第22話 扉

文字数 1,473文字

 首無(デュラハン)しが、大きな音と広がる霧で感覚を失う。
 おれは瓦礫(がれき)を走り上り、1体の真上に飛びかかる。鎧の中の闇に魔導珠(まどうじゅ)が赤く浮かんでいる。

 長剣(ロングソード)を魔導珠の中心目がけて突き出す。
 硬い音が響く。おれはそのまま首無(デュラハン)しを通り過ぎて地面に落ちる。

 床を転がりながら身体を起こして次の1体に向かい走り出す。狼狽(うろた)えていた首無(デュラハン)しが、こちらに気付いて剣を構える。霧が邪魔でおれの位置を把握できていないのだろう、魔物の剣は空を斬る。

 それを屈んで(かわ)しながら、首無(デュラハン)しの鎧の下へ潜り込む。
 仰向けに転がり、鎧の中へと長剣を刺し入れる。
 魔導珠が輝きを失い、弾け飛んだ。

 2体の魔物は次第に動きを止め、鎧を繋いでいた黒い胞子の様なものが霧散(むさん)していく。鎧はバラバラと()がれて床に落ちた。

 おれは瓦礫(がれき)に身を隠し、次の魔物の襲来を待つ。
 辺りを覆っていた霧が晴れても、新たな気配は1階へ降りて来なかった。

「番人はこれだけ?」

 別の瓦礫(がれき)の奥から、リリシアの声が聞こえた。

 おそらく5階層はありそうな城だ。
 目指す先は、一番上の真っ黒なもやに包まれた場所。だが、道中にたくさんの魔物が徘徊していてもおかしくはない。
 それとも、首無(デュラハン)しを倒すことが試練のつもりなのだろうか。

「精霊が、見てくるってさ」

 ウォトリスが石柱の陰から顔を出して言う。
 火の精霊が放つ淡い紅光は、崩落している天井の穴に吸い込まれて行った。

 しばらく待っていると、こちらにやってきたウォトリスが(ささや)く。

「どの階にも魔物の姿はあるけど、動かなくなってるみたいだ」
「魔導珠が体内にある限り、魔物は生き続けるんじゃないのか」

 リリシアも周りを警戒しながら集合する。

「あなたはそうあって欲しいと思うのかもしれないけど」

 彼女はおれの顔を真っ直ぐに見据(みす)えながら続ける。

魔導珠(まどうじゅ)の輝きは徐々に失われていくわ、長い時間をかけてゆっくり、ゆっくりとね」

 少し悲しげな表情に変わる。
 おれは崩落していない階段を探す。

「それなら、あとは上るだけだ」

 ところどころ崩れたり、抜けている階段を、慎重に(のぼ)っていく。辺りは、つんと鼻をつく臭いに満ちており、足を前に踏み出すたびに(ちり)が舞い上がる。
 異形の魔物が壁にはり付いたり床に寝そべったまま、身動きひとつしないでただそこに存在している。(ちり)が積もり、もはや何だったのかさえ分からないようなやつもいる。

 それでもおれ達はできるだけ物音を立てないように歩く。階層を上がるにつれ、おれの胸の鼓動が早くなっていく。頭の中に、過去の像が入り込んで来ようとするのを制しながら、おれは静かに呼吸して歩みを進める。

 階段の先に黒いもやのかかった扉が見えた。黒いもやが(うごめ)くたび、希望が吸い込まれ絶望が放たれるような、気味の悪さを感じる。
 リリシアが足を止めて(つぶや)く。

「ルキ、私は使命としてここにいる。そしてあなたが何者なのか知っているわ」

 おれの両腕がピクリと強張(こわば)る。

「おれは(いにしえ)からの約束を果たすために旅をしている、ずっと、長い間」

 おれはリリシアの顔を見ながら続ける。

「この先にあるのはおれの過去でもあり、この大陸の未来でもある」
「私はあなたの味方よ、少なくともここでは」

 リリシアがにやりと微笑(ほほえ)み、(うなず)く。
 ウォトリスも頷きながら、前に進む。彼は振り向き、おれの目を見て、真顔で言った。

「僕は火の魔術を存分に使えて本望だったよ、この先に何があっても後悔はしない」

 それは感謝を示しているのか、別れの予感を示しているのか分からないが、何らかの決意を持つ言葉だった。

 おれはリリシアとウォトリスへ(うなず)き返し、扉に手をかけた。
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