第3話 古の戦い

文字数 1,239文字

 はるか千年もの過ぎ来し方。

 アシェバラドは数多の国に分かれる大陸。
 それぞれの国で、亜人や妖精、小人、竜族など様々な種族が不可侵の約束によって平和を享受していた。

 雲よりも高く、(あお)き空の彼方には天空神が翼を休めていた。
 火山の奥深く、紅き溶岩の中には奈落の神が(うごめ)いていた。
 海の底、光の矢の届かぬ暗がりに海洋神が微睡(まどろ)んでいた。

 小さき船乗りベルウンフは漂流していた。
 豊穣(ほうじょう)の海を見つけた彼は、大金を手にした後、仲間の裏切りに()い沖合で船を破壊されたのだ。
 船は帆を失い、流されるままに大海原を彷徨(さまよ)っていた。
 長い間の漂流の末、遂に彼は不動の身となった。

 或る時、彼に話しかけるものがあった。
 ベルウンフはこれまでの出来事を、その親しい隣人に話した。
 彼は全てを話し終えると、遂に絶命した。

 それから幾月が流れた。

 百年にわたる災厄(さいやく)は、小人の国の海辺から始まった。
 巨木の如き大きな(かに)が、海から少し離れた村を襲った。
 小人たちは蹂躙(じゅうりん)されたが、巨大な蟹は止まることなく進み続けた。

 小人の国の王は竜族に助けを請い、隣国から竜族の精鋭が来着した。
 精鋭達の命を()した戦いで巨大な蟹はその動きを止めた。

 束の間の平和の後、海からさらに多くの巨大な蟹や巨大な(たこ)が現れた。
 数十、あるいは数百の魔物は、瞬く間に小人の国を壊滅させた。

 魔物の群れ。
 空からは(なげ)きの雨。
 地は怒りで揺れる。

 アシェバラド大陸は終末を迎えるかに思えた。
 長きにわたる絶望の暮らしに、民の心は荒み、争い合い、奪い合い、国々の亀裂は深まっていった。

 希望は、光さす西の大陸ラパドより到来した。

 数多の船が西端の国に着岸し、勇猛な戦士や熟達した魔導師達は、降り立ったその亜人の国の魔物を殲滅(せんめつ)した。
 一つの村、また一つの街へと、勇敢な人の子達は進軍する。

 この大陸を支配していた魔物達は、深い森の奥や雪深い山、湖の底深く、人の子達から離れた未踏の地へ追いやられた。
 人里から魔物を退けたが、荒んだ民の心は()えず、国々の間での(あらそ)いは絶えなかった。
 東の海からは魔物が生み出され、嘆きの雨は降り続け、大地の怒りも収まることなく地を震わせていた。

 そして奇跡は大陸の中で生まれた。
 勇者ダイフは人の子として生を受け、王都で一番の剣の使い手となった。
 彼は極地の魔物を独りで討伐し、たちまち各地にその名を知らしめた。
 人の子だけでなく、竜族や妖精、小人の中から同志が(つど)った。

 勇者は天空神の加護にて魔物達を退け、長きに渡る航海を経て、海洋神の()む海底の神殿へと辿(たど)り着いた。
 そして勇者の足跡(そくせき)は途絶えた。

 それから幾月が経っただろうか。
 百年もの間この大陸に降り続けた雨は止み、大地は静けさを取り戻し、海から魔物が生み出されることはなくなった。
 魔物はそのまま大陸中に存在したが、多くは人の子らのいない極地(きょくち)へと移った。
 大陸の大地は再び緑に包まれ、西の海には小さな生命が戻った。

 アシェバラド大陸は、長らく続く平和を取り戻した。
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