけさせなさい」
『かしこまりました』
「別にバレてもいいけれど……門を破るまでは気付かれたくないわね。
 こっちに気付きそうな位置に第一の魔術師が居たら元騎士(ナイト)を消費してもいいから殺しときなさい」
『はっ』

 役目を終えた通話符(コーラー)を折りたたんで同行するリッチに手渡すと、ルネはほくそ笑む。

「さあ……ショータイムよ」

 * * *

 どんなに数が多くても、一度に壁にとりついて侵入を図れる兵の数は限られている。
 壁にとりついているアンデッド兵の後ろには大量のアンデッドが控えていた。
 彼らは射石砲が届かない程度の距離を置いて待機し、断続的に小部隊に別れて突撃を掛けて来ていた。

 だがその控えアンデッドのほとんどが、突如として一斉に南門に向かって移動を始めた。

「な、なんだ!? 何をする気だ!?」

 壁上の騎士が叫ぶ。
 黒い濁流が地上を流れているかのようだった。
 北側に布陣していたアンデッドまでもが南門目指して動き始めたのだから、ちらりとでも壁の下を見る余裕があった者は誰もがそれに気付いた。

「くそったれ! 一点集中で突破する気だ!」

 だが、移動しているのは後方に控える者のみ。
 今まさに壁を越えようととりついてくるアンデッドが居るのは変わらないのだ。
 気付いたからと言って何ができるわけでもない。

 そんな中、街壁上で走り出す騎士の姿があった。
 両手に盾を持ち、アンデッドの攻撃から仲間を守っていた第二騎士団の騎士たちが。
 南東側で防衛に当たっていた者の数人ごとにひとりが。
 ぽろぽろと櫛の歯が抜けるように同時多発的に持ち場を放棄し、南門に向かって壁上を駆け始めた。

「おい! どこへ行くんだ!?」
「南門を助けに行くんだ!」

 そう言って彼らは、アンデッドと騎士の入り乱れる壁上を駆け抜ける。

 街門周りは門塔になっている。街壁を拡張して砦にしたような構造だ。
 門は合金製で重量のある巻き上げ式の扉を溝に落とすもので、そう簡単に破ることはできない。
 ただ、門塔には扉を巻き上げるための仕掛けがあり、ここを制圧されると門を開けられてしまうのだ。

 南門を巡る戦いは、焚き付けをくべられて勢いを増していく炎のように、少しずつ苛烈なものとなっていた。
 次々と梯子が掛けられ、よじ登ろうとするアンデッド達を側防塔からの矢が射落としていく。
 それでも壁の上には徐々にアンデッドの姿が増え始め、門上への圧力が強まっていた。

 乱戦のただ中に、戦線離脱した騎士たちが到着した。

「助けに来たぞ!」

 アンデッドの群れをかき分けるようにやってきた第二騎士団の者たちを見て、門塔に詰めていた騎士たちはホッとした顔を見せた。
 敵の動きに先んじて対応し味方が駆けつけてくれたのだから心強いのは当然だ。

「ありがたい!」
「全員第二か? よし、前に出て壁になってくれ!」
「入り口を塞ぐぞ!」

 巻上機のある部屋へ行くには、街壁上から狭い階段を上らないと到達できない。その道を第二騎士団で塞いでしまえば侵入を防ぐのは簡単だ。

 だが、駆けつけた第二騎士団員たちは、言われた通りには動かなかった。

「待て! こいつらおかしい……」

 第一騎士団の魔術師が杖を向けながら何か叫ぼうとするが、その途中に彼は斬り倒された。
 駆けつけた第二騎士団員に。

「なん……!」

 周囲の者が剣を抜こうとした時にはもう遅い。一糸乱れぬ連携により、門塔の防衛部隊は次々に斬り倒され、あるいは組み伏せられて拘束されていった。

 門塔に現れた第二騎士団の騎士たち。
 彼らはもはや生きていない。
 戦いの最中、ルネが周囲の者にさえ気付かれないよう殺し、レブナントに変えていた。
 その後も彼らは何食わぬ顔で騎士として行動し続け……先程、ルネの号令一下、アンデッドとしての作戦行動を開始したのだった。

 * * *

『街壁南門、破られました!』
「何だと!?」

 作戦司令室の通話符(コーラー)が悲鳴じみた声を上げ、ヒルベルトもローレンスも腰を浮かせた。

 第二騎士団を盾にする作戦は、信じられないことに上手くいっていた。破城鎚の攻撃すら止まっていたほどだ。
 上手くいっていた、はずだった。ほんの数分前までは。

 アンデッドの軍勢が南門へ向かって移動を始めたという情報はあった。
 だが、もし門が陥ちるとしても、こんなに早く破られることは無いはずだった。

「どういう状況だ!」
『第二騎士団の騎士たちが現れ、門塔を制圧した模様です! 門が巻き上げられて、南門方向に集結しつつあったアンデッド兵がそのまま市街に流れ込んでいます!
 門内のバリケード……あれは無理です! 蹴散らされました!!』
あの野郎(バーティル)……!!」

 ローレンスは握り拳を机に叩き付け、破砕した。
 並んでいた通話符(コーラー)が舞い飛ぶ。その中から第一騎士団の部隊長に通じるものだけをローレンスは掴み取り、一斉に起動して怒鳴った。

「南街門より敵が侵入! 市街地に待機する第一騎士団は侵入する敵を討て!
 ただし第二騎士団の者に注意せよ! 裏切り者が紛れている可能性がある! あくまで盾として前面に出せ!」

 敵の動きを察知して、市街地の戦力は既に南門寄りに集めてある。
 狭い街門をくぐって一度に侵入できる敵の数は限られている。それを包囲するように攻撃していけば、まだ押し返す目もある……はずだ。

「ファルコン隊は門塔奪還に動け! お前なら指示は要らんだろう、子細は任せる!
 バーティルはまだ持ち場か? ……ゴメス隊は東街門の側防塔に向かえ! 第二騎士団長を拘束し、連行せよ! 抵抗するようなら腕ぐらい千切っても構わん!!」
『はっ!』『了解!』『了解しました!』『承知!』
「……はーっ……はーっ……」

 通信を切った後も興奮がさめやらぬ様子で、ローレンスは鼻息も荒く拳を握りしめていた。
 一緒に居た騎士たちが舞い散った通話符(コーラー)を拾い集めていく。

 ヒルベルトは眉間にシワを寄せ、指をすりあわせていた。

「ここで防ぎきれぬなら、市街は……捨てねばならんか」

 国を守り切れない王に対して民の目は厳しい。王は為政者である前に、国内全ての軍を統べる『将』なのだ。敵軍に、それもよりによって邪神の軍勢であるアンデッドに王都の蹂躙を許すなど、王として打ち消しようもない不名誉だ。

 ローレンスは悔しかった。第一騎士団を預かる身でありながら侵攻を防げなかった自分が。
 ローレンスは憎かった。敵が侵入する端緒となったであろう第二騎士団とバーティルが。何よりも、薄汚い侵略者であるルネが。

「バーティルは裏切ったのだろうか」
「分かりません。個々の騎士が裏切ったか、魔法で操られているなどの可能性もありますが……仮にそうだとしても付け入る隙を与えたのはバーティルでしょう。あんなものに話が通じると考える方が愚かだ」

 ローレンスは吐き捨てるように言った。

「誰が裏切っているか分からない状況です。城壁は第一騎士団のみでお守りいたします」
「ローレンス。それを言うなら個々の騎士に関しては第一騎士団とて分からぬぞ。そして第二騎士団の戦力はどうする? 丸ごと諦めるのか?」

 ヒルベルトの言葉は半ば咎めるような調子だったが、ローレンスも私情だけで第二騎士団を切り捨てる選択をしたわけではない。
 思い巡らすローレンスは、現状存在する敵味方の戦力、勝利のための条件などを考慮し、取るべき手段をパズルのように導き出していく。

「……疑おうと思えば全員を疑えましょう。ですが状況からしてより危険性が高いのは第二騎士団です。要所の防衛はまず第一騎士団を配すべきでしょう」
「それはもっともだな」
「この後は……劣勢になるようであれば遅滞戦闘を仕掛けつつ城壁まで後退します。
 その際、第二騎士団員には神殿へ向かわせ≪聖別(コンセクレイション)≫を受けさせます。武具ではなく身体にです」
「するとどうなる?」

 ローレンスは、その答えを一瞬躊躇った。
 だがそれでも必要な事だと考えて言った。

「死んでもアンデッドにするのが難しくなります。
 そのまま戦わせ、第二騎士団にはアンデッドの数を1体でも減らさせます」

 ローレンスの言う意味を理解したようで、ヒルベルトは天を(と言うか天井を)仰ぎ大きな溜息をつく。

「身を捨てろ、と命じることになるのか」
「今は国家存亡の危機。
 元より、この期に及んでは誰もが捨て身になり命を捧げているようなもの。ことさら特別なことと考える必要はございませんでしょう」
「……仕方ない、か」

 ヒルベルトは決断を下した。
 しかし、それは第二騎士団員の命をどうでもいいと思っているわけではない。重々しく告げたヒルベルトの言葉からは、死した者らの屍の上に立つ王としての覚悟がにじんでいるとローレンスは思い、さらに畏敬の念を深くした。
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