第29話 砂上の告白

文字数 1,489文字

 巨大な人面から蜘蛛の様な多足が生えた異形(いぎょう)の魔物。そいつは速度を落とし、おれの前で停止した。大きな2つの眼で、おれを凝視する。

 魔物の上にいた亜人は、白いロープを翻し飛び降りた。
 おれのすぐ前で着地した女は、背が小さく、緑色の皮膚で、片目を金色の髪で隠している。

「アタイはシイラ。あんたに用があって来た。あんたはアタイのこと知らないだろうけど」

 彼女はそう言って、屈託(くったく)無く笑った。
 おれの後ろで、番兵が異形の魔物を見て情けない声を出している。

 シイラが話を続けようとすると、砂丘ひとつ分離れた砂地から、轟音(ごうおん)が響き渡った。彼女はそちらを(にら)み、舌打ちした。

「あちゃ~、妙な奴が付いて来ちまったみたいだ」

 轟音の主は、目の前の異形の魔物よりもずっと巨大な砂蟲(サンドワーム)だった。
 砂上を芋虫の様に()い、円形に生えた多数の牙を()き出しにして、こちらへ迫って来る。

「ルキ、この子に乗って!」

 シイラはふわっと跳び上がり異形の魔物の上に乗った。
 おれが戸惑っていると、異形の魔物の脚がおれに絡みつき、人面の上におれの身体を持ち上げた。

「これを握っていれば落ちないよ」

 人面の上に取手の様なものが生えており、それを(つか)めということらしい。
 異形の魔物が砂蟲(サンドワーム)から逃げ出したため、おれは取手を掴み、振り落とされまいと踏ん張る。
 砂蟲(サンドワーム)は速度を緩めず砂地を()い回り、しつこく異形の魔物を追いかけて来る。

「ホントはもっと落ち着いて話したかったんだけどさ、仕方ないから今話すよ!」
「なんで、おれの名前を知っているんだ」

 彼女はおれの問いには答えず続ける。

「人の子だけじゃ、クライモニスの砂嵐は通り抜けられない。もしお仲間に土の魔道士(メイジ)がいるなら、これを渡してあげて」

 そう言って、黄土(おうど)色に輝く鉱石を軽く投げて寄越(よこ)す。

「おっと、そろそろ姉様に気付かれる頃だな」
「姉様って誰だ。お前は一体何者なんだ」

 笑顔のまま、彼女は異形の魔物から跳び上がり、くるりと回転しながら砂蟲(サンドワーム)に乗り移った。

「邪魔だから、ちょっと眠っててもらおうかな!」

 素早い動きで描かれた黄土(おうど)色の魔法陣が強い光を放つ。光は、大きな鎌の形に変化していく。
 砂蟲(サンドワーム)遜色(そんしょく)ない大きさの鎌が宙から振り下ろされる。
 大鎌は、砂蟲(サンドワーム)を真っ二つに切り裂いた。

 砂蟲(サンドワーム)は速度を保ったままで、ばらばらと崩れ、砂煙となって宙に溶けていった。

 盛大に上がった砂煙の中から、シイラが飛び出て来る。彼女が指笛(ゆびぶえ)を鳴らすと、異形の魔物は徐々に速度を落とし、停止した。
 人面の口から熱い煙が噴き出る。

「この子、走り回って疲れたみたいだ」

 シイラは異形の魔物をぽんと叩いて(ねぎら)う。
 おれは魔物から、慎重に飛び降りた。

「なあシイラ、一体何なんだ。おれに何の用だ」
「もう時間がない、必要なことだけ話す」

 彼女はようやく笑顔をやめ、真剣な表情で話し始めた。

「クライモニスにはたくさんの魔物が棲んでる。今は姉様もいる」

 おれは黙って(うなず)く。

「心の弱い奴は来ちゃだめだ。姉様に取り込まれる」
「分かった」
「姉様の前では、アタイもあんたの敵になるかも知れない」

 彼女はそう言って、前髪を上げた。
 隠れていた左目が(あら)わになる。
 目の奥で、魔導珠(まどうじゅ)が鈍い光を放っている。

「お前、魔物なのか?」

 人面で多足の魔物に、それを操る人型の魔物。初めて見るものばかりで頭がついていかない。

「もう戻らないと。あんたと喋ったことがバレたら、アタイもこの子も罰を受けるから」

 シイラは少し(うつむ)いて指を口に当て、考えるような仕草をした。

「姉様を……」

 彼女の目に力がこもる。
 そして顔を上げ、おれの目をしっかり見て言う。

「アーメルを殺してくれ」
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