第5話 吹奏楽空手少女

文字数 1,517文字

◇◇ 吹奏楽空手少女 ◇◇


「キエーッッ」


シホの'型'の練習を見ていた師範は、感心していた。

体幹とリズム感が、抜群なのだ。

腰を落とし重心を低くしているからではない。'揺らぎ'を次の所作への重心移動に結び付け、丹田に蓄えた'氣'を爆発させて、仮想敵が見えるような美しさを生み出している。
所作から所作への変わりも良く、ふつうの子より手足が長いので見栄えもよい。
メリハリもよく、覇気がみなぎっている。目力もある。

うん、よし。

あり余る'才能'が見てとれる。これほどの門下生は、めったにいない。

高校生にしては気迫や信念、そしてパワーも十分あり、全国大会上位レベルにまで届きそうな'伸びしろ'が感じられる。


だが...

師範は、今、まさに繰り広げられている素晴らしい演武を前にして、少し、渋面になった。

あえて言うなら、静から動、柔から剛へ変わるのがリズミカルで、引っ掛かりがなく、'流麗'になりすぎてしまっているキライがある。ひらたく言えば、'野武士的な野性味'に欠ける。

将来、トップ中のトップになるには、他の可能性をすべてを捨て、この道一本に絞れる'バカさ'加減も必要なのだ。

彼女は、賢すぎる、器用すぎる、そして華があり過ぎる..



うーん...


師範は、数日前に交わしたシホとの会話を思い出していた。

シホは、普門館高校…全国有数の吹奏楽部に入部していると言ってたな..。

そうか、道理で..

彼女の演武は...そう、たとえて言うなら、音符の流れと一体化し、譜面上を流麗に泳いでいるのだ。

ある意味、彼女の生きてきた全ての経験や所作、精神が融合され、彼女の中で絶妙なバランスが保たれているのだろう..。


このような子には、どのような指導をしたらよいか...

音楽を諦めさせるか..。しかし、彼女は、それを明確に否定していた。

『音楽は、私の人生そのものです』―――彼女は、そう言い切った。


ま、たしかに、武道にせよ、スポーツにせよ、リズム感は大切な要素ではあるが...。

全国優勝者と組ませ、強烈なインパクトを与えてみるか、それとも卒業まで待つか..。



気付くと、師範は、いつのまにか、対幅の「〇〇大明神」の掛け軸を茫洋と眺めていた。

ややあって、突然、軸の反対側から、鏡映しに見られている気がした。

その刹那、師範は、'負け'を直観した。



先方の音楽監督は、全国有数の指導者であろう。

シホのこれまで体験してきた、そして、今体験しつつある人生経験が、どのように彼女の演奏に反映されているのかを、すでに子細に見てとっているはずだ。

にもかかわらず、先方は武道を捨てさせようとはしていない。ということは―――端的に言えば、ウチのほうが、肥やしになっているということだ。


師範は、一瞬、目を瞑ったのち、演武の終えたシホに、声をかけた。

「シホ。」

「はい。」

「頑張ってるな。」

「有難うございます。」

「'力の抜きかた'を、考えるように。」

「はい。有難うございます。」


うっすらと汗ばみ、溌溂とした彼女の佇まいは眩しく、何者も触れえぬ、瑞々しい青春の輝きと未来への可能性に満ち満ちている。


――青年即未来か...。


師範は、そのオーラに目を細めたが、次の瞬間、こう思い浮かんだ。


――いや、先方も、同じ思いなのかもしれぬ..。


そう思い至ると、うんうんと頷きながら、徐(おもむろ)に道場内を見て回り始めた。


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