第21話 New Deal
文字数 2,205文字
◇◇ New Deal ◇◇
監督は、数字を見て、一瞬、目を疑った。
ここ数年、4月時点での吹奏楽部の部員数は減少の一歩をたどり、89..81..そして、今年74名だ。ここ、毎年1割くらいずつ、減少してきている。
「伊東先生、これはゆゆしき問題ですね..。」
準備室にいた副監督の伊東先生も、難しい顔をしている。
「今年、部活動推薦入学希望者数は、ある程度、いたと思ったのですが...。ただ、今年は、正直、タマが少ない気もしました。」
「たしかに..」
監督も、渋い顔だ。
「吹奏楽部員の減少は全国的な問題で、少子化やコロナの影響だけではないかもしれませんね。コロナ前から、すでにその兆候が見られました...。一番の問題点は、全国大会進出が、期待したほど募集には、あまり結び付いていない点です。」
「ええ、伊東先生の言われる通りです。それに、文化庁の『部活動ガイドライン』の縛りとか、指導教員の働き方改革..なんかも、背景としてあるのでしょう。とくに、公立高校さんは、運営が難しいでしょうね。」
伊東先生も、頷きながら
「第一、教員志望者自体が、減少しています..」
「まあ、我々も、年中無休のボランティアに近いものがあって..」
監督と副監督は、顔を見合わせ、いくぶん、自嘲気味に口元を緩ませた。
「...けれど、監督。コンクール参加校が減少した一方で、全国金のレベルは、年々高くなっていますね。矛盾するようですが..。協会側でも、参加校の減少は問題視されておられるようで、当面は、全国大会への枠を少し増やす、地域ごとの出場枠にメリハリをつける、などされてはいますが..」
「ええ...。強いところは、ますます強く、そうでないところは衰退...と、二極化がますます進んでいくでしょうね...。それから保護者サイドの問題点として、費用面もありますね。ま、ウチの場合、入部時費用が約16万円、その他、メンテ、消耗品、維持・管理費、遠征費、部費等々、月平均3~4万..。これでも、他の全国強豪校と比べたら、良心的な方なのですが..。」
「コロナ後の物価高のなか、負担が重い家庭が多いと思います。クラウドファンディングで貸与楽器を増やすとか、オリジナル・グッズで寄付金を募るとか、有料ネット配信を行うとか、スポンサーを探すとか...」
「親の負担軽減を考えれば、ある程度の経済活動は仕方ないですね。今、私が考えているのは、管理面で部を一般社団法人化し、非営利の独立会計をすることです。」
「一般社団法人化?」
「そうです。もちろん、普門館学園の一クラブ活動ではありますが...。これにより、部に法人格が与えられますから、寄付や協賛をダイレクトに受けやすい環境が整うはずです。ただ、学校法人として助成金を頂いている手前、税法上の問題もありそうなので、学園への通常の寄付金との二本立てでいくか...今度、学園の法務部に詳しく聞いてみます。」
「特定の企業イメージと結びつきすぎないことも大事かと...」
「そうですね。そこが、微妙なところですが..。それから...数年前、ある生徒が言ってた話ですが...自分は、全国大会へ行けたけど、中学時代の親友は、高1から予備校へ通って灘区の国立大だ。人生、その時々でやるべきことって何やろうって真剣に悩んだ―――と。」
「吹奏楽に打ち込んだ子が報われるような特待生枠を、せめて同じ系列大学でもっと設けてもらえるといいですね。学園の価値を高める貢献をしたのですから..。それから、私立大は少子化で悩んでいます。近隣の大学とも提携し、指定校推薦枠,高大連携枠の拡大,それから別途、部活動推薦枠を設けて貰うとか...」
「今度、学園理事長と会った時、事情を説明して、そのあたり、お願いしてみましょう。...ま、全国、どこの学校でも、同様な事態に陥っています。うちだけではありませんが..。けれど、少子化による生徒数の減少の割合以上に部員が減少しているのは、何か方策を考えないといけません..。」
「子どもたちが喜ぶ、アニメソングを地域の催しで披露したり、近隣中学とジョイントコンサートしたり...」
監督も頷きながら
「そうですね。わたしも、中学への営業を、強化しましょう。じつは、アニメソングをいれるのには、抵抗がありました。軽音楽部ではないし、コンテストの練習時間を削ることになるからです。けれど、地域の子供たちは将来の部員です。演奏って楽しいと、感じてもらうことが、まず、大切だと、考えが変わってきました。来るべき超氷河期に備え、大舞台出演だけでなく、まだ、体力のあるうちに、部員獲得のタネを足元に蒔いておいて..」
「ええ...。すでに、中学の吹奏楽部自体が、部員数が激減しています。ウチとして、どこまで裾野の掘り起こしに関与するかは別として、大事なのは、部員が、心から吹奏楽をやっていて幸せに感じる瞬間を作ってやることですね。輝く発表の場をふやしてやるとか、こどもたちから見て憧れる存在になれるとか..。」
「おっしゃる通りです。我々も、子供たちの輝く瞬間をみたくて、この仕事をやってるわけですから。」
「...しばらく、わたしたちの'働き方改革'は、お預けですね。」
「ははは...」
2人は、顔を見合わせ、愉快そうに、だが、いくぶん自嘲気味に笑った。
監督は、数字を見て、一瞬、目を疑った。
ここ数年、4月時点での吹奏楽部の部員数は減少の一歩をたどり、89..81..そして、今年74名だ。ここ、毎年1割くらいずつ、減少してきている。
「伊東先生、これはゆゆしき問題ですね..。」
準備室にいた副監督の伊東先生も、難しい顔をしている。
「今年、部活動推薦入学希望者数は、ある程度、いたと思ったのですが...。ただ、今年は、正直、タマが少ない気もしました。」
「たしかに..」
監督も、渋い顔だ。
「吹奏楽部員の減少は全国的な問題で、少子化やコロナの影響だけではないかもしれませんね。コロナ前から、すでにその兆候が見られました...。一番の問題点は、全国大会進出が、期待したほど募集には、あまり結び付いていない点です。」
「ええ、伊東先生の言われる通りです。それに、文化庁の『部活動ガイドライン』の縛りとか、指導教員の働き方改革..なんかも、背景としてあるのでしょう。とくに、公立高校さんは、運営が難しいでしょうね。」
伊東先生も、頷きながら
「第一、教員志望者自体が、減少しています..」
「まあ、我々も、年中無休のボランティアに近いものがあって..」
監督と副監督は、顔を見合わせ、いくぶん、自嘲気味に口元を緩ませた。
「...けれど、監督。コンクール参加校が減少した一方で、全国金のレベルは、年々高くなっていますね。矛盾するようですが..。協会側でも、参加校の減少は問題視されておられるようで、当面は、全国大会への枠を少し増やす、地域ごとの出場枠にメリハリをつける、などされてはいますが..」
「ええ...。強いところは、ますます強く、そうでないところは衰退...と、二極化がますます進んでいくでしょうね...。それから保護者サイドの問題点として、費用面もありますね。ま、ウチの場合、入部時費用が約16万円、その他、メンテ、消耗品、維持・管理費、遠征費、部費等々、月平均3~4万..。これでも、他の全国強豪校と比べたら、良心的な方なのですが..。」
「コロナ後の物価高のなか、負担が重い家庭が多いと思います。クラウドファンディングで貸与楽器を増やすとか、オリジナル・グッズで寄付金を募るとか、有料ネット配信を行うとか、スポンサーを探すとか...」
「親の負担軽減を考えれば、ある程度の経済活動は仕方ないですね。今、私が考えているのは、管理面で部を一般社団法人化し、非営利の独立会計をすることです。」
「一般社団法人化?」
「そうです。もちろん、普門館学園の一クラブ活動ではありますが...。これにより、部に法人格が与えられますから、寄付や協賛をダイレクトに受けやすい環境が整うはずです。ただ、学校法人として助成金を頂いている手前、税法上の問題もありそうなので、学園への通常の寄付金との二本立てでいくか...今度、学園の法務部に詳しく聞いてみます。」
「特定の企業イメージと結びつきすぎないことも大事かと...」
「そうですね。そこが、微妙なところですが..。それから...数年前、ある生徒が言ってた話ですが...自分は、全国大会へ行けたけど、中学時代の親友は、高1から予備校へ通って灘区の国立大だ。人生、その時々でやるべきことって何やろうって真剣に悩んだ―――と。」
「吹奏楽に打ち込んだ子が報われるような特待生枠を、せめて同じ系列大学でもっと設けてもらえるといいですね。学園の価値を高める貢献をしたのですから..。それから、私立大は少子化で悩んでいます。近隣の大学とも提携し、指定校推薦枠,高大連携枠の拡大,それから別途、部活動推薦枠を設けて貰うとか...」
「今度、学園理事長と会った時、事情を説明して、そのあたり、お願いしてみましょう。...ま、全国、どこの学校でも、同様な事態に陥っています。うちだけではありませんが..。けれど、少子化による生徒数の減少の割合以上に部員が減少しているのは、何か方策を考えないといけません..。」
「子どもたちが喜ぶ、アニメソングを地域の催しで披露したり、近隣中学とジョイントコンサートしたり...」
監督も頷きながら
「そうですね。わたしも、中学への営業を、強化しましょう。じつは、アニメソングをいれるのには、抵抗がありました。軽音楽部ではないし、コンテストの練習時間を削ることになるからです。けれど、地域の子供たちは将来の部員です。演奏って楽しいと、感じてもらうことが、まず、大切だと、考えが変わってきました。来るべき超氷河期に備え、大舞台出演だけでなく、まだ、体力のあるうちに、部員獲得のタネを足元に蒔いておいて..」
「ええ...。すでに、中学の吹奏楽部自体が、部員数が激減しています。ウチとして、どこまで裾野の掘り起こしに関与するかは別として、大事なのは、部員が、心から吹奏楽をやっていて幸せに感じる瞬間を作ってやることですね。輝く発表の場をふやしてやるとか、こどもたちから見て憧れる存在になれるとか..。」
「おっしゃる通りです。我々も、子供たちの輝く瞬間をみたくて、この仕事をやってるわけですから。」
「...しばらく、わたしたちの'働き方改革'は、お預けですね。」
「ははは...」
2人は、顔を見合わせ、愉快そうに、だが、いくぶん自嘲気味に笑った。