第1話 戦士ルキの或る一日

文字数 2,484文字

 おれは戦士だ。

 ここ数ヶ月ほど、海に面した宿場で働いている。港から出る荷馬車の護衛や、宿場のはずれの草深い地に現れる魔物の討伐をしているのだ。

 数年前から魔物の数が減ってきているようだ。昔この宿場リミルガンは冒険者で賑わっていたようだが、今はずいぶんと廃れてしまった。おれ以外の冒険者や傭兵は指折り数えられるほどしかいないので、すっかり顔馴染になってしまった。

 今日は採れたての魚をなだらかな山のごとく積み込んだ荷馬車を護衛した。朝早くから出発して大きな丘をふたつ超えた先の、街の市場まで見送り、徒歩で半日ほどかけて戻ってきたところだ。

 この仕事で商人から頂戴した賃金は20銅貨。宿の1階にある食堂で酒を飲むには十分、イルモをふんだんにかけた飯を頼んでもいいかもしれない。
 イルモはこの地方で季節にかかわらずたくさん採れる野草で、塩っけがあり少し海のにおいがして、飯にのせて食うと美味いのだ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 
 夕間暮れの宿場を、メシのことを考えながらのしのし歩いていると、後ろから声をかけられた。

「ル〜キ〜くんっ!」

 呼び方だけでわかる、傭兵のスワビだ。

「人の名前を伸ばして呼ぶのはやめてくれるか」
「オイラのことはスワ〜ビ〜って呼んでくれてもいいぞ」

 笑顔で話しかけてくるが、とりあえず無視して歩く。夕飯をおごってもらおうと思っているのだろう。
 腕を頭の後ろで組んで、口笛をふきながらスワビが後ろをついてくる。

「……そんなに景気はよくないぞ」

 期待を裏切る様で悪いが、今日の賃金を使い切るわけにはいかないのだ。

「大丈夫だよ〜! オイラも今日はよく働いたからなぁ」

 普段は海辺に座って釣りばかりしているスワビが、ようやく働いたか。

「久しぶりの仕事はどうだった」
魔導珠(まどうじゅ)を抜いて干からびた巨体蛙(ビッグトード)を埋めただけだけどね。動かすのに結構重くて大変だったねぇ」

 魔導珠は魔物を生み出す、握りこぶしくらいの大きさの硬いタマだ。それを取り込んだカエルは、宿のひと部屋と同じくらいの大きさに膨れあがり、眼は真っ赤に光り、凶暴になって人を襲う。

 だから、魔導珠を巨体蛙から取り出すと、カエルは干からびて死んでしまう。
 その後は同じ場所で腐敗していき悪臭を放つため、焼き払うか穴を掘って埋めてしまう必要があるのだ。

「誰が巨体蛙を倒したんだろうか」
「う〜ん。誰が倒したかわからないけれど、放置されて腐ってるのを見つけた農夫さんからの依頼だったみたい」

 巨体蛙は力が強く、さらに体を溶かすほどの酸を撒き散らす。手だれの冒険者数人で挑んでも、かなり手を焼くはずだ。
 最近この辺りにそんな有能な冒険者達が訪れた様子はないと思うが。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 なんだか真面目な話をしているうちに、食堂に着いてしまった。窓から橙色の灯りと人の影がゆらゆら道端に落ち、食堂の中の喧騒が漏れ聞こえる。

 背丈ほどの扉を押し開けると、大きな声と肉や酒の匂いがドッと弾ける。
 
 数人の冒険者と、たくさんの漁師や農夫たちが、大小のこれまたたくさんのテーブルに分かれて座っている。いや、座っている者ばかりではない。踊ってみたり、喧嘩したり、酒飲み競争したりしている。

 おれとスワビは無言で食堂を見渡し、まずは知り合いを探す。あまり関わりたくない輩もいるから、そういった手合いからはなるべく離れて、ゆっくり食事ができそうなテーブルを見つけて座る。

「今日はパナタもモアーニもいないな」
「ルキのおごりなのにね。惜しいね」

 スワビのよくわからない発言は無視して、横を通ろうとする給仕にいつもの肉料理を注文する。

「オイラも同じので」

 注文しなくても木製のコップ酒は勝手に運ばれてくるので、おのおの飲み始める。

「くぅ〜! よく働いたあとの酒はうまいねぇ〜」

 スワビが満面の笑みで、勢いよく木製コップをテーブルに叩きつける。まだコップに少し残っていた酒が激しく飛び散る。
 普段はおっとりして、しゃんと歩けないスワビだが、酒が入るととたんに剣呑な目つきに変わる。

「このトリ肉もうまい!もうひと皿頼もうかなぁ」

 やっぱり、おれにおごらせる気だな。

「肉は高いから、タロにしとけよ。煮タロもうまいぞ」

 やんわりと肉をあきらめてもらう。
 タロは地中から掘り出せる植物の大きな種だ。滋養に良いとされている。

「煮タロ! 煮タロいいね! 頼もう!」

 こいつは酒2杯ですっかり酔っぱらっちまったらしい。
 おれは焼けたトリ肉を細かく切って食べながら、スワビがうねうねと踊るように酒を飲むさまを眺めている。ひとりの夕食よりは幾分かマシだが、おれも半日歩いてぐったりしているわけで、できれば早く宿に戻りたいところだ。が、この調子では半宵まで付き合わされそうだ。

「なあ、明日も朝から荷馬車の護衛なんだが」
「じゃあもっと食べて飲んで精をつけなきゃね!」

 ダメか。

「あしたの活力を!」

 お前は海辺でだらだら釣りでもするんだろう。と思いながら、なんだかおれも妙に楽しくなってきた。

「貝のスープも頼もうか」
「いいね! オイラ一気飲みしちゃうぞ!」

 おれは半笑いで、周りを見渡す。
 夜が深くなってきたから、ぼちぼち客が帰りはじめている。

 入口の扉あたり、おとなしく飲んでいる3人組に気づく。この辺りでは見たことのない身なりだ。
 赤い甲冑(かっちゅう)の男は若く、もうひとり黒ずくめのローブは顔が長髪で隠れていて、あと後ろで髪を束ねた全体的に青い服の女はおれより少し年をくっているか。

 奴らは無駄に口を動かさず、黙々と食事をしているように見える。時々周りを鋭く見回し、何かを探している風だ。酔っぱらって横を通り過ぎ、退店していく客をチラリと見ては、少し首をひねるような動作をして、また食事を続けている。
 おれはふと、青い服の女と目が合ったような気がした。

 ちょうど貝のスープが運ばれてきたので、食堂の様子を窺うのを止めてテーブルに目を落とした。
 テーブルの向かい側では、まだスワビがくねくねしながら酒を飲んでいた。

 そうして、いつもと同じ様でいて少し違和感のある夜は過ぎていった。
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