第19話 Blooming talent in the US

文字数 3,289文字

◇◇ Blooming talent in the US ◇◇




 私が渡米しアメリカの音大に入学したのは、19歳の秋。普門館を卒業して半年後だ。

 本場のマーチングを学びたかったことと、DCI(Drum Corps International)に出るには21歳までという年齢制限があったこと、そして、何よりROSAパレードで絶賛された、ダンシングと融合した、普門館ならではのマーチングを全米に広げたいという密かな願いからだった。今にしてみると、ずいぶん無謀だったけれど...。

     *

 離日前、吹部の同級生たちが壮行会を開いてくれた。

 高校時代、私のこと、SNSでさんざんいじりまわしてくれた親友のミユが「うち、家の都合で吹奏楽続けられへんくなってもうたけど、ミオのみる夢は、うちん夢やで。」と言ってくれた。
 あれにはこたえたわ...。これ以上のはなむけの言葉があるやろか。号泣もんや。

     *

 下宿先は、ROSAパレード出場のときお世話になったホストファミリー。

 あの時ケナディー高校のホールでもらった小袋に添えられていたメッセージカードは、一生の宝物。

 『あなたが世界に雄飛するのが、私たちにとっても、夢です。あなたが大きなステップに向けて踏み出そうとするとき、再びあなたに会えると信じています。』

     *

 ホストファミリーとは3年ぶりの再会だった。

 ホストマザーとは、熱くハグした。

 ママは、微笑んで言った。

 「ミオ、やっぱり、また会えたわね。」

 「なぜ、わかったの?」

 「あなたのその目と、その笑顔よ。」

 そのときのママの喜びようといったら...。一点の曇りもない、輝くばかりの満面の笑顔だ。

     *

 バンド指導についての講義が続く。

...The band instruction has five important aims, that is, tone quality, pitch and intonation, rhythm, technique, and interpretation...

 最後に、教授は、こう言った。

You have submit some reports. A word error particularly the mistake of the technical term becomes the point zero. When three times of point zeros continue, you'll lose this required course. (レポートを提出してください。スペルミスは0点です。3回0点が続くと、この必修科目を落とします)

 えっ、落としたら、次の学期の必修まで待たなければならないの?その間のお金はどうなるの?

 翌日、オフィス・アワーに教授に会いに行った。単語ミスで0点って、どういうことか、聞こうと思って。

 初めて出会う教授は、寛容だった。

 「私に何がしてあげられるかな」

 しかし、私が自己紹介をしているうち、突然、遮って
「私の講座で、過去、パスした日本人はいない。君の、その程度の英語力では、ここは持たないだろう。とっとと、帰ったほうがいい。」
というなり、プイと横を向いた。

 容赦ない突然の言葉に、私は言葉を失った。頭をガーンと、ぶんなぐられた気分。何か言い返さないと...と思っても、次の言葉が出てこない。


 退室後、下宿までの道が、重く、長かった。

 帰ってくるなり、ベッドに倒れこんで泣いた。これ以上ないというくらい、泣いた。

 しばらくして...

 こんどは無性に、自分に腹が立ってきた。

 何もしないで、やられる一方か...。自分らしくないやんか。

 私の英語力では無理というのは理解できる。しかし、日本人には無理というのは、偏見だ。

 むかーっ、とした。絶対に、屈しない。あなたは間違っているぞ、と見返してやろうと思い、次回の講義の時は、一番前に陣取った。

 教授は、入室時に私の姿を認めると、一瞬、目を丸くした。


 レポート1回目。人名のスペルミスで見事に0点。

 John Philip SousaをPhillipeにしてしまったのだ。


 2回目。

 ホストパパに頼んで、提出前にスペルチェックしてもらった。

 しかし、もともと隊列の専門用語のDress Rightとすべきところを、私が誤ってDress Lineと書いてしまったのだ。ホストパパに気づけるわけもなかった。

 またまた0点。

 リーチがかかる。


 次のオフィス・アワーに教授室へ行った。

 教授は私を見るなり、開口一番、「なぜ早く帰らないか。ここは、あなたのいるところではない。」

 私は微笑んでかわし、

 「エキストラ・クレジットの課題を与えてくれませんか」

 「そんなもの、考えたことがない...」

と、ごにょごにょ言っていたけれども、結局、私のしつこさに断念したのか

 「じゃあ、君の2つの0のうち、1つを消してあげることはできる。ただし、君がどんなマーチングを考えているのか、3分で私を十分に納得させられれば、の話だがね。」

 「今、ですか。」

 「Go ahead.」

 「私の考えるマーチングとは、これです。」

 持っていた楽器を取り出し、その場で演奏しつつ、舞った。



 意識は、もう、どこまでも青く突き抜けるパサディナの空の下だった。

 大歓声とスタンディング・オベーションのなか、普門館の仲間たちとともに、輝きの行進をしていくのだ…。


 気づくと、教授が目をつむっていた。

 (だめか...)

 そして、しばらくしてから、教授は口を開いた。

 「君は、現在のところ言葉の点では問題があるが、パフォーマンス能力とクリエイティビティは、卓越している。口先だけの指導者が多いなか、それらは、将来の指導者として、最も大切なものだ。私は才能ある逸材を、もう少しのところでつぶすところだった...。」

 「これからのマーチングは、伝統的な要素に加え、君のいうような要素も必要だとおもう。ところで、君はひょっとして、日本の普門館シニアハイスクールの出かい?」

 「はい」

 教授は大きく頷き、

 「…わかった。君は、将来のためにもDCIを体験しておいたほうがいい。Johnに君のことを話しておくよ。彼は、本学における責任者だ。」

 「ありがとうございます…」

 「あ、言い忘れていた。今後、君は単純なスペルミスから解放される。」


 あとは涙で言葉にならなかった。吹部の仲間が救ってくれた...。

     *

 Johnに会ってからはトントン拍子で、World ChampionshipのFinalに出場した。言葉に慣れるにしたがって、多くの友人にも恵まれていった。

 卒業式の日、教授とハグをした。

 そのとき初めて、教授から、ホストパパとは高校時代からの親友だったことを明かされた。

 自分の様子が筒抜けだったのだ。



 下宿へ向かう道々にはカリフォルニアポピーが咲き乱れ、かぐわしいそよ風に揺れていた。

 一面のオレンジに包まれて、わたしは、普門館吹部のみんなと進んでいくのだという確かな思いを抱いた。



     *




 私は、今、ここアメリカの母校の大学で、マーチング演出とショウ・コーディネイトをしている。

 私が、学生たちに、いつも言っている言葉がある。

 「マーチングには揃える美しさは必要です。しかし、ぴったり揃うから美しいのではありません。
 つまり、人間の個性をなくし、全員を同じカラーに揃えるということではなく、個性の表現の仕方をどうそろえたら美しく見えるか、ということです。
 そして個性のハーモニーと演奏のハーモニーとを融合させるのです。」

 いま、普門館流のマーチングと、本場伝統のマーチングの所作との融合した、新たなマーチングを提唱、指導している。

 私の脳裏には、つねに普門館吹部の、あの仲間たちの笑顔がある。

 そして普門館の魂は、異郷の地で、また新たな「生きる喜び」に満ち溢れた輝きを放つのだ。

 大輪の花が開くのも、もう、そう遠くはない。




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