第24話 100分の95

文字数 1,654文字

◇◇ 100分の95 ◇◇


うち、何してたんやろ...。

全国行きを逃し、気づいたら、今、卒業式の会場に座っている。

卒業式の式次第は、壇上で滞りなく進んでいく。

それをぼーっと見ながら、サヤカはマーチング・コンテスト前に行われた「合宿」で、自分がみんなに檄を飛ばしている場面を思い出していた。


「どこの学校も、勝つために死に物狂いや。鬼になって、練習してるんやで。」

「それに打ち勝つには、それを超える鬼にならなならんねん。」

「いまのみんなは、鬼以前や。座って泣いとる間があったら、動け!」

「疲れはてて、頭が真っ白になって、余計な力入らへんくなってからが、ほんまもんの練習や。」

「限界になってはじめて、体、黙っとっても、ベストの動きをしてくれるようになるんや。」

「泣きな(泣くな)!こないなの、まだまだ限界やあらへん!全国は、まだまだ、いくつも限界を乗り越えた先にあるんやで!」

檄を飛ばす。


だが、団員は、なかなか思うような動きをしてくれない。

転倒する者、へたり込む者。泣きながら動き回っている者も多い。

疲労は、わかる。でも、それを跳ね返す '腹の底から湧き上がる闘志' が感じられない。目に生気がなく、危機感がみじんも感じられない。

みんな、去年の悲しみも、おととしの悲しみも、知っているはずやないか。マーコンで全国行きを逃した、涙にむせぶ、あの空間を...。

  DMが、みんなの前ではじめて泣いた。

  顧問も、目を真っ赤に腫らしていた。

みんな、覚えているはずやないか。

青春のすべてを捧げ、そして敗れ去った、あの絶望の悲しみを―――。

今年も、繰り返したいとでもいうんか...。


仲の良かった吹部内の同級生ミオから言われた。

 「サヤカのこと、好きやけど、今のサヤカ、変や。」


空回り...。そう、全てが空回りに陥ったのだ。

ぶつかり合って、ぶつかり合って...それでも分かり合えないもどかしさ。

いったい、何が間違っていたのだろう。何が足りなかったのだろう...。

マーチングコンテストは、覇道だ。全国大会に、行けるか、行けないか、しかない。

そして今年も―――金賞を受賞しつつも、関西代表とはなれず、負けたのだ。

覇道を突き進んだのが、どこが間違いだったのか...。




壇上では、式次第が進んでいく。

「本年の全卒業生395名。諸君は...」



そのとき、ふいに、95という数字が、頭の中に入ってきた。

今の部員数だ。

春先100名いた部員が、年度末に95名も残っていたのだ。

男子部員ですら泣き出すほどの激しい猛練習の吹部で、これだけの部員が退部せずに続けてこられたのは、他校では考えられないことだろう。

なぜか―――。

そう、みんな、自分の人柄を見抜いていたのだ!

覇道を突き進もうとする心の奥底には、友愛の精神が満ち満ちていることを。

でなければ、そんなに部員が辞めずに残ってくれるわけがない。

じつは、自分はみんなに愛され、信頼され、逆に、生かされていたのだ。

部員にとっての喜びとは、まさに、自分が生き生きとしている姿を見せ続けることだったのだ。

今にして思えば、あのとき...

へたりこんでしまった部員に、1ミリでも前進しようという気が、あるんか!と言ったときの周りの仲間たちの、ウチを見る目。

あの、自分への憐れみを湛えた、悲しそうな目

―――きっと、DMとなってしまった自分の姿は、痛々しく見られていたのだろう...

ミオの言葉に、なぜ、もっと早く、気づけなかったのだろう...

それでもなお、ついてきてくれる、自分への信頼、そして思いやり...

なぜ、もっと早く、部員一人ひとりの、自分に向ける暖かさに気づけなかったのだろう...。


膝の上に、ぽとりと、しずくが落ちた。

たとえ覇道を極め、マーコン全国金を成し遂げたとしても、いや、むしろ成し遂げてしまったら、それで全て大団円となり、かえって一人ひとりのピュアな心の結晶には、気づけなかったかもしれない...。


彼女の青春のすべてを捧げたフィナーレに、一粒のしずくはダイヤのように輝いた。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み