第20話 寡黙なDM

文字数 2,227文字

◇◇ 寡黙なDM ◇◇

普門館のDMみたら、びっくりするで。
DMゆうたら、ふつう、大声張り上げて、団員に檄飛ばすやろ。
やけど、うちんDM、寡黙なんや。大声出すとこ、みたことあらへん。

はじめ、ようDMになれたって、だれもが思うた。
やけど、顧問、DM向きや、やってみなはれ言わはってん。
謎やった。


そのうち、その謎、だんだん解けてきた。

まず、目で話すんや。
音が5分の1ずれても、そのパートに、射すくめるような鋭い視線をなげかけてくる。
ハーモニーやリズム、振付揃わへんと悲しい目ぇし、原因になっとるパートだけでやるよう、ぼそっと言う。
それが、恐ろしいほど的確なんや。こないな具合や。


○○さん、あなたのフルート、周りとのハーモニー、気持ち悪くないんか。頭部管と胴部管の間、もう1ミリ、空けて。

トロンボーンの○○さん、Ges-durで半音ずつスラーで上げてって。...やっぱし、不均等やな...。もう一度繰り返して...。うん、ようなった。


みんなの前でやらされる部員は、毎回、冷や汗もんや。吊るしあげモンや思うた。

その様子を見とるパートリーダーの顔と言ったら...泣き出しそうや。
檄とばされるほうが、はるかに楽や。

せやけど、そのうち気づいたんねん。ほんまに、できひん子には、やらせへん。
やったら、すぐようなる子だけ、見極めとったんや。
ほんで、最後は、いつもみんな笑顔になるんや。ヤル気の加速アップや。もちろん、あとでパートリーダーが必死にフォローしとったけど。


なんでも、中学時代、全国管楽器ソロコンテストで、審査員賞とったらしい。
絶対音感もあって、クラシックバレエも3歳から習うとったやらで、リズム感・体幹も完璧なんや。
それが、なんで音高への推薦を断って、うちん普門館に入ってきたんや?
それが、最大の謎や。音高行っとったら、芸大かて夢やなかったやろ。




合宿中、ある事件がおきた。


皆、猛練習で、疲労の極限に達して、もうぶっ倒れる寸前のとき、『カンタベリー・コラール』を、最後にもういっぺん、通してみようってことになってん。
みんな、もう頭真っ白で、うちらの意志とは無関係に、勝手にふわーっと、全体の演奏進んでいく感じ。
ほんで、すーっと演奏し終えたとき、DMのおっきな瞳から、とつぜん、とめどなく、涙があふれでたんや。
まるで、涙に吸い取られるように、空間が、シーン...と静まり返ったんや。


うちら、最初、何起きたんか、わからへんかった。
ひょっとして、あんまりに下手な演奏で、がっかりして怒ってるんか思うた。
せやけど、そのうち、柔しい顔になって、幸せそうな表情になって、

「みんな、ありがと...。」

いうたんや。
そんなん言うんは、初めてのことやったから、びっくりや。
DMがいうたんやで。うちらも、もう、もらい泣きや。
こないな純粋なDMのためなら、なんべんでも、泣かせたれってことになった。
感動演奏が、うちらの、生きがいになったんや。
今にして思えば、そのとき、一本、通されたんやな...。


パートごとの細かな振付は、各パートリーダーに任せとったけど、所作ごとに体幹の重心変わるさかい、アンブシュアも工夫せなならんいうて、構成係やパートリーダーまじえて話し合いやっとった。たしかに、下向いた瞬間は高音出しづらいやろうし、激しい振付では、多少、音質落ちても替え指に変えよう、とか。それから、伴奏とオブリガートとはちゃうから、主旋律パート生かすために振付も変えへんと...やらやっとってん。

そのうち、みんなの前で、パートリーダー並ばせて、パートごとの振付の見本を見せるんや。
ふだん、同じパートの周りの動きしか目に入っとらんうちらにとっては、新鮮や。
パートリーダーだけあって、どや!って感じ。「おおーっ」て声上がる。リーダーたちも、まんざらやない様子。もっともっと工夫をいれるんやって。

そう、管理されとるっていうか、逆に、気づき与えられて、隠れとった能力が引き出されて、表現する場を与えられて、みんなで喜べる…そういう中心に、常にDMがおったんやな。檄なんて一言もあらへん。
そのうち一人一人、前向きな欲をもてる集団にかわって、コンクールが迫るにつれて加速がついてって、皆、目つきも座ってきたんや。

で、ようやく、みんな気づいたんや。
DMは天才や、真のリーダーやって。
それをはじめから見切ってはった顧問もすごいモンやし、バランス指導以外は、ほとんど黙ってみてはったんも、すごい思うた。見直したで、顧問。


結局、その年は、マーコンで7年ぶりの全国金、吹コンでも関西金まで進出したんや。



いつか、DMに聞いたことがある。
なんで、普門館へ来たんやと。
そしたら

「ソロコンテストでは、うちをはるかに超える才能は、全国、いくらでもおる。せやけど、コンテストに勝つための演奏と、感動演奏とは、別モンや。うち、感動演奏のハーモニーをみんなと作り上げていくんが夢やったんや。それができるんは、普門館だけや。普門館やないと、だめなんや。うちん夢、育ててくれはって、みんなには、ほんま、感謝しとる。」

いまから思えば、顧問は、この年度の吹部、そっくり、DMの才能に、くれたる覚悟やったんやろな...。

でもうちら、恨まへん。
キャッスルホールの緑じゅうたんの上で演技できたし、どうすれば、一人一人が輝きつつ、みんなで高めあっていくことができるんか、気づかせてくれはったしな。

そしてなにより、幸せづくりの天才に出会えたんやから。


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