第23話 香しき世界へ
文字数 2,087文字
◇◇ 香しき世界へ ◇◇
『創部○○周年記念式典』の看板が、ステージ上にまぶしい。
学校関係者、部の関係者のあいさつが一通り終わり、小グループに分かれ、OGとの座談会に移った。
「普門館大から保健医療方面へ進む人が多いみたいですけど、先輩は今、大学で音楽療法を研究してはるんですか。」
「うん。」
「病院でも、取り入れてるとか..」
「そやねん。音楽療法士..っていうねん。まあ今のところ、リハビリの一環やけど...。ただ、ウチが今研究してるんは『マーチング・ヒーリング』ってやつで...」
「それ、何ですか?」
「普門館のマーチングあるやん。」
「はい...」
「あの感動って、単なる振付の工夫だけちゃうと思うねん..。」
「たしかに..。エンターテイメント性だけなら、阪急乗って見に行けば、いくらでもスゴイの見られる。サウンドなら、いくらでもプロのオーケストラある。やけど、一高校の部活動が、全世界の老若男女のファンを取り込んでんのは、確かに謎ですねぇ...。」
「そやろ。洋の東西、老若男女問わず、感動する人がおる。元気が出る、生きる活力が湧く言うて、涙を流す人さえいる。..絶対、なんか理由があるはずや。」
「先輩は、どう考えてはるんですか。」
「専門的には、1/f揺らぎのリズムとか、脳のα波の喚起とか...色々あるみたいやけど、それだけちゃうと思う。それに、内部にいたから、逆に当たり前すぎて、分からへんくなってるんかもしれんし..。ま、メカニズム解明できたら、ノーベル賞モンやな、ははは..。それにしても、夏のマーコンはすごかったな。」
「ありがとうございます。」
「7年ぶりか...。」
「やっと、全国金とれました。」
「吹奏楽コンクールのほうも...」
「ここ2年連続、全国銀です。」
「がんばったな。」
「先輩が卒業された次の代で、吹コンで関西代表になりました。マーコンの全国進出は、もう1年かかりましたけど。その土台をつくってくれはった、コロナの時の先輩たちのおかげです。」
「あんときは、しんどかった...。」
「どんな感じやったんですか。」
「ああ...」
先輩は、遠くを見つめるように、ぼそぼそ、語りだした。
「...しんどかった...」
「大変やったんですよね...」
「...うちらの代だって、『先輩超えたる!』って誓っててん。やけど、コロナで登校禁止やし、仲間と練習もできひん...。コンテストも舞台も、ぜーんぶ無くなった..。」
「辛かったでしょう...」
「何が辛かったって、コロナで、親の経済的理由で、部員がどんどんいぃひんくなっていったことや...。こればかりは、どうしょうもない..。」
「…」
「で、残った仲間と誓ってん。いつかくるコロナ明けの日、そして、その先の後輩たちの'栄光の日'のため、自分たちの代は、後輩たちの'肥やし'になろう――って...。」
「ほんまに、ありがとうございます...。」
「いや、そう考えることしか、心の持ちよう、支えようがなかってん。輝くことも儘ならへんし、沈むことも儘ならへん。なーんもできひんかった...。」
「すごい落ち込まはったんでしょう...」
「やけど、そのうち気づいてん。うちらの前の代の先輩たちやって、顧問は変わる、コーチは変わる...本当に恵まれてはったんやろか...。むしろ、激動の中、あがき続けてはったんちゃうか...。」
「…」
「過去の出来事は、変わらへん。けど、時間がたつうち、内面の成長とともに、捉え方が進化していくもんや。傷も、癒えていくもんなんや...。」
「...その...成長のカギ――となるんは...?」
「うん、そうやな...。人とのつながり――やろな。」
「つながり?」
「うん。ひとつひとつのつながりに有難さを感じられれば、感謝の気持ちが、心を安らかにする。『香しい香りの在りか』も見えて来るねん。」
「香しい...?」
「そうや...。ま、仲間とともに、人を活かし、自分も活かされて、互いに高め合っていけるような場所――やな。」
「...なんか、分かったような、分からへんような...」
「はは...。それで、ええねん。そのうちわかる。...ま、今となっては、コロナも肥やしになったってことや...。一曲、吹かせてな。」
先輩は、そう言うと、おもむろにトロンボーンを取り出し、普門館のパレードの出だしの1曲目を吹き始めた。
先輩の原点には、仲間たちとの美しい行進の世界が、ずーっと生き続けてはるんやろな...。
そうや!
人それぞれの生き方の原点を美しく加工し直してくれるのが、先輩の言っとったマーチング・ヒーリングちゃうんかな...?
これまで生きてきた世界、そして、今生きとる世界を、幸せに満ちた香しき流れへと変えてくれる...
ひとしきり演奏し、それが終わると、先輩は、ゆっくりとマウスピースから口を離し、そして誰に言うともなく、呟いた。
「ありがとう...」
きっと先輩の脳裏には、自分を香しい世界へ導いてくれた仲間たちの笑顔が浮かんではるに違いない。
『創部○○周年記念式典』の看板が、ステージ上にまぶしい。
学校関係者、部の関係者のあいさつが一通り終わり、小グループに分かれ、OGとの座談会に移った。
「普門館大から保健医療方面へ進む人が多いみたいですけど、先輩は今、大学で音楽療法を研究してはるんですか。」
「うん。」
「病院でも、取り入れてるとか..」
「そやねん。音楽療法士..っていうねん。まあ今のところ、リハビリの一環やけど...。ただ、ウチが今研究してるんは『マーチング・ヒーリング』ってやつで...」
「それ、何ですか?」
「普門館のマーチングあるやん。」
「はい...」
「あの感動って、単なる振付の工夫だけちゃうと思うねん..。」
「たしかに..。エンターテイメント性だけなら、阪急乗って見に行けば、いくらでもスゴイの見られる。サウンドなら、いくらでもプロのオーケストラある。やけど、一高校の部活動が、全世界の老若男女のファンを取り込んでんのは、確かに謎ですねぇ...。」
「そやろ。洋の東西、老若男女問わず、感動する人がおる。元気が出る、生きる活力が湧く言うて、涙を流す人さえいる。..絶対、なんか理由があるはずや。」
「先輩は、どう考えてはるんですか。」
「専門的には、1/f揺らぎのリズムとか、脳のα波の喚起とか...色々あるみたいやけど、それだけちゃうと思う。それに、内部にいたから、逆に当たり前すぎて、分からへんくなってるんかもしれんし..。ま、メカニズム解明できたら、ノーベル賞モンやな、ははは..。それにしても、夏のマーコンはすごかったな。」
「ありがとうございます。」
「7年ぶりか...。」
「やっと、全国金とれました。」
「吹奏楽コンクールのほうも...」
「ここ2年連続、全国銀です。」
「がんばったな。」
「先輩が卒業された次の代で、吹コンで関西代表になりました。マーコンの全国進出は、もう1年かかりましたけど。その土台をつくってくれはった、コロナの時の先輩たちのおかげです。」
「あんときは、しんどかった...。」
「どんな感じやったんですか。」
「ああ...」
先輩は、遠くを見つめるように、ぼそぼそ、語りだした。
「...しんどかった...」
「大変やったんですよね...」
「...うちらの代だって、『先輩超えたる!』って誓っててん。やけど、コロナで登校禁止やし、仲間と練習もできひん...。コンテストも舞台も、ぜーんぶ無くなった..。」
「辛かったでしょう...」
「何が辛かったって、コロナで、親の経済的理由で、部員がどんどんいぃひんくなっていったことや...。こればかりは、どうしょうもない..。」
「…」
「で、残った仲間と誓ってん。いつかくるコロナ明けの日、そして、その先の後輩たちの'栄光の日'のため、自分たちの代は、後輩たちの'肥やし'になろう――って...。」
「ほんまに、ありがとうございます...。」
「いや、そう考えることしか、心の持ちよう、支えようがなかってん。輝くことも儘ならへんし、沈むことも儘ならへん。なーんもできひんかった...。」
「すごい落ち込まはったんでしょう...」
「やけど、そのうち気づいてん。うちらの前の代の先輩たちやって、顧問は変わる、コーチは変わる...本当に恵まれてはったんやろか...。むしろ、激動の中、あがき続けてはったんちゃうか...。」
「…」
「過去の出来事は、変わらへん。けど、時間がたつうち、内面の成長とともに、捉え方が進化していくもんや。傷も、癒えていくもんなんや...。」
「...その...成長のカギ――となるんは...?」
「うん、そうやな...。人とのつながり――やろな。」
「つながり?」
「うん。ひとつひとつのつながりに有難さを感じられれば、感謝の気持ちが、心を安らかにする。『香しい香りの在りか』も見えて来るねん。」
「香しい...?」
「そうや...。ま、仲間とともに、人を活かし、自分も活かされて、互いに高め合っていけるような場所――やな。」
「...なんか、分かったような、分からへんような...」
「はは...。それで、ええねん。そのうちわかる。...ま、今となっては、コロナも肥やしになったってことや...。一曲、吹かせてな。」
先輩は、そう言うと、おもむろにトロンボーンを取り出し、普門館のパレードの出だしの1曲目を吹き始めた。
先輩の原点には、仲間たちとの美しい行進の世界が、ずーっと生き続けてはるんやろな...。
そうや!
人それぞれの生き方の原点を美しく加工し直してくれるのが、先輩の言っとったマーチング・ヒーリングちゃうんかな...?
これまで生きてきた世界、そして、今生きとる世界を、幸せに満ちた香しき流れへと変えてくれる...
ひとしきり演奏し、それが終わると、先輩は、ゆっくりとマウスピースから口を離し、そして誰に言うともなく、呟いた。
「ありがとう...」
きっと先輩の脳裏には、自分を香しい世界へ導いてくれた仲間たちの笑顔が浮かんではるに違いない。