第2話 ダイナミズム

文字数 2,717文字

◇◇ ダイナミズム ◇◇


部活動推薦入学の実技試験時の個別面談にて―――


監督は、エントリーシートを見るなり、目を剥いた。
まさか、こんな逸材が、ウチにくるとは..
だが、逸材であるからこそ、一人だけ特別扱いをすれば、他の部員のモチベーションにかかわるかもしれない...

そんな思いが頭の中をよぎり、次の言葉が出てくるまで、数秒を要した。

「…全日本中学ソロコンで、審査員賞とは、すばらしいですね。」

  「ありがとうございます。」

「これまで、どのような練習をしてきたのですか。」

  「6才から始めて、現在、○○大学の□□先生門下の△△先生に、ここ2年間ほど、週2回ご指導いただいています。」

「ああ、道理で...。いや、奏法が似ているので、ひょっとしたら..と思ってたのですが..なるほど。」

監督は、うんうんと頷きながら、それでいて、(さあ、どうしようか..)と、やや硬さの残る表情で、次の質問をした。

「音高へは行かないのですか?」

  「普門館高校吹奏楽部さんには、"夢"があります。」

「いや、どこでもそうですが...組織に所属する以上は、まず、組織の目標達成が第一です。皆とともに、歩調を合わせ、同じ時間を共有しなければなりません。苦労も、喜びも分かち合わなければなりません...」

  「それは、承知です。...じつは、これまで、演奏を磨いてきたのですが、演奏の豊かさの裏付けとなる人生経験が乏しくて...、表現力の上で、限界がでてきてしまっているのです。」

「なるほど..」

  「こちら普門館さんでは、他校ではなしえない、いろいろな経験をさせて頂けますし、なんといっても、ひとりひとりの生徒のこれまでの生き方が、どのように演奏に反映されているのかまで、ひとりひとり、よく見て下さっていると伺っています。」

「ええ..」

  「ぜひ、みんなと一緒に、泣いたり、笑ったり、悩んだり、励まし合ったり、嬉しさを爆発させたり...いろんな人生経験を深めさせてもらえれば..と思うのです。」

「わかりました..。」

今度は、監督の表情に、はっきりと、意思のようなものが浮かんできた。

「組織としての目標もありますが、あなたの才能の伸びしろは、残してあげたい..。入部後は、アンサン・コンの主要メンバーになってもらうということで、コレオグラフィーのほうは基本練習だけでいい。引き続き、個人レッスンは続けてください。えこひいきだという部員はいないでしょう。みんな、いろいろな価値観を受け入れられる生徒たちばかりですから。」

  「有難うございます。」

「ただ、一つ。みんなに愛される部員になるためにはどうしたらよいか、常に考えるようにはしてください。」

  「ほんとうに有難うございます。」


生徒の退室後、監督は考えた。

猛訓練の日々を乗り切ってきた固い団結力があるからこそ、特に秀でた生徒が輝く場を作っても、それは、組織の幅やダイナミズムになると、皆、理解できるだろう。また、個々の活性化や一層の団結心の強化にもつながるかもしれない...。ひょっとしたら、普門館吹部始まって以来の、東京の国立芸術大学合格者が出るかもしれない...

―――そんなことを考え始めたら、なにやら、監督は、そわそわしだした。




4月。練習初日。

彼女のうわさは、すでに部員たちにも伝わっていたようだ。すごいルーキーが来るらしい...。

監督は、新入部員の紹介の後、全員の前で、彼女に吹かせてみた。


皆、目を見張り、次の瞬間、どの団員の表情にも、まるで自分のことのように、満面の嬉しさが浮かんだ。悔しいという表情のカケラすらない。あまりの見事さに、むしろ、笑いを堪えられないという表情の団員すらいる。

演奏が終わる。

と、数秒してから「おおーっ」という賛嘆の声が、心からの拍手とともに沸き起こった。

その様子を見届けると、監督が、おもむろに、パート・リーダーに声をかけた。

「どうやった?」

2、3秒してから、「あっ!」と放心状態から覚め、

  「すごすぎて、放心してしまって..」

周りから、どっと、笑いがわきおこる。

パートリーダーは続ける。

  「…すごい以前に、"もったいない"です。ほんと、もったいない。現時点でこれだけの才能があれば、芸大はもちろん、将来はプロになってもおかしくないと思います。本音言っちゃうと、部員として喉から手が出るほど欲しい。けど...、私の力や、今の体制では、彼女の才能をのばせる自信がない。それが、歯がゆい..。残念ながら..。」

監督は、頷きながら

「リーダー、ありがとう。無理に振ってしまって、悪かった。ところで...」

監督は、一拍入れ、生徒たちを見回した。そして

「...みんな、楽器好きか?」

部員たちから、(なにを今さら..)という失笑がこぼれる。

たしかに、監督の質問としては、意表をついていた。

「その気持ちを、そして、いろんな思いを、楽器に語らせているか?」

今度は、皆、黙りこんでしまった。

「語らせるには、どういたらいい?―――部長。」

  「はい、技術だけでなく、いろんな人生経験を積むことだと思います。」

「そや。曲想を理解し、素晴らしい演奏をするには、その裏付けとなる、いろんな人生経験が必要なんや。いくら美しい奏法を身に着けても、自分の実体験が背景としてなければ、重厚さがない。訴求力に欠ける。応用も効かない...。」

部員たちは頷く。

「大事なのは、互いに影響し合い、さまざまな経験を積むことや。今の演奏は、全員の行きつく先にあるものではないが、すぐそこに、突出した感動演奏をしてくれる同世代がいる。互いに積極的に交わることで、これほどよい人生経験が得られるチャンスはないだろう。また、君たちの人生経験からも、ぜひ、彼女に影響を与えてあげてほしい。」

部員たちは頷く。

「組織の在り方のバランスは、固定されたものではない。うちの吹部には、並外れた才能を受け入れる、柔軟さやダイナミズムがあるはずだと思う。基本練習は共に仲間として、みんなといっしょや。マーコンは出られないが、アンサンコン要員として、また、組織からはいくぶん独立して、普門館吹部の看板も背負ってソロコンのほうにも力を入れてもらう。みんな、いいか?」

「はいっ!」

みんな、ニコニコしている。
全体が柔らかい雰囲気に包まれ、明るくなった。
祝福の拍手―――

ルーキーのほうは、涙腺を弛ませながら、何度もペコペコしている...



翌朝。

朝練習前の練習場には、ルーキーは、だれよりも早く駆けつけ、掃除を始めた。

後から入ってきた同級や先輩たちだれもが、彼女に明るく声をかけている...。

―――そんな日常の一コマに、普門館吹部のダイナミズムを垣間見た。




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