第39話 時空を超えて
文字数 2,125文字
◇◇ 時空を超えて ◇◇
普門館高校OBからなる社会人吹奏楽団の練習会場にて―――。
「はじめまして。普門館高校吹奏楽部の監督の〇〇です。本日は、貴重な練習時間を割いていただきまして、有難うございます。」
団員も会釈した。
「創部された松井先生には、私が教諭になる以前から、ずいぶんと、お世話になりました。
吹奏楽の指導法のみならず、指導者としての人間性のありかたなどについても、随分、ご指導いただきました。その松井先生から、数年前に、普門館吹奏楽部の監督へのお誘いを頂いた時は、本当に有難く、即座に、お受けいたしました。その後、コロナの時代が続きましたが、ここ、5年連続、全国ゴールド金賞を頂いております。これも、長い伝統を築き上げてこられた、松井先生やOBの皆様のおかげだと、感謝しております。」
監督は、頭を下げた。
団員から、拍手、足踏み。
「松井先生が創部されてから、本年で、ちょうど50周年を迎えます。
先生は、残念ながら3年前にお亡くなりになりましたが、先生の残された伝統は、OBの皆様のお陰もありまして、脈々と受け継がれております。
そこで、お願いがあります。
ただいま、高校吹奏楽部では、創部50周年記念コンサートを企画しておりまして、1曲でも結構ですから、ぜひ、OBの皆様との合奏をお願いできればと思うのです。」
団員から「おおーっ」という声が上がる。
「じつは、松井先生の十八番(おはこ)の曲を在校生が合奏した音源を持ってきました。まずは、お聞きください。」
はじめはリラックスで聞いていた団員たち。
ところが、次第に表情が強張り、終いには、涙ぐむ者すら何人か現れた。
演奏が終わる。
しばらく静寂が続き、そして、団員すべてが立ち上がって、拍手をした。
コンサート・マスターがいう。
「目を瞑って聞いていると、そこに、松井先生が指揮していらっしゃるような気持ちになりました。」
皆、ウンウンとうなずく。
ほかの部員もいう。
「わたしも、本当に、あの時代、あの練習室の空間に戻ったかの様な気持ちになりました。」
と、そこへ、ほかの部員が
「あ、若返ったみたいやで。」
どっと、笑い。
代表が聞く。
「それにしても、先生、その指揮は?」
「ええ、もともと、松井先生が下さった生テープが家にあったのです。それと、先生がご指導くださったことを思い出して、生徒たちに合奏させたものです。
...いかがでしょう、ご一緒に、出演頂けないでしょうか。」
OBたちは、皆、満面の笑みを浮かべた。
コンサート本番。
舞台中央上には、創部者の松井先生の微笑んだお写真が飾られている。
まず、在校生の迫力ある演奏。
つぎに、演奏家への道に進んだOBたちによる演奏が行われた。
OBたちが一様に語るには、やはり、音楽の核心になっているのは松井先生から受けた薫陶であること。そして卒部後20年以上経っているにもかかわらず、軸足の置き所や音楽に対する姿勢はまったく高校時代と変わっていないこと――などが語られた。
つぎに、祖母-母-娘の3代にわたって普門館吹奏楽部という一家による演奏が行われた。
声帯周りの構造が近いからだろうか、身内ならではの、息の合ったハーモニー、透明感のあるサウンドが美しかった。監督が飛び入りでタクトを振り、華(?)を添えた。
つづいて、最初で最後だから..ということで、監督による金管のソロが行われた。
優美で輝かしい音、そして 暖かく柔らかい心地よい芯のある音色が会場に響く。しかも圧倒的な技術で軽やかに吹ききっている。モーリス・アンドレ張り――といったら、褒めすぎか。
全国吹コン個人の部で賞をもらった生徒が、あまりの驚きで、目を見開いてしまっている。さすが海外仕込みの音色だ。おそらく監督は、指導者である以前に、まず音楽家である姿勢を示したかったのだろう。
最後に、現役とOBによる合奏になった。
舞台の照明が少し、暗くなったかと思うと、舞台上方に、プロジェクターで、在りし日の松井先生の指揮される様子が映しだされた。
「皆さん、目を瞑って、演奏をお聞きください」―――とのアナウンスが静かに流れ、現役とOBとの合奏が始まった。
目を瞑っていると、まるで、松井先生が、舞台でタクトを執っておられるかのような錯覚に、皆が陥った。
演奏が終わる。
しかし、だれ一人として、拍手しようとしない。
それほど、衝撃的な演奏で、それほど、一人一人の心の中に、先生のお姿が、ありありと思い浮かんだのだ。
時空を超えた幸福感に浸る歓び...
そして20秒後。
はじめはさざ波のような拍手。やがて大きくなり、最後は割れるような大きな拍手に変わる。
舞台中央の先生のお写真に、スポットライトがあたる。
いつまでも、拍手はやまない。
拍手が、見事な演奏への拍手から、松井先生への感謝の拍手、そして、普門館吹奏楽部の伝統への賞賛の拍手へと変わっていったからだ。
最後に、もう一度、全員で校歌を歌った。
そのメロディーには、作曲者である松井先生の優しいお心が宿っているのだ。
会場全体が、先生の温かいオーラで包まれた。
普門館高校OBからなる社会人吹奏楽団の練習会場にて―――。
「はじめまして。普門館高校吹奏楽部の監督の〇〇です。本日は、貴重な練習時間を割いていただきまして、有難うございます。」
団員も会釈した。
「創部された松井先生には、私が教諭になる以前から、ずいぶんと、お世話になりました。
吹奏楽の指導法のみならず、指導者としての人間性のありかたなどについても、随分、ご指導いただきました。その松井先生から、数年前に、普門館吹奏楽部の監督へのお誘いを頂いた時は、本当に有難く、即座に、お受けいたしました。その後、コロナの時代が続きましたが、ここ、5年連続、全国ゴールド金賞を頂いております。これも、長い伝統を築き上げてこられた、松井先生やOBの皆様のおかげだと、感謝しております。」
監督は、頭を下げた。
団員から、拍手、足踏み。
「松井先生が創部されてから、本年で、ちょうど50周年を迎えます。
先生は、残念ながら3年前にお亡くなりになりましたが、先生の残された伝統は、OBの皆様のお陰もありまして、脈々と受け継がれております。
そこで、お願いがあります。
ただいま、高校吹奏楽部では、創部50周年記念コンサートを企画しておりまして、1曲でも結構ですから、ぜひ、OBの皆様との合奏をお願いできればと思うのです。」
団員から「おおーっ」という声が上がる。
「じつは、松井先生の十八番(おはこ)の曲を在校生が合奏した音源を持ってきました。まずは、お聞きください。」
はじめはリラックスで聞いていた団員たち。
ところが、次第に表情が強張り、終いには、涙ぐむ者すら何人か現れた。
演奏が終わる。
しばらく静寂が続き、そして、団員すべてが立ち上がって、拍手をした。
コンサート・マスターがいう。
「目を瞑って聞いていると、そこに、松井先生が指揮していらっしゃるような気持ちになりました。」
皆、ウンウンとうなずく。
ほかの部員もいう。
「わたしも、本当に、あの時代、あの練習室の空間に戻ったかの様な気持ちになりました。」
と、そこへ、ほかの部員が
「あ、若返ったみたいやで。」
どっと、笑い。
代表が聞く。
「それにしても、先生、その指揮は?」
「ええ、もともと、松井先生が下さった生テープが家にあったのです。それと、先生がご指導くださったことを思い出して、生徒たちに合奏させたものです。
...いかがでしょう、ご一緒に、出演頂けないでしょうか。」
OBたちは、皆、満面の笑みを浮かべた。
コンサート本番。
舞台中央上には、創部者の松井先生の微笑んだお写真が飾られている。
まず、在校生の迫力ある演奏。
つぎに、演奏家への道に進んだOBたちによる演奏が行われた。
OBたちが一様に語るには、やはり、音楽の核心になっているのは松井先生から受けた薫陶であること。そして卒部後20年以上経っているにもかかわらず、軸足の置き所や音楽に対する姿勢はまったく高校時代と変わっていないこと――などが語られた。
つぎに、祖母-母-娘の3代にわたって普門館吹奏楽部という一家による演奏が行われた。
声帯周りの構造が近いからだろうか、身内ならではの、息の合ったハーモニー、透明感のあるサウンドが美しかった。監督が飛び入りでタクトを振り、華(?)を添えた。
つづいて、最初で最後だから..ということで、監督による金管のソロが行われた。
優美で輝かしい音、そして 暖かく柔らかい心地よい芯のある音色が会場に響く。しかも圧倒的な技術で軽やかに吹ききっている。モーリス・アンドレ張り――といったら、褒めすぎか。
全国吹コン個人の部で賞をもらった生徒が、あまりの驚きで、目を見開いてしまっている。さすが海外仕込みの音色だ。おそらく監督は、指導者である以前に、まず音楽家である姿勢を示したかったのだろう。
最後に、現役とOBによる合奏になった。
舞台の照明が少し、暗くなったかと思うと、舞台上方に、プロジェクターで、在りし日の松井先生の指揮される様子が映しだされた。
「皆さん、目を瞑って、演奏をお聞きください」―――とのアナウンスが静かに流れ、現役とOBとの合奏が始まった。
目を瞑っていると、まるで、松井先生が、舞台でタクトを執っておられるかのような錯覚に、皆が陥った。
演奏が終わる。
しかし、だれ一人として、拍手しようとしない。
それほど、衝撃的な演奏で、それほど、一人一人の心の中に、先生のお姿が、ありありと思い浮かんだのだ。
時空を超えた幸福感に浸る歓び...
そして20秒後。
はじめはさざ波のような拍手。やがて大きくなり、最後は割れるような大きな拍手に変わる。
舞台中央の先生のお写真に、スポットライトがあたる。
いつまでも、拍手はやまない。
拍手が、見事な演奏への拍手から、松井先生への感謝の拍手、そして、普門館吹奏楽部の伝統への賞賛の拍手へと変わっていったからだ。
最後に、もう一度、全員で校歌を歌った。
そのメロディーには、作曲者である松井先生の優しいお心が宿っているのだ。
会場全体が、先生の温かいオーラで包まれた。