第11話 ウィークエンド・イン・ニューヨーク

文字数 1,843文字

◇◇ ウィークエンド・イン・ニューヨーク ◇◇


監督の、ジャズの奏法に対する造詣の深さや、華やかな表現力も、これまでの演奏から知っていた。

きっと、全曲を通じて、ジャジーでメロディアスな演奏になることだろう。

その点は、安心だ。

しかし、はたして、本作品に対する、'高校生らしい、若々しい味'というのは、許容されるのだろうか。

じっさい、全国コンクールでも、この曲でこれまでに金賞を取った高校はあったろうか..。

さらに、座奏で全国進出経験のない普門館高校に、ソロに堪えられるだけの部員が充実しているのだろうか..。

それにパーカス隊の裏拍のズレが、起こりはしないか..そんなことがあったら、全体が崩壊する。

うーん、なんだか、不安になってきた...。



演奏が始まる。

とたんに、脳裏にニューヨークの景色が弾けるように浮かんだ。


会場の空気がガラッと変わる。表現が豊かだ。

これは...2010のNTTか?いや、西東京の○○高校も入っているような..?

それだけではない、節回しを聴くと、この監督は、かなり英語ネイティブ・スピーカーの会話の抑揚にも通じておられるのでは...


50秒を過ぎたころから、いよいよソロがはじまった。

ソプラノ・サックス、アルト・サックス、フルート、トロンボーン、クラ、バスクラ、ホルン..


ソプラノ・サックスは切り込み隊長。1人で10人前の迫力があり、一気にフィリップ・スパークの世界に聴衆を引きずり込む。アルト・サックスはさらに世界を押し広げる。いずれも、表現が豊かだ。

音程を扱う装飾技法が素晴らしく、垂直・水平方向の顎の動きがよくできている。たぶん、しっかりした指導者に、徹底的に鍛えられたのだろう。

下手なしゃくり癖がつくリスクを考え、よほどの予算と時間がない限りは、ふつう、高校生にはやらせない奏法だろう。

見事に、圧巻の演奏で迫ってくる。監督の英断に賛辞を贈ろう。


ホルンも、牧歌的で素朴な音色が美しくのびやかに響いたかとおもうと、次の場面では、明るくパリッとした表情を見せたりもする。

絵画的な情景描写を豊かに表現している。

右手の扱いも上手い。


それにしても、なぜフィリップ・スパークは、ソロをあれこれ登場させるのか、それを理解しないと、いろんな色の羅列で終わり、運んでおしまい、ということになりかねない。



心配していたドラム。

どうも、日本有数のドラマーの特訓を受けていたようで、ガラッと変わっていた。

目まぐるしく変わる曲の雰囲気の変化に、見事に対応しており、バランスもよい。

ウッドブロックの裏拍、マラカスの16分の刻みもよい。

心配していたパーカスによる全体の崩壊――は、全くの杞憂であった。

ソロを活かしつつ、パーカスが見事に躍動しているではないか!



全体の演奏レベルも高く、ジャズ調、バラード調など、監督の造詣の深さが、演奏によく表れている。

また英語ネイティブスピーカーの節回しで、多文化社会アメリカの様々な音楽シーンが、臨場感豊かに、ぐいぐい迫ってくるのだ。


多文化からなる大都会―――その点々とした多種多様な'きらめき'の数々が、多様な文化をいっそう魅惑的なものにする。

とかくマーチングに注目が集まりがちな普門館吹部―――。

だが、その中には、じつは、こんなに多くの煌めく宝石が散りばめられていたのだ!




それにしても、部員たちの、その楽し気な表情といったら!

お客さんを、その演奏する嬉しさに引き込んでしまっているのは、この曲の演奏の成否のひとつのバロメーターなのかもしれない。



かなりの難度と、部員の層の厚さ、さらには、場合によっては仕上げていくためのコストも必要とされるであろうこの曲は、ある程度の'実力'のある団体にとっては、一見、コンテスト向きなのかもしれない。

だが、譜面を超えた'味'の出し方が高校生には難しく、その意味で、指導者の力も如実に反映されてしまう曲でもあり、そのチャレンジング・スピリットはすばらしい。

これだけの煌めく逸材に恵まれた今年だからこそ成しえた、今後の演奏のメルクマールとなる名演ではないか。



招待された、日本有数のジャズ奏者や、日本を代表する吹奏楽指導者も、じっと聴き入っているが、よくみると、心地よさそうに微笑みながら、ウンウンと頷いているではないか。そして時折、「ほぅ…」と感嘆したりもしている。


まちがいない。

普門館吹部の演奏力は、確実に次の段階にステップアップした。

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