第44話 ニコちゃん

文字数 979文字

◇◇ ニコちゃん ◇◇



春先のパレード。

  「はい、どいて、どいて。」

大学生のOGが、沿道に群がるギャラリーをてきぱきと捌く。手慣れている。

路側帯を越えてせり出してきた見物人たちは、その勢いに飲まれ、おずおずと、歩道内に後ずさるのだ。

引っ込んでから、改めてよく見ると、現役生と同じジャージではないか。

あのふてぶてしさは、現役生のフリをしたOGのようだが...、しかし、まてよ...あんな生徒―――これまで、おったか??



謎は、初夏に行われた吹奏楽の祭典で氷解した。

彼女は、カラーガードだったのだ。

しかも、1年生。

便宜上、名前を'ニコちゃん'としておく。

ニコちゃんは、元気いっぱいの表情は良いものの、まだ振付を覚えきれていない。春先だから、無理もない。隣の先輩の振付をカンニングしながら動くので、常に、ワンテンポ、遅れるのだ。

見ているほうは、あっけにとられ、そして、はらはらする。

部としてよく出させたものだと思う反面、なんとかしてあげたい気持ちにもさせられる。

しかし、本人は、そんなの、どこ吹く風。楽しんでいる。

ふつうなら、鈍臭さと悲壮感が漂い、それでも頑張ろうとする姿勢に、見ていて健気さ――を感じるものなのだが...

図太い。

実に、図太い。

これは、只者ではない。



とあるパレードでのこと。

出発前の待機中、たまたま歩いてきた監督と雑談を始め、ひとり、ニコちゃんだけが、監督を爆笑させている。

ニコちゃんは、いったい、何物なのだ?

これは大物に違いない。


マーチングが終わって撤収時。

ニコちゃんは両手でいっぱいの機材を抱え、ギャラリーの視線を一身に浴びながら、一番最後に、引き上げるのだ。ニコニコしながら。

観客は、吹部の演奏演技の余韻の美しさを、ニコちゃんの姿に重ね合わせて見ている。

そう、彼女は、普門館吹部の美の象徴として、最後にギャラリ―の目に鮮烈なイメージを焼き付けるのだ。

―――それを知ってか、知らずか、自然とそのような場に身を置くニコちゃん。


大組織の中で、図太く、頭角を表していく天賦の才がある。

管理され上手な'よい子'に欠けているもの---その多くを、彼女は持ちあわせているようにも思えるのだ。

そういった彼女の優れた個性を認め、積極的に活かせることのできる組織のありようも、また、素晴らしいと思う。




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