第17話 火の魔道士
文字数 1,861文字
深い森の中にひっそりと水をたたえる、陽射しあふれる小さな湖のほとりで、おれ達は一角獣 の角を探す。この平和に見える森では、一角獣 が他の魔物と闘ったり、小動物を狩るときに角が折れるようなことは少ないのかもしれない。
半人半馬 が彷徨いているようでは人が狩猟に訪れることもなさそうだ。
湖をぐるっと一周して、諦めて街に戻ろうとした時、湖面が大きく揺れるのを目にした。
何か大きなものの一部が、湖の反対側に音も無く着地した。それは少し透き通っていて、鬱蒼 と茂る木々が邪魔して全貌が見えない。
「大きいね。精霊か、神獣かもね」
リリシアが目を細めて言う。動物の脚のようにも見えるその大きなものは、さらに音無く空に向かって消えて行った。
おれ達は大きな何かが通った場所に近付いた。確かに着地したと思われるが、周りの木や草地は倒れたり潰れたりしていない。
「やっぱり、森の神獣ね。森の様子を見て廻っているのよ」
半刻ほど前にこの場所を散策していた時は無かった、幾つもの小さな水溜り。リリシアは楽しそうに水溜りを蹴る。
神獣は神の使いと呼ばれ、遥か昔からこの大陸の森羅万象を司る。その姿を見たものは幸運を授かるとも、絶望にひれ伏すとも言われている。
もう一度、辺りを眺めていると、水溜りの一つに灰色の角が浮かんでいることに気付いた。角はおれの腕の長さほどで、持ち上げると布のように軽い。
「それはきっと、神様からの贈り物。神獣が運んでくれたみたい」
彼女はまだ嬉しそうな調子で言う。
街に戻ったのは夕陽が山の端に沈みかける刻だった。
夜の闇が広がる前に戻れてほっとしていると、リリシアはすぐにでも一角獣 の角を換金しようと言う。
街の中心近くに建つユーシュテル魔法雑貨店を訪ね、角を差し出すと、店主が大喜びで銀貨2枚と交換してくれた。半人半馬 を恐れ、最近は森の中に入る者が少なかったそうだ。さらに、角が大きかったので、色を付けてくれたということだった。
おれとリリシアは銀貨1枚ずつ分け合った。
辺りが夕闇に包まれ、家々にランプの火が灯る。おれ達は魔道士 を紹介してくれるという男の家を訪ねた。
男の家には3人の魔道士 がすでに招集されており、全員で夕食をとりながら自己紹介や雑談をする。その内の1人は、旅に慣れていないというので早々に辞退することになった。
夕食を終え、2人に北の極地へ向かいたいと告げると、1人は分かりやすく渋い顔をして、考えてみると言い出て行った。
残った者はウォトリスという名の緑色の髪の男で、竜族の血を受け継ぐ亜人らしい。竜族の血が薄いため、特徴的な尻尾 を持たないらしいが、その血の匂いから火の精霊には気に入られているそうだ。
「せっかく火の精霊と契約したのに、この辺りは森に囲まれてるから、火の魔術を試す機会が少なくてね」
彼は鍛冶師 として剣や斧の製錬に火の魔術を使うが、本当は様々な火の魔術を試してみたかったのだと言う。家族は望郷にあり、今は独り身とのことで、あっけなく一緒に北へ向かってくれることになった。
「神獣が幸運も運んで来てくれたのかも」
リリシアがにやりとして言う。
おれが神獣を見たのは、あれで何度目だろうか。古い記憶を辿 ろうとしたが、嫌な記憶を呼び覚ますことを恐れてやめた。両手に染み付いた血の匂いが強くなった気がした。
ウォトリスの旅支度のために、銀貨1枚を渡した。
彼の準備を待つ間に、おれ達は一度王都へ戻ることにした。北への旅は幾月もかかるので、おれ達も旅の支度をしなければならない。
できれば北への道の途中まで行商人の荷馬車に乗せてもらうことができればと思うが、大陸の北には大きな街は無いはずだからあまり期待はしていない。ある程度の食糧や、防寒や耐摩耗の魔法が込められた服やブーツ、夜露 をしのぐための天幕など、買い揃えなければならない物を考える。
そういえばリリシアは少し前にも旅をしていた様子だが、何のために旅をしていたかは話しておらず、旅の荷物も持っていなかった。いつの間にか一緒に行動していたし、何故かあまり警戒していなかったことに今更気付いた。
彼女には使命があると言った。北の極地への旅は命懸けになるはずで、いつかその使命が判明する時、おれは彼女を仲間として見るのだろうか、それとも敵として見ることになるのだろうか。
いずれにしても北の極地ゴルンカダルに到着すれば、何かが終わり、何かが始まるのだろう。
魔道士 であるウォトリスを紹介してくれた男に感謝を伝え、おれ達は山を越えて王都へ戻った。
湖をぐるっと一周して、諦めて街に戻ろうとした時、湖面が大きく揺れるのを目にした。
何か大きなものの一部が、湖の反対側に音も無く着地した。それは少し透き通っていて、
「大きいね。精霊か、神獣かもね」
リリシアが目を細めて言う。動物の脚のようにも見えるその大きなものは、さらに音無く空に向かって消えて行った。
おれ達は大きな何かが通った場所に近付いた。確かに着地したと思われるが、周りの木や草地は倒れたり潰れたりしていない。
「やっぱり、森の神獣ね。森の様子を見て廻っているのよ」
半刻ほど前にこの場所を散策していた時は無かった、幾つもの小さな水溜り。リリシアは楽しそうに水溜りを蹴る。
神獣は神の使いと呼ばれ、遥か昔からこの大陸の森羅万象を司る。その姿を見たものは幸運を授かるとも、絶望にひれ伏すとも言われている。
もう一度、辺りを眺めていると、水溜りの一つに灰色の角が浮かんでいることに気付いた。角はおれの腕の長さほどで、持ち上げると布のように軽い。
「それはきっと、神様からの贈り物。神獣が運んでくれたみたい」
彼女はまだ嬉しそうな調子で言う。
街に戻ったのは夕陽が山の端に沈みかける刻だった。
夜の闇が広がる前に戻れてほっとしていると、リリシアはすぐにでも
街の中心近くに建つユーシュテル魔法雑貨店を訪ね、角を差し出すと、店主が大喜びで銀貨2枚と交換してくれた。
おれとリリシアは銀貨1枚ずつ分け合った。
辺りが夕闇に包まれ、家々にランプの火が灯る。おれ達は
男の家には3人の
夕食を終え、2人に北の極地へ向かいたいと告げると、1人は分かりやすく渋い顔をして、考えてみると言い出て行った。
残った者はウォトリスという名の緑色の髪の男で、竜族の血を受け継ぐ亜人らしい。竜族の血が薄いため、特徴的な
「せっかく火の精霊と契約したのに、この辺りは森に囲まれてるから、火の魔術を試す機会が少なくてね」
彼は
「神獣が幸運も運んで来てくれたのかも」
リリシアがにやりとして言う。
おれが神獣を見たのは、あれで何度目だろうか。古い記憶を
ウォトリスの旅支度のために、銀貨1枚を渡した。
彼の準備を待つ間に、おれ達は一度王都へ戻ることにした。北への旅は幾月もかかるので、おれ達も旅の支度をしなければならない。
できれば北への道の途中まで行商人の荷馬車に乗せてもらうことができればと思うが、大陸の北には大きな街は無いはずだからあまり期待はしていない。ある程度の食糧や、防寒や耐摩耗の魔法が込められた服やブーツ、
そういえばリリシアは少し前にも旅をしていた様子だが、何のために旅をしていたかは話しておらず、旅の荷物も持っていなかった。いつの間にか一緒に行動していたし、何故かあまり警戒していなかったことに今更気付いた。
彼女には使命があると言った。北の極地への旅は命懸けになるはずで、いつかその使命が判明する時、おれは彼女を仲間として見るのだろうか、それとも敵として見ることになるのだろうか。
いずれにしても北の極地ゴルンカダルに到着すれば、何かが終わり、何かが始まるのだろう。