[1-46] 本日は暗天なり

文字数 4,020文字

 人族は概して『夜』を、アンデッドを初めとしたモンスター達の時間であると考えがちだ。
 アンデッドの軍勢が夜のうちに来なくてよかったと思った騎士は多いだろう。

 だが、朝日に照らされて行進する禍々しき軍勢を見た時、果たして姿が見えるのと見えないのではどちらがマシなのだろうかと彼らは疑問に思うことになった。
 足並みを揃えて進む死体。鎧を着た骸骨。腹を裂かれた騎獣。約4000という第一報はほぼ正しかった。鮮血の薔薇を刻んだボロボロの旗がいくつも天を突き翻る。
 異形の軍勢が一糸乱れぬ動きで迫り来る。街壁の上から魔動望遠鏡でこれを見ていた若い騎士がパニックを起こし、街壁から飛び降りて死んだ。

 東側からやってきたアンデッドの軍勢は、本隊が東の街道を封鎖するように布陣。次いで分隊が王都を回り込むようにして西・南・北の街道全ての上に居座った。このままでは、今後やってくる各領主の騎士団はまず数百のアンデッドの中を突破しなければ王都入りすらできないのだ。
 ついでに言うなら東の街道は途中にあった崖沿いの道をルネが魔法で崩しておいた。

 夜の間に王都に到着した兵は少ない。近隣の領から先行して派遣できたわずかな騎士や農兵が辛うじて間に合っている。人族側は王家直属の第一・第二騎士団がほぼ唯一の戦力だった。
 戦闘の専門家で構成された王宮騎士団は、個々の実力という点で言えば農兵混じりの諸侯に比べて大幅に勝るものの、4000もの膨大なアンデッド軍に対して寡兵という印象は否めない。
 後は王都に居た冒険者や傭兵を『金貨袋で殴って』雇ったのだが、何故か街を出ている冒険者が多くて集まりが悪く、さらに現れたアンデッドの大軍を見て3割ほどが逃走していた。……逃げなかった者の中にも、単に判断が遅れて包囲されてしまい逃げたくても逃げられなくなっただけの者は居るだろうが。

 街門は固く閉ざされ、街壁もろとも青い魔力光の幾何学的ラインを走らせている。王都の街壁ともなれば対魔法攻撃防御の機構を備えているのだ。
 魔石と土地の魔力を燃料にして防御を張るマジックアイテム……いや、魔法建造物(マジックストラクチャ)。この防御を正面から破ろうと思えば、攻撃側も膨大な魔力が必要になる。

 壁の外に生きた人族は居ない。
 雪に埋もれた農地があるだけだ。
 充ち満ちた邪悪な気配に当てられて逃げ出したのか、獣も鳥も今は姿を見せない。

 軍勢の布陣が完了するなり、その異変は起こった。

「≪拡声(スピーカー)≫×≪鏡像作成(ミラーイメージ)≫×≪屈折操作(ディフレクション)≫×≪暗天(ディムスカイ)≫。
 複合錬成魔法(アセンブルド・スペル)……≪真理広報劇(プロパガンダビジョン)≫」

 空が暗くなった。
 雲ひとつない()()()()。嵐のさなかであるかのように辺りは暗くなる。

 そして、街中から悲鳴が上がった。
 空に半透明の巨大幻影が映し出されたのである。
 ドレスを着た少女の骸骨などという不気味にもほどがあるものが天を突く巨体で人々を見下ろしていた。

 それは、こだまする雷鳴のような声で喋った。
 あどけない少女の声音が、怖気を誘う反響を伴って聞こえてきた。

『王都の民よ。そして偽りの王に仕える不忠の騎士たちよ。聞くが良い。
 わたしはシエル=テイラの正統なる王エルバート・“賢明なる(セージ)”・エルク・シエル=テイラの血を引く者。ルネ・“薔薇の如き(ローズィ)”・ルヴィア・シエル=テイラである。
 エルバート王を。その妃ロザリアを。そしてわたしを殺したそなたらの罪を裁くため、わたしは死の淵より蘇った。
 我が復活を祝し、我が威光にひれ伏すが良い。そして然るべき後に、血によって罪を贖うが良い』

 多くの人々が堅く身を縮めて祈りの言葉を口にしていた。
 ルネに許しを請うているのではなく、神に救いを求めているのだ。
 そんな人々の狼狽えた様子を嘲笑うかのように、巨大幻影は言葉を継ぐ。

『だが、わたしはそなたらに悔い改める機会を与えようと思う。
 偽りの王を血塗れの玉座から引き下ろし、傅く者ら共々ギロチンに掛けるのだ。
 さすればわたしはそなたらを寛大に許そう。
 残された時間は長くない。いつまでもわたしが待てるとは思わないことだ』

 そこで声は途切れ、幻影は消え、空は元の明るさを取り戻していく。
 だが人々の耳の中には、未だに声が響き続けていた。

 *

「これでよし。後は1時間くらい待って攻撃開始ね。魔力の回復を待つにもちょうどいいくらいかしら」

 本陣に立てられた天幕の下。
 ルネは、ギリギリで感情察知の射程内に入る街の中から湧き上がる恐怖を感じて悦に入っていた。

 最初から、ルネを恐れた市民がヒルベルトを殺しに動くだなんて事は期待していない。
 ただ、いざ攻撃を受けた時に『和解の可能性があったかも知れない』と多くの者に思わせることが大切なのだ。

 極限状況においては『自分だけでも助からないか』という意識が働く。そういった気持ちを掻き起こしていけば次の段階に繋がっていく。
 団結させてはいけない。隣人を裏切れば、仲間を裏切れば、王を裏切れば……自分だけは助かるのではないかと思わせるのだ。

「堂々たるお言葉にございました」

 風よけ程度の壁しかない開放的な天幕は、指揮所として用意されたものだ。
 隣では、地図と通話符(コーラー)を並べた机の空きスペースを使い、アラスターが延々と書き物をしている。
 ウェサラ殲滅戦と同じように、戦闘が始まればアラスターは後方で全体の指揮に当たることになる。だがそれまでは別の仕事をしているのだ。

 アラスターは、クーデターにおける主立った貴族達の動きを記録に書き残している。
 数日中に彼の知力と記憶は見る影も無く劣化するはず。それまでに生前の記憶を出力しておいてもらわなければならない。
 あの時、ルネを死に追いやったのは誰だったのか……一番知っているのはアラスターだろう。
 今はひとまず王都を優先攻撃しているが、関係者はひとりたりとも無事で済ます気は無い。そのためにもどのような情勢だったのか、誰が何を考えて動いていたのか、それを知る資料が必要なのだ。

 ちなみに先ほどの演説は、行軍中に彼がスピーチライターとなって原稿を用意したものだった。

「アラスター。わたし、あなたの引き出しの多さに関してかなりの疑問があるわ。何なのこの原稿Bは」

 ルネは没原稿の紙をひらつかせる。

「テーマは『幼子ゆえの無邪気と残酷』だったのですが」
「こういう喋り方の方が()()()のかしら……でもやっぱり没ね。演出過剰じゃないかしら」
「申し訳ありません」

 なんかこう『☆』とかいっぱい飛びそうな内容の原稿を見て演出過剰とのたまいながらも、実はこっちの方が素の自分に近いという気がするルネ。

 ルネは“怨獄の薔薇姫”を演じているという自覚があった。国と王家の怨み全てを背負う、姫としての自分を。実際はルネの復讐は私憤だし、出自なんて殺されるちょっと前まで知らなかったわけなのだが、やはり『悲劇の姫君』という物語に乗った方が復讐者としてサマになると思ったのだ。

 高貴さを醸し出す立ち居振る舞いは約一ヶ月に及ぶ潜入捜査の中で身につけたものが役立っていた。
 気を抜くとただの一庶民として生きていた頃のぽわぽわした口調が出そうになるが、それも努めて抑えていた。やっぱり恐れられてナンボ、セルフブランディングは大切だ。

 ――にしても。アラスターの頭脳を失うのはちょっと惜しいなあ。ただのビビリで情けないおじさんって感じだったから特に期待してなかったのに、軍師として結構有能なんだもの。グールにしたら記憶とか人格はほとんど消えちゃうんだけど、今からでもグールに作り替えたら頭いいグールになるのかな?

 スピーチライターとしても謎の有能さを見せた彼だが、指揮官としても軍師としても優秀だった。
 今回の王都攻撃における作戦立案はルネとアラスターの関与割合が3:7くらいだ。ルネの大まかな方針をアラスターが肉付けし、瑕疵があれば修正した。

 ――わたしひとりじゃこんな攻撃はできなかった。
   ……手下(どうぐ)が必要だわ。有能でわたしに逆らわない臣下(どうぐ)。魔王だって勇者と戦ったり国を滅ぼすのに手下を使うんだもの。
   アンデッドは便利だけれど面倒なところも多いし……アンデッド以外の仲間(どうぐ)を増やしたいわね。このシエル=テイラで終わりじゃないんだから。

 ルネの復讐はシエル=テイラ国内に留まらない。
 鉱物資源を求めクーデターを引き起こした四大国にも償わせる。
 それで最終的には、大神とかいうのをぶっ飛ばす方法も探し出して実行したいものだ。

 その全てを自分ひとりでやるのは無理という気がした。邪神から賜った強大な加護(チート)があろうともだ。
 常人であり戦闘力としてはゴミクズ(ルネ比)であるアラスターが、しかし今、ルネが戦う上での大きな助けになっている。ルネだけでは手が届かない場所に手を届かせてくれた。きっとそういう事が今後もあるはずなのだ。

 ――まあわたしの目的を知ってそれでも協力してくれるって人を探すのがまず大変そうだけどね。
   うーん……邪神様は『魔王軍ボロボロ』みたいな話してたから、魔王軍から引き抜いてくるとか……

 突如、身体の奥から湧き起こるような悪寒を感じてルネは将来設計を中断する。

 王都が白々と光を放っていた。放射状に広がった光は、まるでドームのように王都全体を包んでそのまま空間に留まった。
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