第6話 光

文字数 1,317文字

 一歩、また一歩と、こちらの恐怖心を膨らませるかのようにゆっくりと、巨大鬼(オーガ)は迫ってくる。

 初めて遭遇する敵に、おれ達の足はすくむ。進むことも引くこともできず、呆然とその光景を眺める。おれに戦士としてできることはないだろうか。追い払うには。倒すには。それとも。
 修行時代に小熊(レッサーベア)と戦ったときはどうやったか。模擬戦闘で大男とやりあったときはどう立ち回ったか。

 考えを巡らせてふたつの計画を思いついたが、おれは全員が助かる道を選ぶ。

「スワビ! 大悪鬼(ホブゴブリン)に矢を放て!」

 スワビは一瞬大きく目を開けてこちらを見る。軽く(うなづ)くと、すぐに弓を引いた。
 矢が放たれる。大悪鬼(ホブゴブリン)めがけ、矢は宙を切り裂いて進む。

 思った通り、巨大鬼(オーガ)はその矢を目で追う。おれ達に向いていた注意がそちらへ()れた。生態は知らないが、親子の様なものなのだろう。

「パナタ! 奴らの足に足止術(スタック)を!」

 巻物(スクロール)に息を吹きかけ、パナタは巻物を宙に放り投げる。巻物に描かれた魔法陣から(あか)い閃光が走る。
 2体の足元の土が鋭く隆起して、螺旋(らせん)状に変化し、足を絡めとる。

「逃げるぞ!」

 おれは全員に向かって叫ぶと同時に(きびす)を返し、歩き登ってきた道を戻るため、走る。

 少しの間、皆のドタドタと走る足音が辺りに響く。低く大きな足音も距離を置いて追って来る。

 おれ達は水場(みずば)の近く、岩が並び、道から死角になる場所へ身を滑らせた。
 パナタが皆の周りに淡い緑光の(まく)を張る。匂いを()とられないようにする風の魔術だろう。

 低い音が通り過ぎ、足音が止まる。(うな)り声が響く。

 狭い場所で固まっているので、スワビの足の震えが、そのままおれの腕に伝わってくる。モアーニは(ひげ)を触って気を落ち着かせ、パナタは深呼吸して失った分の力を回復させようとしている。
 おれはここからどうすべきか考えを巡らせる。

 魔物が先ほどの場所に戻ってしまえば、薬草を採取することはできそうにない。どこかに誘い出すか、どうにか倒すことができれば。
 そうしているうちに、(うな)り声が徐々に遠ざかっていることに気づく。

「戻っていくのか」

 パナタが残念そうに小さな声で(つぶや)く。今のおれ達では、例え1体に4人がかりでも、退治できるかどうか分からない。
 おれは、(あきら)め気分でゆっくりと岩から身を乗り出す。

 その時。
 おれは真後ろに大きな気配を感じた。振り向くより前に、ずしんと身体の右側から重い衝撃が走る。おれの身体は宙に浮いて吹き飛ばされる。

「し、まっ……!」

 宙に舞いながら、1体の巨大鬼(オーガ)が逆さまに映る。どうやらまんまと()められたようだ。
 そのままなす術なく肩から落ち、身体に鈍い痛みが生まれる。

 よせばいいのに、スワビ、パナタ、モアーニが岩陰から飛び出して、巨大鬼(オーガ)の気を引こうとする。一瞬、魔物は目標を定められず狼狽(ろうばい)(うな)るが、再び倒れているおれの姿を見定める。

 戦士として、魔物と戦い命を落とすことは恥じることではない。だが、おれは戦いから逃げた挙句(あげく)、うっかり命を落としてしまうのだな。身体は痛みで動かず、自虐の笑みを浮かべることしかできない。

 全てを諦めたおれの眼前に、どこからか無数の光が飛来した。
 それはおれにとって希望の光、そして、苦難の旅の始まりを示す光でもあった。
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